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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第13章 妖怪仙女
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第百八十二話 龍神

 その夜、江戸の町に、同心や岡っ引きたちの呼子(よびこ)の音が響いた。


 その数は次第に増えていき、最終的には百人に迫ろうかという追っ手集団が出来上がっていた。

 その物々しさに、何事かと二階から顔をのぞかせる町民達。

 そして彼等は、衝撃的な光景を目の当たりにする。


 屋根のずっと上に浮かび、ゆっくりと進む、顔のない、女物の着物を着た妖怪。

 そう、あれこそがまさしく、最近噂の妖怪仙女――。


 震え上がり、布団に潜り込む者もいたが、好奇心にかられて追っ手達のあとについていく物好きもいた。


 妖怪仙女は、人が歩くぐらいのゆっくりとした速さで南西に進む。

 姿ははっきりと見えるが、空中にいる以上、岡っ引き達も捕らえる術がない。

 提灯を持っている訳でもないのにぼんやりと光を発しており、上空でよく目立つ。


 そのため、物珍しさにつられる野次馬の数は徐々に増えていき、追っ手が百人、さらにその後に数百人という見物人が、ぞろぞろと妖怪の後についていった。

 そしてその中に、平次郎さんも、三郎さんも、そして里菜の姿もあった。


 ちなみに、身重の優は留守番。

 里菜の話によれば、同居している結は、布団にくるまって震えている方だということだった。


 ちなみに空中を進む妖怪仙女の正体は、発泡スチロールの人形に女性の着物を着せ、カツラを付けさせたもので、もともと顔なんかない。

 それを、大型のドローンでぶら下げて飛ばしているだけだ。


 ちなみにこのドローンはカスタム品で、あらかじめ設置している電波の発信機に向かって一定速度でゆっくりと進むようにプログラミングされている。


 そしてその発信機は、郊外の、標高五十メートルほどの小さな山の上に設置している。

 この山、北東側からだとちょっとした崖になっており、その(ふもと)には何本か大きな木が生えているだけで、全体的には開けた場所になっている。


 崖の上、つまり発信器の設置付近には、里菜とコンビを組んでいた老人の茂平さんが待機しており、ドローンが辿り着いたら、それと人形を素早く回収して大きめのカバンに詰めて、あらかじめ掘っておいた穴に埋め、素早く逃げる算段になっている。


 やがて、百人の追っ手集団と、俺達を含む数百人の野次馬達は、予定通り崖の麓へと辿り着いた。

 妖怪は崖の上に消えて行ったが、そう簡単に追っ手が上っていける場所ではない。


 何人か、反対側に回り込むべく走っていこうとしたが、かなり遠回りであり、頂上に辿り着くまでは最短でも三十分以上かかる。

 その間に、茂平さんは悠々と逃げればいいし、万一どこかで見つかっても何も怪しいものは持っていないので、普通に迷子になった野次馬のふりでもすればいいだろう。


 さらには、追っ手からすればもっと驚愕するような事態が起きた。


 妖怪は、崖の頂上から再び姿を現し、ゆっくりと降りてきて、その中腹で止まったのだ。

 麓で見つめる俺達の目から見れば、完全に三十メートルほどの高さに浮いているように見える。

 あっけにとられる、同心、岡っ引き、野次馬達。


 これも、現代の人間からすればおなじみの、プロジェクターを使った映像(とはいっても、かなり高出力)を、崖に投射したものだ。


 現代で流行している「プロジェクションマッピング」ほどでは無いが、江戸時代の人々から見れば相当なインパクトがあるはずだ。


 ちなみに、映写機は近くの大きな木の枝にくくりつけている。

 その下には三郎さんが待機してくれた。


 光源は下から見えないように配置したつもりなので、そう簡単に見つからないとは思うが、万一映写機が見つかって騒ぎになりそうな場合、彼には、リモコンで電源を消したり、木に登ろうとする人を止める役割を担ってもらっている。


「我は、龍神なりっ!」


 突然、崖の中腹に浮かぶ妖怪が大声を上げ、見物人は一斉にビクッと肩を上げた。


「下界にて(つわもの)共と腕試しをしたく思い、このような娘の姿で油断させ、近づいてきたところで勝負を挑んだ。皆手強かったが、ほんの少し我の方が勝っていたようだ。もう十分に楽しめたので、これで終わりにする!」


 台詞が説明臭いが、まあいいか。

 なんかイベントの会場みたいになった崖の麓は、ざわついていたが、次の瞬間、妖怪が巨大な龍の姿に変化したものだから、一斉に歓声があがった。


「おおっ、本物の龍だ、初めて見た……」

「大きい……格好良い……」


 同心、岡っ引き、野次馬の老若男女問わず、全員がその優美な姿に見入っていた。


 これ、叔父さんが大学の映画研究会かなんかのサークルに声をかけて、以前作っていた特撮サンプルを貸してもらった物なのだが……はっきりいって、現代のCGで目の肥えた俺から見れば子供だましもいいところなんだけど、この時代の人々からすれば本物にしかみえないんだろうな……。


 龍神はこの後十五分ほどうねった後、


「刀はこの崖の上に置いた。取りに来るが良い!」


 と言い残して天空に消えて行くことになっている(あらかじめ奪った刀は茂平さんが運び込んでいる)。


 ちなみに十五分うねるのは、茂平さんが逃げる時間を稼ぐためだ。

 ちょっと間がもたないので、蛇足かもしれないと思いつつ、別の演出を組み込んでいる。

 なぜかキツネの面を被った四人の娘たちが、やはり崖の中腹に突如出現して、空中に浮かんだまま龍神を称える舞を踊るのだ。


 はしゃぐように舞う妖怪が二人、物静かな大人の舞を披露するのが一人、嫌々やらされるように舞う者が一人。

 それぞれ、ユキ、ハル、凜、ナツに頼んで撮影させてもらったものだ。

 一応、歓声が上がっていたから、成功だったのかな……。


 これで、妖怪仙女の正体は、腕試しの為に下界に降りてきた龍神さま、ということにできる。

 刀を奪われた侍達も、まあ、さすがに龍神が相手であったのであれば仕方がないな、ということになるだろう。


 奪った刀も、全て返すことができる。

 そして、その顛末を見届けたのは、同心、岡っ引き、そして数百人の野次馬達で、全員が証人となるのだ。


 ここまでのところ、問題無くうまく事が運んでいる。

 俺は、隣で全て見届けようとしていたはずの里菜に、うまくいったな、と声をかけようとしたが……。


「……里菜?」


 そこには、彼女はいなかった。


 あれっと思って、付近を見渡してみると……血相を変えて走り出した里菜を見つけた。


 逃げようとしているわけではなさそうだ。

 一点を見つめ、夢中で駆け出している……それはまるで、何者かを追いかけているような……。


 ぞくん、と、なにか嫌な予感がした。


 俺は、反射的に里菜のことを追いかけて、走り始めていた――。


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