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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第13章 妖怪仙女
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第百七十五話 小道の激闘 

 この夜は、三日月が出ていた。


 薄雲もかかっており、暗く、夜道を歩くには提灯を持つ必要があった。

 しかし、狛犬を設置した八カ所のポイントは、高感度の防犯カメラにより、しっかりと監視されていた。


『前田食材店』の二階に、この時代には存在しないはずの23インチデュアルディスプレイが設置され、片方の画面には八台のカメラ映像が分割表示、そしてもう一台の画面にはその中の一つが拡大表示されている。


 この映像を見た(しのび)の三郎さんは、さすがに驚きの声を上げた。


「……仙界っていうのは、本当に凄いところなんだな……これって、今の江戸の様子だよな? まるで千里眼じゃないか」


「いえ、電波の都合上、実際はこの建物から半径四キロ……一里以内しか見えないです。その中にしか狛犬を設置していませんし……つまり千里眼どころか一里眼、それもたった八カ所限定です」


「……そういう問題じゃないんだがな……」

 と、彼はあきれ顔だった。


 人感センサーを搭載しており、通常はバッテリー節約のため、誰か通った時しか映し出さないのだが、こうやって全てのカメラを同時に映し出すこともできる。

 三郎さんが来たので特別にフル出力だ。


 なお、本当は八カ所に二台ずつ設置しているので一六分割表示させられるのだが、映像が小さくなりすぎるし、特に何もない場所を二台のカメラで映すのも無駄なのでこれでいいだろう。


 それにしても、人通りが少ない。

 まあ、妖怪が出そうな夜道をわざわざ歩く人もあんまりいないのだろう……と思ったら、一台のカメラに反応があった。

 一人の男が、提灯片手にキョロキョロしながら歩いている。


「……あ、八助さんだ……ちゃんと見回り、やってるんだ」

「フッ……おっかなびっくり、という感じだがな……」


 そりゃそうだろう、妖怪の正体も分からないのに見回りなんて、俺が同じ立場でもこうなるだろう。っていうか、やりたくない。

 その代わりにこうやって防犯カメラで監視しているわけで……ちょっとずるいかな。


 今夜は雨も降っておらず、例の『妖怪仙女』が出る条件に当てはまるため、徹夜で監視するつもりだ。

 何か反応があれば音で知らせてくれるようにもできるのだが、人通りが少ないとはいえ八カ所もあると三十分に一回は反応があるわけで、そのたびに起こされるぐらいなら、こうやって三郎さんと談笑しながら見張っていたほうが良いと思ったのだ。


 疲れたら交替で寝てもいいかな。

 そもそも、出現しないかもしれないし、狛犬のないところに出るかもしれないし。


 ちなみに、優は一階の奥の部屋で寝ている。

 彼女も興味津々だったのだが、お腹の子供のこともあるし、寝不足は良くない。

 それにカメラにのっぺらぼうがアップで映るような事があれば、ショッキングだろうし。


 そんな冗談を三郎さんと交わしていると……一台のカメラに、反応があった。

 提灯を持った、二本差しの侍だ。

 足取りはしっかりしており……酔っているようには見えない。


 ここから二キロほど離れた大きなお寺の白壁、その反対側は急な斜面となっていて、間の小道は大人二人がなんとか並んで歩けるぐらいの細道になっている。

 そこに至るまでの道は結構広く、いわゆるボトルネックとなっている箇所であり、その距離は約二十五メートルというところか。

 この西側と東側に、狛犬カメラを設置している。


 ……侍は、立ち止まった。


「むっ……出たぞっ!」

 三郎さんが身構える。


「……本当だ、着物を着て……うわっ、本当に口しかない! 噂は本当だったんだ!」

 興奮のあまり、『本当』という言葉を何度も連呼してしまう。


 不気味な光景だった。

 その黄色の着物は、あまり上等そうな物ではないが……噂通り振り袖であり、頭は結った日本髪だ。


 侍は幾分驚いた顔をしていたが、提灯をその場に置くと、しゃらん、と太刀を抜いた。

 鋭い眼光、全く震えのない太刀。

 青眼に構えたその姿は、素人の俺が見てもかなり場慣れした様に見える。


「……この侍、かなりできるな……」

 三郎さんも同じ意見だ。


 妖怪は、ちょっと離れて様子を見ている感じだ。

 その距離、約十五メートル。

 俺は妖怪の顔にカメラをズームして寄せてみた。


「……そんなことも出来るのか……むっ! 目の位置に……」

「ええ、なんかうっすらと透けて見えます」


 拡大して分かる、そのからくり。

 本来目がある位置は、メッシュになっており、肌色に塗っているため、何もないように見えているが、実はうっすらと瞳が見える。

 つまり、現代のプロレスのマスクみたいなものを被っているだけだ。


 やっぱり、その正体は人間が変装しているのだ。

 その事を知ってか知らずか、侍はじりじりと前進する。

 すると妖怪も、一歩、また一歩と歩みを進める。


 そしてもう少しで太刀の間合いに入る、というところで、妖怪は右手をかざした。

 とたんに、侍はしかめ面になって、太刀を取り落とした。

 妖怪はさらに前進する。


 侍はショックだったのか、呆然と落とした太刀を見つめていた……と、次の瞬間、懐から何かを投げつけた!


小柄こづか! 狙っていたか!」


 三郎さんが叫ぶ。

 しかし、妖怪は状態をのけぞらしてそれを躱した……が、体勢が崩れている。

 間髪入れず、侍は脇差しを抜いて妖怪に斬りかかった!


 次の瞬間……侍の体は後方に吹き飛んだ。


「こいつ……!」


 三郎さんが唸る。

 俺には速すぎて、何が起きたのか分からなかった。


「……あの崩れた体勢のまま後方に飛び退いて侍の斬撃を躱し、それから腹に蹴りを入れやがった……なんて体術だ……」


 三郎さんが目を見張っている。

 ということは……この妖怪、かなりヤバイ奴なのか!?


 侍は脇差しも取り落とし、ちょっと苦しそうだ。

 そこにジリジリと妖怪が詰め寄る。

 これは本格的にまずい!


 そこで俺は奥の手に出る。

 マウスを操作して、とあるボタンを押す。

 すると、狛犬の監視カメラでない方の目から強烈なライトが浴びせられる。

 同時に、その口から「ピィー」という、呼子よびこに似せた笛の音を響かせた。


 さすがにビクッっと肩を上げて驚く妖怪。

 踵を返し、侍と狛犬のある東側とは逆、つまり西側に逃げようとする。


 けど、そっちにも狛犬、あるんだよな。

 同じようにライトを点灯、笛を鳴らす。

 と、そこにもう一つの影が現れた。


 今ライトを付けた西側の狛犬の後方から颯爽(さっそう)と現れたのは……。


「平次郎親分!」


 俺は叫んだ。

 呼子に反応して駆けつけたのか。


 たまたま近くにいたのか、あるいは勘が良いのか。

 十手を構え、ジリジリと妖怪に詰め寄る。


 反対側、つまり東側には、例の侍が太刀を拾い、また青眼の構えに戻っている。

 挟み撃ちにされた妖怪、どうするのか。


 ……と思ったら、ものすごいスピードで侍の方に向かっていき、そして彼の斬撃をするりと躱して、そのまま走り去っていった。


 平次郎親分が後を追おうとするが、二匹の狛犬の中間地点付近でガクン、と膝を折った。

 ちょっと苦しそうな表情を見せる。


「……拓也さん、平次郎の足元、もっと見えないか?」


 三郎さんの言葉に、俺は親分の足元をズームして見せた。

 すると、なんかトゲトゲした物が落ちている。


「菱の実……撒菱まきびしだ!」

 三郎さんは声を上げた。


「マキビシ……っていうことは、つまり……」


「ああ、奴の正体は『(しのび)』だ……それも、凄腕の、な……」


 三郎さんの言葉に、息を飲んだ。

 モニタに視線を戻すと、侍は刀を収めて、そのまま去っていった。


「……妖怪に変装した奴は、侍と平次郎を天秤にかけて、侍の方がやりやすいと思ったんだろう。一流の岡っ引きの捕縛術はやっかいだからな……侍はそれを悟り、恥じて、立ち去ったんだろう。決して未熟な腕じゃなさそうだがな……」


 うーん、そんなものなのかな。俺には分からない。


 もう戦いは終わったので、ライトを消して、笛の音も止めた。

 平次郎さんは、ちょっと足を気にしながら、東側の狛犬に近寄ってきた。

 まあ、普通はなんじゃこりゃって思うだろう。


「親分さん、拓也です……一部始終、見てました……厄介な相手ですね……」


 アップになった平次郎さんに、俺は狛犬内蔵のスピーカーで声をかけた。

 ビクッと手を引っ込めて、そして狛犬の目をのぞき込む。


「……拓也さんか? あんた……何者なんだ……」


 驚愕と戸惑いの眼差しを浮かべる平次郎さん。


「……それも含めて、お話したいことがあります。怪我は大丈夫ですか? 迎えに行きましょうか?」


「いや、それには及ばない。全力で走るのは無理かもしれないが、歩く分には問題無いだろう」


「でしたら、申し訳ないのですが、『前田食材店』に来てもらってもいいですか?」


「ああ。俺もそうしようと思っていたところだ」


 この夜の話は長くなる……俺はそう直感した。


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