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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第12章 江戸進出
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第百七十話 岡っ引き

 江戸で『前田食材店』という名の店を開いて、七日が過ぎた。


 椎茸(しいたけ)を籠に盛り、店先に並べて、しかもそれを可愛い巫女さんが売る、という斬新なスタイルは話題を呼び、あっという間に行列ができる人気店となった。


 当時の椎茸は、現代で言う松茸以上の高級食材。

 それがそこそこの(ちょっと頑張ればおかずに出来る)値段で売られているのだから、そうならない方がおかしい。


 当初、『薬太寺しいたけ』という名前で売り出そうと考えて居たが、お寺の品を神社の巫女さんが売り出すのも微妙な話なので、『阿東しいたけ』に改名。まあ、旅人が阿東藩に行けば薬太寺で買うことになるので、結局は同じ事だろう。


 茜が紹介してくれた(ゆい)は、真面目でしっかり者。それでいて笑顔も可愛らしく、巫女さんのイメージにピッタリなのだが、ちょっとおしゃべりは苦手な雰囲気。


 それに対して、もう一人、応援に来てくれた巫女さんの『里菜(りな)』は、ハキハキと明るく、お客さんからのウケもいい。ちょっと計算が苦手なのが弱点だが……。


 二人ともハルやユキと同い年ぐらいだが、一生懸命頑張ってくれる。

 元々彼女たちは巫女が本職ではなく、アルバイトのようなものだ。

 つまり他に仕事があれば、条件さえ良ければ手伝ってもらえるのだ。


 今回は明炎大社の巫女長代理、茜からの直々の紹介だし、それほどきつい仕事でもなく、彼女たちからしても良い派遣先だったようだ。


 俺はというと、もう少し評判が広まった時点で椎茸を一括で大量購入してくれる店舗、出来れば高級料亭なんかに営業に行くつもりだ。


 以前良平が修行していたという『月星楼』なんかだと、良平のことを話せばうまく商談に持ち込めるかもしれないのだが。

 いかんせん、まだまだこの江戸では知名度が低い。


 ぽっと出の新米商人がいきなりそんな大きな店に売り込みに行ったところで、相手にされないだろう。ここは焦らず、じっくりと攻めていこう。


 ということで、俺も店先に並ぶことがあるのだが、巫女さん二人に対して俺は普通の商人の格好。客はあんまり、話しかけてくれない……。

 よく見ると、男性客が凄く多い。

 これって、ひょっとして女の子目当てなんじゃないだろうか……。


 たまに優も時空間移動して手伝ってくれるのだが、もちろん彼女も巫女の格好。

 とびきり可愛く、愛想も良い優が店先に並ぶと歓声が上がるほど。

 一応、アルバイトの二人から『おかみさん』と呼ばれているので既婚であることは知られているのだが、ちょっと心配だ。


 彼女の場合、一言キーワードを叫べば強制時空間移動できるので、誘拐されたりはしないだろうが、なにせ妊娠中の身だから、心配は尽きない。

 アルバイト店員二人だけの時間帯もあるので、それも心配と言えば心配だ。

 そんな事言い出せば、江戸中の女性店員は同じ立場なのだが……。


 と、そんなある日、十手を持った、ちょっと強面の岡っ引きが店を訪れてきた。

 二十代後半ぐらいだろうか。

 この年で、なんかこう、近寄りがたいオーラの様な物を身に纏っている。

 まだ若い子分も連れている。


「よう、あんたがこの店の店主か。ずいぶん若ぇんだな」


「これはこれはお役人様、拓也と申します。阿東藩から出て来ました」


 と、自己紹介すると、彼は自分の事を『平次郎』と名乗り、通行手形を見せろと言われた。

 こんな時のために、阿東藩から江戸まで関所を全てコンプリートした通行手形を用意していたので、特に問題にはならなかった。


 しかし、その他にもあちこちチェックされる。


 例えば、店の中に危険な物(日本刀とか)を隠し持っていないかとか、変な物(毒きのことか)を売ったりしていないかとか。

 実際のところ、いわゆる『岡っ引き』は役人ではなく、同心などの本物の役人に雇われた『手伝い』にすぎないのだが、悪者を捕まえる役目を担っていることに変わりはない。


 中には、賄賂を要求するような物もいたという噂なので、ちょっと緊張しながら事の成り行きを見守る。


「……あんたの店では、料理を客に出したりはしないのか?」


 平次郎さんがいぶかしげに聞いてくる。


「は、はい、基本的には……ただ、ちょっと味見したいという人がいるので、軽く炙って出す事はありますが……」


「軽く炙る、だと? どうやるんだ?」


 俺は、椎茸を奥にあった七輪でちょっと焼いて、皿に入れて平次郎さんと、手下の八助さんに差し出した。

 醤油と、橙の酢で作ったタレも一緒に渡す。

 二人は焼き椎茸をタレに付けて口に運び、互いに目を見張った。


「……なるほど、こいつはうめえ……評判になるわけだ……」


 平次郎さんはニヤリと笑みを浮かべた。


「……この辺りは、この俺のナワバリだ。犯罪が起きないよう、俺が取り仕切っている」


 う……この展開って、ひょっとして賄賂を要求される?


「……江戸で一番怖ぇのは火事だ。だからあんたが火を使う商売なんじゃねえかと心配したんだが……このぐらいならまあ、大丈夫だろう。けど、油断は禁物だ。くれぐれも火の不始末にだけは注意してくれよ」


 そう言って、笑顔で俺の肩を叩いてくれた。

 ……ふう、なんかまともな岡っ引きのようだ。


 そういえば、店に入ってくるときも、客の何人かから笑顔で挨拶されていたな……。


 その他にも悩みがないかまで心配して聞いてくれたので、店に人気が出てきて、ちょっと人手が足りないことを告げると、


「だったら、俺の女房とこの八助、たまに手伝わせてくれねえか?」


 と切り出された。

 一瞬、えっと思ったが……実は岡っ引きは正式な職業ではないので、ほとんど収入にはならないのだという。


 それでいて、自身は犯罪捜査に忙しいわけで……これは、正義感がないと務まらない仕事だ。

 その分、彼の嫁さんに仕事をしてもらったりしないといけないわけで、なかなか大変だ。


 八助さんにいたっては、さらにその子分。収入なんてほぼゼロだ。


 そこで俺の店で店員も兼ねてもらえれば、男の店員がいるという安心感もでて一石二鳥だ。

 ただ、八助さんもやる気はあるのだが、ちょっと慌てん坊なところが心配だが……。


 後で知った話だが、この平次郎さん、江戸でも名うての岡っ引きだそうで、そう言う意味では非常に運が良かった。


 彼のおかみさんも人柄が良く、優や巫女さん達ともすぐ仲良くなった。

 そしてこの出会いが、後に起こる大きな事件において、ある重要なキーポイントとなるのだった。


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