第百五十九話 妹の反応
俺と優はその日、仙界、つまり現代の自分の部屋に時空間移動していた。
その目的はもちろん、優が妊娠したことを、母親と、妹のアキに告げるためだ。
「……このお部屋に来たの、久しぶりですね……」
「そういえば、最近は直接『たいむすりっぷ』の裏に移動することが多かったんだったな……」
『たいむすりっぷ』は、資産家の羽沢一輝氏が経営する博物館兼喫茶店の名前だ。
その裏側は、普段はシートで隠されており、鍵のかかった通路を通らないとたどり着けない。
ここに叔父の同期でもある羽沢氏が、あらかじめ前日までに指定しておいた雑貨や料理の材料を用意してくれているので、それを優が江戸時代に運んでいるのだ。
彼女は、最近は専らそこにしか時空間移動していなかった。
「最後に来たのは……一ヶ月ぐらい前でしたでしょうか……」
「ああ……アキの誕生日を祝ったんだったな。それで、プレゼントとして欲しがってた服をあげたら、もう同じ物、アルバイトして買ったお金で買ってて……それで、そのまま優の服になったんだよな……」
「ええ。今着ている、これですね」
ちょっと大きめのチェスターコート。おしゃれだし、防寒にもなる。
優は、現代に来る時は現代風の服装に着替えているのだが、流行などまったく知らないので、定期的にアキに服を買ってもらっているのだ(金を出すのは俺だが)。
「俺はてっきり、別のプレゼントねだられると思ったんだけど……」
「ええ。私とお揃いになることに意味があるし、嬉しいって、写真まで撮って……これで十分『ぷれぜんと』になるからって言ってくれて……」
「ああ。いつのまにか、あんな風に気を使えるようになっていたんだな……」
知らない間に、妹が大人になってきている……それが嬉しくもあり、俺ももっとしっかりしないといけないな、とあせる気持ちもあったり。
と、廊下をこちらの部屋に向かって歩いてくる足音が聞こえる。
コンコン、とノックする音。
「……お兄ちゃん、帰ってきてるんでしょ? ひょっとして、優さんも一緒?」
噂をすればなんとやら、だ。
俺は優と目を合わせて、ちょっと笑った。
「ああ、今開けるよ」
扉を開き、彼女を迎え入れる。
「お久しぶり、優さん。ちょっと話し声が聞こえてきたから、ひょっとしたら、って思って。あ、私がプレゼントした服、着てもらっているんだ」
「ご無沙汰してます、アキちゃん。ええ、とっても暖かくて重宝してます」
正確には、俺がアキにプレゼントして、そのままスライドして優の物になったのだけど。
まあ、この辺りのやりとりは掛け合い漫才みたいなもので、それだけ俺達の関係も良好ということだ。
優もアキも、満面の笑顔。
「……それでお兄ちゃん、今日はなにがあったの? また面倒ごと?」
俺達の正面に座りながら、彼女は言った。
「またってなんだよ、またって」
「だって、予告なしに来る時って、大抵なにかトラブルがあったりしたときだから……」
……まあ、それは否定しない。
「いや、今回はちょっと違うんだ……」
「そうなの? そのわりには、言いにくそうだけど……」
確かに、ちょっと口に出しづらい。
俺達にとっては「いいこと」なのだが、アキが好意的に受けとめてくれるかどうか……。
「何? なんか、怪しいなあ……」
ここで何も言わなかったら、より一層不審がるだろう。
そもそも、報告する目的で来たのだから、堂々とすればいい。
「……実は、優に……子供ができたみたいなんだ……」
「……えっ!?」
……アキは数秒間、きょとんとした表情になり……俺の顔と、恥ずかしそうに、けれども嬉しそうにしている優の顔を交互に見つめ……両手を口元に持って行き、目を見開いたかと思うと、スッと立ち上がり、そして……
「お、お母さんっ! 大ニュースよ、お母さーんっ!」
慌てて部屋から飛び出して、ドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえる。
「……前言撤回、全然大人になっていない……」
やれやれ、と俺は腰を上げ、優に手を差し出し、一緒に母親の所に行こう、と促したのだが……。
ドタドタと、今度は階段を駆け上がって来る音が聞こえる。
「お母さん、今日はパートに出てるんだった……」
はあはあと、荒い息をしているが……その表情は明るい。
「そんなに慌てなくてもいいよ、母さんには俺達からちゃんと報告するから……アキには、ちょっとショックだったかもしれないけど……」
「ショック? どうして?」
「え……だって、まだ高校生の俺が、彼女を妊娠させたって連れてきたんだから……」
「……だってお兄ちゃん、江戸時代では優さんと結婚してるんでしょ? なにも問題無いじゃない」
と、俺が言おうとしたことを先に言われてしまった。
「じゃあ、なんで大騒ぎしたんだ?」
「だって、こんなおめでたいお話、私だけで聞くのはもったいないと思って。我が家にとって大ニュースなんだから、お母さんも交えて、みんなで聞いた方がいいかなって」
「……じゃあ、喜んでくれるんだ」
「当たり前じゃない……っていうか、本当に……おめでとう、お兄ちゃん、優さん……」
なぜか目を潤ませて、自分の事のように感動している様子のアキ。
正直、この反応は俺達にとっても予想外で、そして嬉しかった。
「……本当に、二人が大恋愛してるの、ずっと前から知ってたし……それに、私を大変な思いをして探してくれた、お兄ちゃんと、お義姉さんだし……本当に私も嬉しいよ……あ、でも、私、叔母ちゃんになっちゃうんだね……それはちょっと微妙かな……」
うん、まあ……そうれはそうかもしれないな。
「あ、ちょっと叔父さんに電話してみるね、今日は日曜だから家にいると思うわ。室町時代に遊びに行ってなければ、だけど……」
と、アキはその場で叔父に電話をかける。あいかわらず、即断即決だ。
「……あ、叔父さん? アキですけど……今、お兄ちゃんと、優さんが家に来てて……え、トラブルじゃないよ」
うーん、やっぱりそう思うんだ……。
「……今から、来てもらえないかなって……え? ……さあ、どうかな、私の口からは……え、そ、そうなの? ちょっと、落ち着いて……あ、はい、待ってます……」
アキは、怪訝そうな表情で通話を終えた。
「なんか、様子が変だったけど……どんな話したんだ?」
「うん、えっと……『まさか、優君が妊娠した、なんてことはないよな』って聞かれたから、はぐらかしたら……『そうだとしたら、大変な事だ』って、興奮しだして……」
「興奮? ……なにかまずいことでもあるのかな……」
わずかに不安がよぎる。
「ううん、そんなことないと思うよ」
「なんで、そう思うんだ?」
「だって……『それが本当なら、歴史的快挙だ』って声を上げてたから」
……歴史的快挙? どういうことなのだろう……。
「たぶん、すっごく良いことなんだと思うよ。すぐ来るっていってたし、あと、二人に『おめでとうと伝えてくれ』って頼まれたから」
微笑みながらそう言うアキに、さっきの不安は綺麗に消えて無くなったのだった。





