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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第11章 優の妊娠?
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第百五十八話 判定

 飼い犬のポチとユリの間に子供ができたことを祝った、その日。


 優の体調が優れない。

 しかし、風邪ではない――。


 何か病気なのかもしれないが、ひょっとしたら妊娠したのかもしれない。


 仙界、つまり現代で短期間ながら薬学を学んでいる凜は、『妊娠検査薬』の存在を知っていたし、優がそれをこの時代へと運んでもいたので、早速検査してみることにした。


 しかし……『陽性』にはならなかった。


 ただ、これには『時期』が関係するらしい。

 本当にはっきり結果が分かるのは、原則として生理予定日の一週間後だ。


 いわゆる『つわり』は、それよりも前に発症することもあるという。

 つまり、今はただ様子を見るしかないのだ。


 期待と不安が入り交じるが……俺が彼女にしてあげられることといえば、ただ側にいることぐらいだった。


 その夜……俺は彼女と共に夜を過ごした。

 本当は凜がこの日の『嫁』だったのだが……こんな日ぐらいは、と妹の優に譲ってあげたのだ。


 一つの布団の中で、俺と優は肩を並べ、手をつないでいた。


「ごめんなさい、拓也さん……二回もぬか喜びさせてしまって……」


「二回? ……ああ、はっきりとした結果が出なかった件か。いや……それは別に気にすることないよ。また日を改めて再検査すればいいだけだし、妊娠してなかったとしても、その……優の事、大事に思っている気持ちには変わりないし……」


「……拓也さん、あいかわらず優しいですね……でも、どうなのかな……私でも、母親になれるのかな……」


 少し不安そうな声だった。


「……そんなに焦らなくてもいいと思うよ。天からの授かり物だし、ね」


 励ましになるのかどうか分からないが、俺はそう声をかけた。


「……ありがとうございます。でも、私、なるべく早く拓也さんの子供、産みたい……」


 とくん、と鼓動が高鳴るのが分かった。


 彼女は、本気で俺との間に子供が出来て欲しいと願ってくれている。

 心から好きになって、愛し合った女の子が、それを望んでくれている……。

 それだけで幸せな気分だった。


「……でも、私……もしって考えることが、今でもあるんです……」


「……もし?」


「はい。もし……身売りされようとしていたあの川原で、拓也さんに出会っていなければ……つまり、ほんのわずかな行き違いで、身売りされていてしまっていたら……ひょっとしたら、誰か分からない人の子供を、身ごもっていたんじゃないかなって……」


 それは、俺にとっても、今考えると怖い事だった。

 ほんの少し、運命の天秤が不幸な方に傾いていたならば……それは現実になっていたのだ。


「……そうなると、一体どうなるのかなって」


「……遊郭の女の子が身ごもると、か……知らない方がいいと思うけど……」


「はい、そうなのかもしれません。でも、知っておくべきだとも思うんです。私達、拓也さんに救われなければ、一体どうなっていたのかって……」


「……分かった……」


 そして俺は、現代に伝えられているその事実を語った。


「遊郭の女性達は、一応避妊を心がけてはいるけど、この時代、それを完全に防ぐ事はできなかった。そして妊娠してしまった場合……毒を飲んだり、池とか川の冷水に長時間浸かって、無理矢理流産させたりしていたんだ」


「……えっ!」


 優の、驚いたような、悲鳴に近い声が耳元で聞こえた。


「……当然、母体への影響も大きい。でも、そうでもしないと、産んでも育てていけない事情が存在したんだ。まあ、全部がってわけじゃないらしいけど……そしてそれを何度が繰り返す内に、やがて妊娠できない身体になってしまう。そして、そうなって初めて『一人前の遊女』って言われるらしいんだ……」


「……そんな……そんな……」


 優は涙声になっていた。


「……私達も、そうなっていたんですね……ユキちゃんや、ハルちゃんまでもが、そんなぎりぎりの状態で……私達、拓也さんにどれほどのご恩を……」


「……いや、そんな『恩』なんか感じてもらわなくてもいいよ。そんなことのためじゃないし、単に俺が、ただみんなを独り占めしたかっただけだよ」


「……でも、本音ではそうじゃないですよね……だから、阿東藩の女の子達がそんな目に遭わなくてもいいように……『女子寮』を作ったり、『養蚕施設』で彼女たちが働けるように、がんばってくださっているんですよね……」


「……うーん、それもどうかな……単に俺が、儲けようとしているだけかもしれない。力のいらない単純作業の場合、女の子達の方が、真剣に取り組んでくれるから」


「……でも、その儲けもまた、新しい仕事とか、農作物の開発に当てている……」


「……結局、そうなると君たちに、贅沢をさせてあげられないままなんだけどな……」


「ううん……私達、それで幸せです。今でも、十分、贅沢です。今、こうやって、大好きな拓也さんの隣で一緒に居られる……本当に、それだけで……一体、どれだけ恵まれていることか……」


 優は、あいかわらず義理堅く、そして泣き虫だ。

 そして俺は、そんな優がたまらなく愛おしく、そして大事に思っていた。


「……でも、俺は本当に大したことはできないんだ。みんなが言うような『仙人』でもないし、一時言われていた『藩主』の器でもないんじゃないかとも思ってる。本音で言うと……いい父親になれるかどうかの自信もないんだ……」


 それは、俺の本音だった。

 だって……最初、優が妊娠したかもしれないと知ったとき、あれだけ慌てふためいてしまったのだから。


「……いえ、拓也さんは、絶対にいいお父さんになります。それに……それを言うなら、私だっていい母親になれるかどうか不安です。そもそも、身ごもっているかどうかもわからないですし……」


「いや……確かに妊娠してるかどうかは分からないけど、断言できるよ。もし子供ができたなら、優は絶対にいいお母さんになれるってね」


「……ありがとうございます……」


 少し照れて、ほんのちょっと手を強く握ってくれる優。

 今、この時間が、幸せでたまらなかった。


 ――それから、八日が過ぎた。


 優の具合は回復せず……特に炊飯の時の匂いが全くダメで、それでかえって


「これはいよいよ……」


 と凜が笑顔で優に語りかけていたのが印象的だった。


 この間、新たに妊娠検査薬での判定は行っていなかった。


 理由は二つあり……一つは、妊娠検査薬がそこそこ貴重だということ。

 もう一つが、判定の時は俺にも立ち会ってもらいたいから、ということだった。


 そしてその日、凜も立ち会う中、優がそのスティックを持ってきた。

 陽性の反応が出たならば、妊娠している可能性は99%以上。

 三人が見守るが……一分経っても、特に変化はない。


「やっぱり……身ごもってはいなかったんですね……」


 と、優が落胆したその時……。


「待って……ほら、見てっ!」


 凜が、声を出した。


 うっすらと……徐々に濃く、やがて見本線よりもはっきりと、ピンクのラインが浮き出てきた。


「……まだ安定期に入っていないはずだから油断は禁物だけど……優、懐妊、おめでとう」


 凜の祝福の言葉に、優は涙を浮かべ……そしてとびきりの笑顔で俺と目を合わせ、(うなず)いたのだった――。


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