第十四話 刺客
とりあえず、俺は啓助さんに情報収集を頼んだ。
まず、「百両よりずっと高い金額」というのが、いくらなのか分からない。
百十両までなら、なんとか対抗できるかもしれない。
しかし、それ以上となってくると、ちょっとどうなるか分からない。
また、啓助さんによると「全員が対象」とは限らないという。
たとえば、「なるべく若い」という要求が顧客から入り、その場合だけ高値が付くというのならば、ユキとハルが対象となる。条件が「双子」というレアな要求の場合も同様。
ただ、そうなると一気に苦しくなる。なんとしてもユキとハルだけは死守したいのだ。
仮に、こういう言い方は良くないのかも知れないが、「即戦力」となる者を集めているのならば、あるいは凜さんが対象なのかも知れない。
その場合、たとえば凜さんに百五十両とかの高値がついたならば……もう、救うことができない。
啓助さんによれば、現時点では腑に落ちない点がいくつもあるという。
まず、これは本来言ってはいけないことらしいが、「百両」は相場と比べて高いのだという。
例年ならば、まあそれなりの価格だが、今年は供給過多のため、相場が下がっているのだ。
また、「黒田屋」もまた、「身売り」の斡旋をおこなっている。
ということは、手元にそういった人材は揃っているはずなのだ。
「あるいは、高く売れる別の転売先を見つけたか……けど、そうなったらますます身売り先でどんな仕打ちをうけるか分からない」
啓助さんも真剣だ。
彼も、「前田邸」の身売りっ娘たちと親しく接するうちに、感情移入してしまったらしい。
考えれば考えるほど訳の分からない、今回の「黒田屋」の参入。
何かウラがあるような気がして仕方ないのだが……。
現時点で俺に出来る事と言えば、一両でも多く稼ぐこと。
まだ鏡も、受注分の枚数が揃っていない。
とりあえず今日の分は運び込んだ。
後は、最近の日課となった、夕刻の前田邸への訪問だ。
しかし、これは気が重かった。
今日も、俺の分の食事は用意してくれているという。
いつも、俺だけご飯大盛り、おかずも倍の豪勢さ。
最近は料理を、ユキやハルも手伝っているという。
……彼女たちになんて言おう。
いや、まだ言う段階ではない。まだ全員助けられる可能性は残っているのだ。
俺は、『前田邸』から五百メートルほどしか離れていない竹藪に突如出現した。
そこを、現代からタイムトラベルした場合の出現登録ポイントにしていたのだ。
敷地内の納屋の裏にも設定しているのだが、いきなりそこに出現してみんなに見られるとちょっとやっかいだと思い、安全策としてその竹藪をメインに使用している。
昨日までとはうって変わって、重い足取りで前田邸を目指す。
荷物も、米十キロ、缶詰、レトルト食品、栄養補助食品のケロリーメルト、インスタントラーメンも持っている。ようするに、「長持ちする食材」だ。
もちろん、これは『前田邸』での共同生活が長引く、という前提で揃えたものだ。
ぶっちゃけ、重い。
あの庭まで続く坂道を登るのは、今日は大変そうだ。
やっぱり納屋の裏に出れば良かったと、後悔した。
……坂の下に、一人のお侍がいた。
被り笠で顔を隠している。
以前茶屋であった藩主様や、護衛の方を思い出したが、あの人たちよりずいぶんとみすぼらしい印象を受ける。
こっちに気づいたみたいで、ゆっくりと歩いてくる。距離は百メートルほど。
……まさか、ね。
単にこっちに用事があって来ているだけで、俺は関係ないはず。
ま、よく時代劇なんかだと、あのあたりから日本刀を抜き出して、いきなり襲いかかってくるものだけど……。
五十メートル、三十メートル、二十メートル、じゅ……。
その侍はいきなり抜刀した。
「ひ、ひいいーー!」
間抜けな叫び声を上げて、俺は逃げ出した。
俺が対象じゃないことを祈りつつ……。
けど、あたりを見渡すと俺しかいない。当然、俺を追いかけてくる。
もったいないけど、背負っていた荷物を捨てた。
あと、腰に下げた袋に入れていた小判数枚も。
しかし、侍はそれらを無視して追いかけて来るではないかっ!
こちらは「ワラジ」にあまり慣れていないため、全速力で走り出したとき、足をとられて転んでしまった。
もう、侍はすぐそこまで迫っている。
しかたない、見られるのは嫌だが、最終手段だ。
俺はラプターの「現代移動」コマンドを選択し、ボタンを押した。
これで瞬間移動でき……なかった。
代わりにそこに表示されたメッセージは、
「再稼働待機時間 175分」
……さっき移動してきたばかりだった。
万事休す、もう刀を抜いた侍はすぐ側まで来ていた。
俺は情けないことに……半分腰が抜けた状態だった。
いや、だって……素手で日本刀を持った侍と戦うなんて、絶対無理だから。
「あの、俺、お金持っていません。さっき全部落としてきたから……」
「金に用があるわけではない。お前に用があるんだ」
「俺……えっと、誰かと間違えていませんか?」
俺は、人から恨みを買うようなことはしていない。
「お前は『拓也』という者だろう」
……狙いは俺だった。
侍は、刀をびしっと構え、俺の方に向き直った。
いや、こういう展開の場合、たとえば剣の達人の源ノ助さんが助けに来てくれたりするはず……。
しかし、周りには誰もいなかった。
もうダメだ。
俺は、この江戸時代で殺される。平成生まれなのに。
死ぬ。
殺される。
本当に死ぬ。
えっ……死ぬの?
やっぱり、痛いんだろうなあ……。
今までの思い出が、走馬燈のように浮かぶ。
ああ、一昨日、凜さんに勧められたように、全員で明かりの付いた風呂に入れば良かった。
優と、もっとイチャイチャすれば良かった。
他にも、ええと……思い残すことが、山のようにある。
どういうわけか、それらは現代のことではなく、全てあの身売りっ娘たちの事だった。
俺が死んだら、だれが彼女たちを引き取ってくれるのだろう。
やっぱり、売られちゃうのかな……。
「……もういいか?」
侍が、口を開いた。
「お前がなにかブツブツしゃべってるから、本題の話が出来なかった」
「……話? 俺、殺されるんじゃなくて?」
「今日のところはな。だが、俺の忠告を聞けないようなら、その命、頂くことになる」
(……とりあえず、おとなしくしていたら、今日の所は殺されないんだな……)
俺はじっと耐える事にした。
「なあに、簡単な事だ。お前が面倒をみている『お優』という名の娘のことは、あきらめろ。それだけだ」
そう言うと、その侍は刀を鞘にパチンと収め、そして颯爽と元来た道を引き返していった。
……。
…………。
……………………。
えええええぇーーーっ!





