第百三十七話 (番外編) トラブルメーカー
俺の妹のアキは、以前時空間移動の事故により、江戸時代の明炎大社という神社に飛ばされた。
そこで保護され、紆余曲折あって何とか俺が現代に連れ戻すことに成功した。
しかし、彼女には江戸時代で生活した、という感覚が、実は希薄だった。
その理由は、『明炎大社から一歩も外に出たことがない』からだ。
街中で買い物をしたこともない。
農作業の様子を見たこともない。
下駄を使用していたため、ワラジを履いたことすらなかったという。
そのため彼女は、今も江戸時代に憧れている。
だからといって、能力を持たない彼女を、危険を冒してもう一度時空間移動をさせることは許されない。
そこでせめてもの慰めとして、江戸時代にてデジカメで写した写真や映像を、前田邸のみんなのメッセージを添えて、定期的に見せてあげていた。
その中でも特にうらやましがったのが、富士山に旅行したときの写真だった。
あまりに自分も行ってみたい、ということだったので、母と三人で富士山が見える宿に温泉旅行に行ったりもした。
そこで彼女は大喜びし、はしゃいで何枚も写真を撮り、「現代の富士山の写真」として前田邸の女の子に優を通じて送っていた。
それは別に問題ない。
そして
「家族三人で富士山の麓に温泉旅行に行きましたっ!」
と、ブログに写真を載っけたりもした。
それも全く問題ない。
しかし、それが好評だったことに気を良くした彼女は、
「温泉旅行 in 江戸時代!」
とタイトルを付けて、富士山をバックに優が写っている、江戸時代で撮影した写真をブログにアップしてしまったのだ。
大問題だった。
まず、優の写真が載ってしまっていること。
江戸時代の旅人の格好をしている優。
上半身のみ映っているとはいえ、あまりにも馴染みすぎている。
きちんと髪が結われているのに化粧をしていないというのは、現代ではちょっとあり得ない。
おまけに、すっぴんなのに現代でも滅多に見ることのない美少女だった。
まず、それだけで大きな話題となり、写真が拡散してしまった。
次に注目されたのが、富士山そのものの写真だった。
宝永火口が、生々しすぎる――。
この写真が撮影された年より十数年前の大噴火によって出来た巨大な火口は、現在よりもずっと鋭角だったのだ。
この二つと、「in 江戸時代!」というキャッチフレーズが話題となり、さらに拡散し、大騒ぎとなってしまったのだ。
アキは驚いて、すぐに写真を削除し、知人には「ネットで同じように温泉旅行したっていう人からもらった。他の人に見せてもいいよってメールに書かれてたけど、騒ぎになったから消してって言われた」と説明したのだが、時既に遅し。
あちこちに優の写真が拡散する事態となってしまった。
すぐに、彼女はどこの誰かを調べるという暇な人間が現れ、全国各地から似た人の写真が集められたのだが、本人と断定できる写真は一枚もない。
それも当然だ、彼女は現代には(資材を取りに来た場合を除いて)存在しないのだから……。
富士山の写真も、どうやったらこんな風に撮影できるのか、あるいは、何を意図してこのようなリアルな合成写真、あるいはCGを作成したのか、と話題になったのだが、まるで真意がつかめない。
あたりまえだ、真意も何も、単純に撮影しただけなのだから……。
結局、結論というか、最も支持を集めた仮説が、
「超先端科学技術を持った何者かが江戸時代にタイムスリップして、現地の美少女をモデルに写真撮影した」
という、都市伝説のようなものだった。
実はこれ、ほとんど正解なのだが、そんなヨタ話が長続きするわけもなく……一ヶ月もすれば世間からは忘れられたのだった。
アキは、騒動になったことを反省し、二度と江戸時代の住民や富士山のような有名な風景の写真をブログに上げたりしないと、俺に誓った。
数日後、彼女はまた一枚のデジカメ画像を俺に見せてきた。
「阿東川でいっぱい鳥が休んでいる写真、優さんからもらったんだけど、これならブログに乗っけてもいい?」
と、アキは聞いてきた。
「へえ、どんなんだ……うん、それなら鳥と川原しか映っていないし、いいかな……けど、あんまり見たことない、わりと大きな鳥だな……」
「うん。めずらしいな、と思って」
ちょっと気になった俺は、その鳥をネットで調べてみた。
「えっと、顔が赤くて、くちばしが長くて……なっ!」
俺は思わずのけぞった。
「アキ、絶対にその写真、ブログなんかに載っけちゃダメだっ! 今後は江戸時代の写真、どんなものも載っけるの禁止っ!」
「えーっ、なんでよっ!」
「その鳥、『トキ』だっ! これは前回以上の大騒ぎになるぞっ!」
「えっ? これって、そんなに大変な写真だったの?」
天然のトラブルメーカー、アキには、厳重注意が必要である。





