第百二十九話 (番外編)叔父の回顧録
その日、私は嫌な予感がして、六百年の室町時代へと時空間移動していた。
たまたま次の学会まで期間が空いているという事もあった。
私に親しくしてくれている慶姫、誠姫の顔を見たい、という考えも持っていた。
この地方の豪族、海部一族の統治する領内は、まだ不安定要素が多い。
そもそも海部一族は皇族の家系であり、そういう意味に於いて二人の姫は高い身分だ。
現在皇子のいない海部一族にとっては、第一位、第二位の正当な後継者となる。
この地方には、他に五つもの地方豪族が存在し、領土もそれぞれ海部一族より広いのだが、朝廷と繋がりを持つ海部に対して、五つの地方豪族は形式上『従属』していた。
彼等は最近、『仙術』を持つ私が出現したものだから、「やはり海部には何か特別な力がある」と認識(誤認?)してくれているようだった。
ちなみに、私が『仙術』を持つというハッタリは、甥っ子の拓也が江戸時代で使っている手口だ(別に悪用しているわけではないが)。
しかし、この地方にいずれの豪族にも属さない、神出鬼没のいわばテロリスト集団『海円衆』と呼ばれる盗賊団が現れるようになり、海部一族も他の五つの地方豪族も手を焼いている状況だ。
そんな中、去年の秋、海円衆に次女の誠姫が誘拐される、という大事件が勃発した。
その時は、私が『鬼神』の役を(正直、かなりビビりながら)演じ、現代から持ち込んだ催涙ガスやプロジェクターを駆使して、なんとか救い出すことに成功していた。
ちなみに、催涙ガスは私の手製。
これでも私は現代では『帝都大学准教授』であり、『化学実験の材料』と申請すれば、劇薬でも比較的容易に入手することができる、ちょっと便利な立場だ。
そんな状況であり、二人の姫、特に(美しくて年頃の)慶姫と仲良くなっていることもあり、室町時代を頻繁に訪れ……たいのだが、現代では毎日研究に追われており、なかなか時間が作れないもどかしさがあった。
そんな中、その日はたまたま時間があり、『嫌な予感』を理由にして、室町時代を訪れたのだ。
ところが、海部の屋敷は大騒ぎであった。
慶姫はそこに居て、会うことが出来たのだが、
「妹の誠が行方不明になった」
とすがられてしまったのだ。
正直、またかと思ったが、同時に
「そんなはずはない」
と考えたし、そう口にもした。
なぜなら、誠姫には『ツイン・ラプターシステム』を渡していたからだ。
誠姫に渡したそれは、『緊急時に、一瞬だけ江戸時代を経由して、直後に室町時代の自分の屋敷に戻る』
ように規制・設定したものだった。
わざわざ江戸時代を挟むのは、
『一旦別の時代を経由しないと、空間移動のみは出来ない』
という物理学上の理由からだ。
そんな俺の考えを察したのか、慶姫は
「はい、確かに妹は氷川様から頂いた『らぷたー』を身につけていました……でも、火事――小火でしたが――の混乱から逃げる際に、どうも片方だけしか身につけていなかったらしいのです」
と、一つのラプターを見せられた。
誠姫が泊まっていた祖母の屋敷から、早馬で届けられたという話だ。
2つ揃っていない、不完全なラプターでの緊急時空間移動……この場合、江戸時代の『安全が保証されていない』場所に、最短で六時間、最長で十二時間、留められる事になる。
(ちなみに、最短時間は固定だが、最長時間は任意で設定できる。誠姫に対しては短めに設定していた)
さすがに私は焦った。
一応、海上や川などの水面上には出現されないように設定してはいたのだが、深い山中などに飛ばされて、熊に襲われでもしていたら……。
いずれにせよ、十二時間……火事から逆算すれば、あと一時間後には強制的にこの屋敷に帰還させられる。
無事を祈りつつ、帰還地点として登録されている誠姫の部屋で、慶姫や従者の方々と共にその時を待っていた。
「……来たっ!」
白く、まばゆい輝きを見て、私は叫んだ。
予測通り、彼女は装備していた一つの『ラプター』によって、強制帰還が為された。
「なっ……ふっ、二人!?」
思わず、奇妙な声を上げてしまった。
誠姫は確かに帰ってきた……見ず知らずの、こちらも年頃の少女に抱き抱えられた格好で。
その娘は、ゆっくりと目を見開いた。
「……ここは……あの……前田拓也さんは……」
そのたった一言で、私はある程度、事情を悟った。
やはり、甥っ子は頼りになる。
江戸時代に(中途半端に)時空間移動してしまった誠姫を、彼は保護してくれていたのだ。
ただ、江戸時代から、もう一人別の少女がこの室町時代に来てしまうとは、全くの予想外だった。
だが、まあいい。彼女を江戸時代に送り返すことは、比較的容易だ。
私は楽天的にそう考えていた。
まさか、この娘が自分の時代に帰ることを拒否するなど、考えもしなかったからだった。





