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身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!  作者: エール
第9章 藩主の誘い
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第百二十六話 藩主と仙人

「ええい、控えい、控えおろうっ!」


 岸部藩の徒目付(かちめつけ)、大森宗輔の邸宅に、ご老公の護衛である(すが)さんの声が響いた。


 その三十秒後には徒目付本人が家来一同共々土下座して平謝りしたという。

 大森宗輔の蔵には、例の三千両が運び込まれていた。

 金が納められていった千両箱こそ別の物に変えられていたが、印のつけた小判が混じっていたことが証拠となった。


「この金、その方が阿東藩薬太寺の仏像を盗ませ、卑劣にも引き替えに三千両を用意するように脅迫した物であろうっ!」


 ご老公の厳しい問いに、彼は

「め、滅相もございませぬ、そもそも、薬太寺の御本尊と言われましても、なんの事やら……」

 とうかつにも口走ってしまい、


「……ワシは仏像と言っただけなのに、なぜ御本尊と分かるっ!」

 と突っ込まれてしまい、何も答えることが出来ず万事休す。

「追って沙汰があるので、覚悟しておけっ!」

 ……ということで、現在謹慎中らしい。


「……岸部藩としては、大森宗輔が単独でしでかした事件として、処分することで決着させる方向の様だ。まあ、そんなこと藩ぐるみでやったとなって、それをご老公様に咎められたのであれば、下手すれば岸部藩自体がお取り潰しになりかねないからな」


 その現場に同行していたという三郎さんは、お茶を飲みながらそう話してくれた。

 ご老公様の接待から半月が経ち、ようやく落ち着きを取り戻した前田邸に、彼は御本尊強盗事件の顛末を伝えに来てくれていた。


「江戸幕府の役人が阿東藩にも査察に来ると、奴等は当然知っていた。そんなときに藩を代表する寺の御本尊が盗まれたとあっては一大事。相当金をふっかけられると考えていたんだろうな。ひょっとすると、はなっから御本尊を返すことなど考えていなかったかもしれない。金鉱脈の採掘で競合する阿東藩を困らせてやろう、とな。しかしそれが結果として自分達の首を締める事となった……これはあくまで俺の推測だがな」


 もし、この三郎さんの推理が当たっていたのならば、岸部藩は本当に自爆したことになる。


 と、そこにもう一人、客人が訪れた。

 藩のお役人である、尾張六右衛門殿だ。

 彼は、俺の姿を見ると、深々とお辞儀をして、

「火急の用件がありまして、やって参りましたっ!」

 と、口調もやけに丁寧だ。


 あのご老公様が俺を仙人として認めてくださって以降、俺と六右衛門さんの立場は逆転し、何か無礼があれば六右衛門さんの方が罰せられてしまうのだ。

 とはいっても、そんな身分に慣れていない俺も、ずっと敬語で恐縮しながら対応しているのだが……。


 そしてその用件というのは、阿東藩主・郷多部元康様からの書状だった。

 どうやら、参勤交代で江戸にいる藩主様にも今回の一件が知らされたようなのだが、ご老公様からの書状と阿東藩の御家老からの書状に食い違いが発生している上に、薬太寺の御本尊強盗事件の全貌がよく分からず、かなり混乱しているらしかった。


 そこで可能であれば、俺に江戸まで来て、ゆっくり話を聞かせて欲しいという内容だった。


 ちなみに、俺は江戸に行ったことがあるので、『ラプター』を使えば一瞬で移動可能だ。

 その事を藩主様も知っているはずで、なのでこのような書状を送ってきたのだろう。


 なお、六右衛門さんによれば、藩主不在の阿東城でも、かなり混乱が広がっているという。


 御家老の杉村一ノ慎様は、ご老公様に厳しく叱責されたのだが、特に具体的なお咎めがあったわけでもないし、『仙人への扱いが酷い』というだけで御法度に触れるほどの大きな罪を犯したわけでもない。


 しかし、日頃から御家老に無理難題を押しつけられていた部下達から、引退を迫る声が上がり……要するに、揉めているのだ。

 確かにこんな状況では、俺が直接江戸に出向いて、藩主様と直に話をした方が早そうだった。


江戸に時空間移動し、阿東藩の江戸屋敷にたどり着いた時、もう夕刻になっていた。


 郷多部元康様と直接話をするのは約一年半ぶり。

 通常、身分の差が壁となって、しきたりにより直接謁見することは不可能だったのだ。


 しかし現在、俺は『ご老公様に仙人と認められた』存在であり、ただの町民とはわけが違う。

 門番も、藩主様からの書状を見せると(うやうや)しく案内役まで用意して、俺を連れて行ってくれた。


 元康様とは、客間にて二人っきりで話をすることが出来た。

 彼の方からは、これまでの俺の待遇に対して詫びの言葉と、仏像を取り戻したことに対する感謝が述べられた。


 そして、俺は自分が御家老に接待を命じられたことや、御本尊奪還を任されたこと、そして「控えおろうっ!」となったことに対する説明、無事接待に成功したこと等を、緊張しながら説明した。


 藩主様は何度も深く頷き、重ねて詫びと礼を、俺に対して頭を下げてまでしてくれた。

 もちろん俺は恐縮しっぱなしだったのだが……。


 そして御家老に関しては、

「いろいろと問題があるようなので引退させるつもりだ、しかしああ見えて藩のために尽くしてくれた部分もある、藩を思って部下に無理を言っている事もあるので、嫌な気分にさせてしまったのならどうか許して欲しい」

 とも言ってくれた。


 その後、料理や酒が運ばれ……今度は俺が接待される番だった。

 藩主様は、俺の事をずいぶん気に入ってくれているようだった。

 そして深夜まで、金鉱脈の採掘の件や、阿東藩に対する改革のあり方などを話し合った。


 本当に藩のことを心から心配し、よりよくしたいと考えている藩主様。それは基本的に俺も同じだったため、次第に議論は盛り上がっていった。


 俺は、自分がこうしたいと思っている改革の内容を、せっかくの機会なので全て聞いてもらった。


 金鉱脈で得た利益を養蚕業のために桑畑の開墾や設備投資、工場の設立に回し、阿東藩を、絹織物の一大生産地にする――。


 この構想については、藩の役人の一人である後藤房良(ごとうかねよし)さんを通じて藩主様も知っていた。

 しかし、それが後の世には日本を代表する産業となっていったこと、つまりそれほど大成功を収めた事業であったことはさすがに知らなかった。


 そのために女子寮をもっともっと拡充し、数百人単位で、女性を中心に雇うつもりであること。そしてそれにより、身売りされるような不幸な少女達を根絶したいこと。


 また、治水に関しても討論した。

 こちらについてはまだ明確な回答はできないのだが、現代の土木知識と便利な工具、そして阿東藩の人材と資金を使わせてもらえれば、一年半前の様な台風の被害はずっと減らせるのではないか……そんな討論を繰り返し、夜遅くまで話し込んだ。


 そして藩主様は、俺に対して一言、

「拓也殿、ずいぶん成長している……よほど濃い時間を過ごしてきたのだろうな」

 と言ってくれた。


 また、もしやる気があるのであれば、十分に藩の改革を任せられる器である、ぜひお願いしたい、とも。

 それほど評価してくれた事に対しては、正直嬉しかったし、感動もした。


「ご老公様は、拓也殿の言葉は自分の言葉と思え、とおっしゃったらしいが、今ならそのお気持ちが理解できる……俺も阿東藩の家臣達に申しておく。拓也殿の言葉は、俺の言葉に等しい、とな……まあ、ご老公様の言葉の方が上なのだがな」

 そう言って笑顔を見せてくれる藩主様。


 こんな若輩者の俺にそんな事を言ってくれるなんて、少し酔っておられるのかもしれない。


「……ところで、話は変わるが拓也殿、ますます大勢の女子(おなご)達の面倒を見ているらしいな」

「あ、はい。最近、縫製の仕事も徐々に始めていますので……」

「なるほど……それほどまでに、女子が好きか?」

 と、ストレートな質問。やっぱり、ちょっと酔っていらっしゃる。


「まあ、好きか嫌いかで言えば好きですけど……あ、変な風に取らないでください。ただ、私は女の子が酷い目に遭うこと自体が嫌いで、笑顔で居てくれるのが好き、そういう意味なんです」

 と、なんとか弁明する。


「……なるほど、ご老公様の書状にあったとおりだ……笑顔、か……」

 と、藩主様は笑みを浮かべ、しかしすぐに真剣な、深刻な表情に変わった。

 しばらくの沈黙の後、藩主様は口を開いた。


「拓也殿、お頼みしたいことがある。もちろん、拓也殿の都合が良ければ、で構わないのだが……」


「私は、藩主様に大きな恩を受けている身です。大抵の事はさせていただきますよ」

 俺の言葉に、藩主様は大きく頷いた。そして一瞬躊躇したが、その言葉を口にした。


「実は、俺にも年頃の娘が一人いる。その子を、拓也殿に託したいと考えているのだが……」


 ……へっ?


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