第百十二話 特別番外編:テレビドラマ
その夜、俺は最近ハマっているレモン炭酸飲料を買いにコンビニへ行き、ついでに新刊のラノベが出ていたのでそれをちょっと立ち読みしてしまった。
これが面白くて、15分ぐらい夢中で読み進めたところで店員さんがずっとこちらを見ているのに気付き、申し訳なく思って買ってきたのだが……家に帰ると、妹のアキがすごい勢いで玄関まで走って来た。
「ちょっと、どこ行ってたのよ、もう始まってるよっ!」
「いや、コンビニに買い物に行ってただけだけど……始まってるって、なにが?」
「今日、『TKT44』のドラマの日じゃないっ!」
「……ああ、そういやそうだったな。でも、録画予約もしてるし、別にリアルタイムで見なくても……」
「もうっ、いいから早く来てっ!」
……なんかわからないけど、凄い剣幕だ。
で、リビングに行くと……母親と、なぜか江戸時代から優まで来ていた。
「あれ? ……優、こんな時間に来てるなんて、どうしたんだ?」
「拓也さん、こんばんわ。なんか、今日、私たちの住む時代を舞台にした『てれびどらま』が放送されるって聞いて、アキちゃんにぜひ来るように言われてたので……」
「……へえ、そうなんだ。アキ、確か今日は特番で、視聴者から応募されたストーリーで入賞したものを、『TKT44』のメンバーでドラマ化する内容だったよな? 時代劇なんかもあるんだ」
「そう! だから早く見てっ! お母さんも、ほらっ!」
「私は洗い物しなくちゃ……やっぱりちょっと恥ずかしいし、まあ、ちょこちょこ見てるから」
「もう、本当にみんな意識が低いんだからっ!」
……うーん、アキは何を怒っているんだろう。あと、母さんは何を恥ずかしがっているのだろう。
テレビの前のソファーに、俺と優、そしてアキが並んで座った。
画面には、今人気ナンバー1の若手イケメン俳優『福田総司』が、着物を着てなにやら荷物を運んでいる場面だった。
彼の隣にも、名前はわからないけど最近よく見る若い俳優が並んで歩いている。時代劇だから当然だけど、着物を着て髷を頭に乗っけている。
ちなみに、『福田総司』は髪を後でまとめた総髪だ。
そして彼は、隣の人から『拓也さん』と呼ばれていた。
「へえ……『拓也』っていうのか。俺と同じ名前だな」
「……もう、本当っに呑気なんだから……」
アキはまだ怒っている。
と、彼等はとある川原に辿り着いた。
そこには、一人の体の大きな厳つい男の人と、着物を来た五人の美少女が立っていた。
彼女たちは全員、人気絶頂アイドルグループ『TKT44』のメンバーで、俺でも顔と名前を知っている。
ちなみに、俺はこのグループの結構なファンだが、熱狂的っていうほどでもない。
それでも顔を知っているということは……それだけこのグループが国民的な人気を得ている上に、主力メンバーが集まっているということだ。
「……へえ、『るりる』までいるじゃないか。本格的だな……」
『るりる』は、『TKT44』の中でも『国民投票』なる企画でファン投票一位に選出された、今や日本のトップアイドルの一人だ。
このグループの中でも群を抜いて可愛く、なんとなく優と雰囲気も似ている。
視聴者応募ストーリーのドラマ化企画でこれだけのメンバー、しかも時代劇とは、テレビ局も結構頑張ってるな……。
そんな風に、なんとなく番組を見ていたのだが……。
『厳つい男』の話によると、この五人の娘達、全員これから「身売り」される女の子だという。
それを聞いて、『拓也』は思わず叫んだ。
「この娘たち、俺がまとめて面倒見ますっ!」
……。
「なんだっ、このストーリーは!?」
俺は大声を上げ、ガッと立ち上がった!
「……もう、やっと気付いたの? これ、お兄ちゃんがモデルだよっ!」
アキが呆れたようにつぶやいた。
「……へっ? はっ? えっ、いや、俺って……」
「このストーリー応募したの、叔父さんなの。『受賞した』って、大騒ぎしてたのよ」
「叔父さんがっ!? ばかなっ、俺、なんにも聞いてないぞっ!」
「……私は聞いてましたよ……姉さんも、ナツちゃんも、ユキちゃんもハルちゃんも……みんな教えてあげると、『私たちが仙界の舞台でお芝居になる』って、喜んでました」
優が冷静に話した。
そんな……。
たしかに、彼女たち全員、一度現代に来て、テレビドラマなんかも見たことがあったのだが……こんな話になっていたとは……。
そんな俺の狼狽をよそに、ドラマのストーリーは進んでいく。
『拓也』は、女の子達を買い取ろうとしたが、手持ちのお金が少ないので『仮押さえ』と言う形を取った。
一ヶ月の期限内に五百両揃えないと、彼女たちは今度こそ売られてしまうという。
この日から、『拓也』の奮闘が始まる。
「……まんま、俺達の話だ……」
俺はなぜか、震えているのが分かった。
それが興奮のためなのか、ある種の「怖さ」のためなのかは分からなかったが……。
「……俺、こんなにカッコ良くないのに……」
主人公『拓也』を演じるのは、今をときめくイケメン俳優『福田総司』だ。
「……まあ、それはしょうがないね……でも、優さんはかわいさで負けてないよ」
と、妹が気を使ってくれる。
いや……本音かもしれない。
隣で肩を並べて座っている優は、テレビの中の『優』を演じる『るりる』こと渡部瑠璃と遜色ないかわいさだ。
そして驚いたことに、『凜さん』も『ナツ』も『ユキ』も『ハル』も、啓助さんや源ノ助さんまで同じ名前で、「TKT44」のメンバーやベテラン、若手俳優が演じている。
主人公『拓也』は、三百年前と現代を行き来できる特殊能力(超能力?)を身につけている。
しかし時間制限や持ち運べる荷物の重量制限がある。
時空間移動の度に決めポーズを取るのだが……俺から見ると、ちょっとはずかしい。
テレビドラマなので、かなり誇張された表現や、解釈の異なる点はあるが……双子の姉妹が熱を出したり、迷子になったりと、俺が体験したようなストーリーが続いていく。
なんとか五百両の目処がつきそうになったところで、日本刀を持った侍に襲われたり、別の大商人が現れて少女たちがセリにかけられることになったり……。
その度に、『拓也』も、少女たちも一喜一憂する。
まさに、『俺の体験談』と言っても過言ではない内容だ。
俺が叔父さんに話していた内容の上に、優が補足説明をしたのだという。
「『拓也』……しっかりしろよ……そこで女の子達をなぐさめてあげなきゃ……」
「そんなところで立ち止まるなよ……一両でも多く稼がなきゃ駄目だろう……」
いつの間にか、俺は一視聴者として、困難に直面する度に狼狽する『拓也』を叱咤していた。
そして、不覚にも涙を流していることに気付き……そんな俺の手を、自身も泣いている優が握ってくれていた。
テレビに向かって文句を言っている俺だが……実際の自分は、あの頃、もっともっと情けなかった。
それでも、そんな俺でも、彼女たちは信頼してくれていた……。
ドラマの中で、事態はどんどん悪化していく。
ついにセリの前夜となったが、どうしても『優』を買い取るだけの金を用意できない。
『拓也』は、前田邸の庭で一人、十三夜の月を呆然と眺めていた。
そこに近づく、一人の美少女。
源ノ助さんの特別の計らいで庭に出された『優』だった。
ソファーに座る現実の俺と優は、そのシーンに差し掛かると、つないだ手をさらに固く握った。
テレビの中の『優』は、気丈にも『黒田屋の妾』として生きていく事を宣言する。
そんな彼女を、感情を抑えられなくなった『拓也』が抱き締める。
どうあがいても引き裂かれるであろう運命の二人。
翌日には、『優』はもう別の男のものになってしまっている。
せめてこの時だけは、二人っきりにしてあげたい……。
いつの間にか、俺は本気でこの『優』と『拓也』を応援していた。
そして拓也は、月夜に光る彼女の涙で『ある物』を思い出し、
「俺は最後まであきらめないっ!」
と力強く宣言する。
その言葉に、『優』は
「私も……どんな結果になったとしても、拓也さんの事、ずっとずっと愛し続けます……」
と応える。
そして十三夜の月明かりのもとで、ゆっくりと唇を重ねた。
……『るりる』ファンと『福田総司』ファンが悲鳴を上げそうなシーンだが、そんなこと考える余裕もなかった。
五十インチ、ハイビジョンで再現された美しい十三夜の映像、場面を盛り上げる、それでいて心の安まるBGM。
俺と優は、絶望の淵にありながら、まさにこの場面のように初めてキスをしていたのだ。
脳裏に鮮明に蘇る、あのときの情景……。
ソファーに並んで座る俺と優は、嗚咽を堪えるのが困難な程、泣きじゃくっていた。
そしてクライマックス。
『拓也』は、土壇場で大逆転勝利を収める。
奇跡としか言いようのない、胸の空くような展開。
これには、固唾を飲んで見守っていたアキも、いつの間にか家事を終え、椅子に座って俺達同様に食い入るように画面を見つめていた母も、手を叩いて喜んでくれた。
そうか、この二人、この展開を知らなかったんだ……。
ハッピーエンドで終わった、今回のドラマ。
一般の視聴者にとっては単なるフィクションドラマに過ぎないが、俺達にとってはまさに再現ドラマだった。
「お兄ちゃんも優さんも、本当に苦難の末の大恋愛だったんだね……」
アキも涙を拭きながら絶賛してくれる。
「本当、こんなに大変で、こんなに苦労してたのね……拓也、カッコ良かったよ」
これは母の言葉。いや、だってこの拓也、『福田総司』だから……。
それでも俺は、素直に喜び、ありがとうと礼を言った。
後日、視聴率が発表され、『TKT44視聴者ドラマスペシャル』計四本、四時間ある中の一時間枠のこのドラマ、一番人気が高かったという。
俺とアキはハイタッチして喜んだ。
江戸時代の前田邸の少女たちにも、ブルーレイプレイヤーを持ち込んで見せてあげたところ、みんな最初は照れながら、そして最後には涙を流して喜んでくれた。
妹のアキは、その後もヒマさえあれば、何度も何度も、録画したこのドラマを見ていた。
そして
「続編が放送されたら、私も誰かに演じてもらえるかもしれないのに……」
とつぶやいていたが、この続き、現在から彼女が行方不明になる話、さすがに無理だろうと思った。
その一月後……。
「お兄ちゃん、一次選考、通ったよっ!」
アキが嬉しそうに一枚の通知文書を持ってきた。
まさか、今度はアキがドラマスペシャルのストーリーに応募したのかと思ったが、違った。
「TKT44第16期オーディション一次選考……って、すごいじゃないか、こんなのに応募してたのかっ?」
「うんっ! こないだのドラマ見て感動したから……アイドル、そして女優目指すよっ!」
目をキラキラ輝かせながらはしゃぐアキ。
ひょっとしたら近い将来、彼女は『自分役で』テレビドラマに登場することがあるかもしれないと、俺は思った。





