第百十話 裁縫セット
「うわーっ、きれいっ!」
俺が『前田女子寮』に持ち込んだ裁縫道具一式を見て、少女たちは歓声を上げた。
正直、これほどの反応があるとは思わなかったのだが……。
「すごい、こんなにきれいな色の糸、初めて見ましたっ!」
俺と同い年の桐が、感嘆の声を上げる。
「田舎者のわたすだけが初めて見たと思いますたが、違うみたいです……」
これは玲の言葉だ。
ちなみに、この日俺が持ち込んだのは、手芸用39色セットと、ミシン糸30色セット。
俺も、色鉛筆のセットみたいできれいだな、とは思ったが。
「……この大きなはさみも凄いわね……試しに切ってみてもいいかしら」
と、年上のお梅さんが興味津々。
「ああ……じゃあ、この切れ端を……」
ボロボロの布きれを渡すと、端から少しずつ『裁ちばさみ』を入れて、
「……本当に良く切れる……『裁ち物包丁』みたいに力もいらないし……」
と、驚きと感動が入り交じったような表情を浮かべている。
この時代、大きな布は『裁ち物包丁』という刃物で切っていたのだ。
「針もこんなにたくさんの大きさ……まち針もかわいい……」
桐は道具のかわいらしさがお気に入りの様子だ。
そもそもこの時代の『針』は職人が一本一本手作りで作成していたので、意外と貴重品だった。
他にも、『針通し』みたいな小物や、定規の一種である竹尺、自動巻メジャー、指ぬき、糸切りばさみなど、便利な道具が満載。
……といっても、現代では中学生でも扱えるような入門用セットなのだが。
こういうのにこれほど食いつくとは、やっぱり女の子なんだなと感心した。
三台に増えたミシンの方もこの五日のうちに相当練習したみたいで、『つぎはぎ』や『破れの補修』など、簡単な修復はあっという間に出来るようになっていた。
実は、これが重要だった。
最終的には『女性の着物の作成』を一からできるようになるのが目標だが、そのためには高度な『和裁』の技術が必要となり、数年単位の修行が必要になるだろう。
しかしこの時代、一般大衆が新品の着物を好きなときに買えるわけではなく、多くが古着を修復して着用していた。
このリサイクルの課程、『買い取った古着を修復して売りに出す』、その『修復』作業を請け負うというのが当面の『前田女子寮』での仕事となる。
古着は『黒田屋』から預かり、修復した後にまた『黒田屋』に引き取って貰う。
完全な『内職』ではあるが、結構な量を捌くことになるため、それなりの収入となる。
また、一応練習用に安物の『反物』をわけてもらい、これで好きなように何か作ってごらん、と言ったところ、桐、お梅さん、玲の三人は大喜び。
この三人がメインとなり、お鈴さん、ヤエの『いもや』母子も加わって、『前田女子寮』は本格稼働を開始した。
……十日後の朝、『前田女子寮』を訪れたとき、その着物を手渡された。
「どうぞ、お召しになってください」
と、お鈴さんをはじめとした五人の女性が笑顔で勧めてくれるので、隣の部屋で着替えてみた。
「これは……」
俺は正直驚いた。
ちゃんと、羽織になっている……。
少し恥ずかしげに皆が待つ部屋に戻ると、沸き上がる歓声。
「良く似合ってますっ!」
とか、
「ますます男前になったわね」
とか、こちらが照れるような褒め言葉を並べてくれた。
俺も作業部屋の全身が映る鏡を見て、
「本当に良くできている。みんな、頑張ったんだな……これなら、十分に売り物になる!」
と褒めると、
「拓也さんに、喜んで貰いたくて……」
と、意外な言葉をもらった。
「みんな、それ、拓也さんに着て貰いたくて作ったんですよ。いつもすごくお世話になっているからって」
「俺に? いやあ、それは嬉しいなあ。そういうことなら、喜んで俺が買わせてもらうよ……いくらぐらい払えばいいのかな?」
「……何をおっしゃっているのやら。それは私たちが『練習』で好きなように作ったものですから、お金なんかもらえるわけないじゃないですか」
と、お梅さんが笑いながら言った。
「えっ……でも、それじゃあ、さすがに……」
「拓也様、わたすたち、この『前田女子寮』にタダで住まわしてもらっています。それなのに、練習でお金もらったら、バチがあたります」
玲は、心から嬉しそうにそう言ってくれた。
「本当に、いいのかい? こんなにきれいに作り上げるの、大変だったろうに……」
「はい、もちろんですっ!」
桐が、全員の気持ちを代表して答えてくれた。
正直、俺は嬉しかった。
前田邸の五人の少女たちとは異なり、仕事の関係でしか繋がっていない彼女たちが、俺のためにとプレゼントしてくれたのだから……。
涙を流しそうになったが、何とか堪えて感謝の言葉を言って、じゃあ、次からは売り物を作ろうと激励し、本格的に反物から買い付けると約束した。
この話を、前田邸の五人の少女にしたところ……どういうわけか、彼女たちも対抗意識を持ったみたいで、
「私たちも裁縫の内職仕事、しますっ!」
と、五人一致で採決されてしまった。
こうして、前田邸にも足踏みミシン一台と、五人分の裁縫セットをそろえることになったのだった。





