9.魔王様、その後
「クロエ、…おい、しっかりしろ!」
勇者は、王座にもたれ掛かり真っ青になった少女を揺さぶった。揺さぶられるがままだった少女は、ややあって微かに身じろぎする。
「うっ……?」
勇者はうっすらと目を開く少女に安堵の溜息をついた。
「大丈夫か?…どこか、身体に異変は?」
いいえ、と首を振り、しぱしぱと瞬きをしながら状況を把握しようとする少女に、勇者は魔王に人質に取られたのだ、と簡単に説明する。少女は王座に座っていることに気がつくと眉をしかめ、立ち上がろうとした。が、また座り込む。
「あら?どうしてかしら、力が入らない…」
勇者は足元がおぼつかない少女に手を貸して立たせた。万が一にも転ばないよう慎重に、つるりとした王座本体から降りた。
その下には仲間が集まり、勝利の喜びに輝いていた。皆が勇者を褒め称える中で、兄だけが勇者などお構いなしに妹に駆け寄り、抱き上げる。
「クロエ!…大丈夫か?!何もされていないかっ!」
「大丈夫よお兄ちゃん…だからおろして!」
「おめでとうございます、勇者様!」
「これで勇者を輩出した大帝国も安泰だな、はっはっは!」
てんでばらばらなことを言っているが、勇者は勝利に酔うよりも脱力感の方が大きかった。思わずその場に座り込む。全てが終わった今、とりあえず宿屋かどこかで休みたいばかりだった。
「おお、勇者もお疲れだろう…さあ、早くここを出よう。」
「そうだな…魔物どもは荒れ、もうすぐ この国も滅びるだろう。」
魔王が倒され頂点が居なくなった今、魔界は混乱に陥り、やがてやって来る帝国軍らに残らず討伐されることだろう。トップを無くした国がどんなに脆いか、それは戦争によって痛いほど知らしめられている。
人間たちは自分たちに被害が出ぬうちに、この危険な世界からさっさと立ち去ることにした。
「……ゃ………ぃ…」
「………おい、何か聞こえないか…?」
魔王城を今まさに出ようとした時、仲間の一人が不安そうに周りを見渡す。まさか、空耳だと皆が笑い飛ばす。勇者も笑っていた。魔王を倒した今、パーティーに怖いものなど何もなかった。
「いや、確かに聞こえたんだよ!そう、小さな女の子のような…」
「おいおい、魔王の後に居もしない女の子が怖いだって?おかしな奴だなあ!」
勇者たちは陽気に城を出、町を越えて、皆が待つ故郷、グランダール大帝国へ意気揚々と帰っていった。
勇者達がこちらへ向かうときは、人間界から魔界へ来るにはあまりにもその理が違うため、魔物がうじゃうじゃ居る魔界の中をやむなく徒歩を強いられた。
しかし、人間界へと帰るのはとても容易だった。方向を定め、位置指定した魔法陣を展開するだけで良い。魔道士が魔法陣を描くと、その中に入ったパーティーは一瞬で消えうせた。