30.魔王様、召し上がる
時刻が夕刻だったため、レオはとりあえず宿泊所を確保した。経費節約のため二部屋を男子と女子に分け、荷物を置いた後は自由に散っていった。
シェンメイは武器屋に、ユーリは他国の神殿に挨拶に、レオはミニアに何か食べさせるため市場に。
「美味しいか、ミニア?」
レオがやり遂げたようなきらきらしい笑顔を向けてくる。ミニアの目の前にはテーブルいっぱいに積み上げた魚、魚、野菜、肉、魚だ。
一応バランスも考えてあるのか色とりどりではあるが、ミニアは一口食べて戻しそうになった。日の光を浴びた物全てが口に合わないのが魔族である。デザートくらい加工しまくった甘い物でないと食べられなかった。
人外美形の名をもつレオがやたらと笑顔を振りまくせいで、野外テーブルの周りでは人口密度が高くなってきていた。たくさんの視線を浴びながら、ミニアは追加したアイスなるものを掬い上げた。冷たい。
「このあいすくりーむ、おいしいわ」
「いや、そうじゃなくてムルーの丸揚げだとか」
レオがフォークに刺した魚をミニアに差し出してくる。つまり、あーんだ。どこからか女の子の黄色い悲鳴が上がる。ミニアはあいすを口いっぱいに頬張ることで拒絶した。
「むむむむ(いらない)!」
「いいから食べなさい、大きくなれないよ?」
その言葉に驚いたように目を瞬かせるミニア。魔力不足でちまいサイズになっていることを一瞬忘れたらしい。でもレオのせいで、魔力が足りなくてお腹が空いていることを思い出してしまった。…どこかで補給しないと、さらに縮む。
結局山盛りに頼んだご馳走はレオが片付け、二人は宿まで戻ることにした。
「うっ……苦しい…」
「よくやったわ」
苦しげにお腹を押さえるレオの横で上から目線に褒めるミニア。レオは苦笑した。
「そもそも、ミニアがもう少し食べてくれればこんなことにならなかったんだ…。こんな食生活じゃ、いつか倒れるぞ?」
「そんな事は絶対にないわ。今までもこうだったもの」
「………そうか」
宿に着くとシェイメイが新しい武器を振り回していた。
「おうお帰り!ちょっと見てくれよこれー、いいだろー!」
どうみてもただの鎖だが、よく見ると間隔を空けて鎖に細かなトゲがびっしり並んでいる。シェンメイは振り回した勢いを使い、器用に片手に鎖を束ねた。手は無傷。
「これ、銀と特殊な合金を混ぜ合わせた最高級のでさ、縛るもよし!絡めるもよしな万能ちゃんなんだぜ!もう一目ぼれしちゃってさー!あ、レオありがとうな財布!」
シェイメイが大きいお金が入った財布を投げてよこした。レオが受け取り何気なく中を覗く。そして、固まった。
「………シェンメイ、それ、いくらした?」
「えっ、うーん、分かんないけどその中身ほとんど使ったっけなー?」
無言になるレオ。そこでやっと異変に気づく鈍いシェイメイ。げっ、という顔になる。
「…もしかして、その中身って、レオにとってのはした金じゃなかったの…?」
「そんな訳あるか!あれが全財産だ!」
「……じ、じゃあそんな簡単に渡すなよー!俺は知らなかったんだよ!」
逆切れしたシェイメイがレオに襲い掛かり、乱闘が始まる。店の前には人だかりができつつあったが、二人のあまりの現実離れした剣技が見世物のように見えるらしく、見物客からは拍手やそれなりのお金が投げられていた。
しばらくミニアは見物しながら実力を見ていたが、歴代の勇者に比べまだまだ単調な剣さばきだと判断すると自分にあてがわれた部屋へと戻った。
「…で、なんで居るの?」
「いやー、久々にお腹いっぱいです!姉さんご馳走様です!」
部屋には人型のムンクが居座っていた。
頻繁に人間界へと遊びに行くムンクは魔族以外でも人間で魔力を摂取できる方法を見つけているため、何ヶ月でも人間界にいることもある。その方法で魔力を大量摂取してきたらしい彼の頬はなにやら上気し、美貌に磨きがかかっていた。
花街へと出掛けて行く前の青白い顔はどこへやら、顔をテカテカさせ幸せそうなその姿は、いかにも魔力が溢れてますな姿だった。そのため、よけいにミニアを煽ることとなる。
「よかったわね。……ところでムンク、何か忘れていないかしら?」
「?!はい……?」
何だか不穏な空気を感じ怯えるムンク。ミニアが一歩詰めると、壁際のベッドに寄りかかっていたムンクは一歩ずり下がった。それ以上さがることは出来ない為、背中がぴったりと壁につく。
「何でしょうか…?」
「私もね、この一週間、ほとんど何も食べてないの。ねえ、この意味分かる?」
「……!!!」
お腹を押さえる仕草に、意味を悟ったムンクの声にならない悲鳴があがる。ミニアは舌を舐め、妖しく笑った。魔力を分けなさい、と。
「いただきます」
「…ぎ、ぎゃああああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!」
宿の一室で、馬乗りされ口を塞がれたムンクのくぐもった悲鳴が響いた。
3月2日、改稿。