3.魔王様のむかし
窓の外には、いつも通りの気の重くなるようなおどろおどろしい空が広がっている。人間の血の色の様な、赤黒いいつもの空。人間達から見れば気味が悪いらしいが、私から見たら魔族の血の色の様な青い空も気味が悪い。
はあ、とまたため息をつく。かすかに魔力が漏れた。窓枠に肘をつくと、視界の端にじゃらり、と大粒の宝石が掠めた。
この重たげな片耳で、いったい魔物何人分もの魔力が込められているのだろう。そしてそれを全身に身に纏うほどに創り出してもなお、私の魔力は使ったうちに入らないのはどういうことだろう。我ながら、ちょっと気味が悪い。自分でも、魔力の器の大きさが分かっていないんだから。
私がパパより魔力が高くなったのは、何も知らず魔王に就任した初めのころだった。それまでパパに反感を持ちつつも到底敵わなかった元パパの配下は、私を舐めて反乱を起こしてきた。
まだ幼かった私は、遊んでもらえていると勘違いして全力の相手に全力で迎え撃った。しょうがない、それまで誰も本気で遊び相手してくれなかったから。
しかし、あとは反乱軍のリーダーを始末するだけ…というところで、倒した反乱軍のやつらの魔力が雪崩れ込んできて昏倒。食べきれなかった魔力が容量オーバーしたとか。
普通ならそこで反乱軍に殺されている。魔王とはいえ、切り刻んで再生していたらいつか死ぬから。しかし、それまでいたぶられていたリーダーは、私の意識が戻るまで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた、らしい。まあこれは意識が戻ってから聞いたんだけど。
ちなみに今、そのときのリーダーは何故か私に絶対忠誠を誓っている。…これは彼の性癖ゆえなんだけど。
そのときの彼、ウェントには一応感謝してる。反乱のリーダーであったとしても、今の私はたとえ寝首をかかれ様が死なない気がするから問題ない。あまりに魔物を狩ったため、さらに器が大きくなった私の魔力は底が無いんじゃないか?
という訳で反乱軍を全滅させたその時から、やたら魔力が余ってしょうがない。
今までの歴代魔王のようにその座を守るため日々戦うのならまだしも、その時の魔王様を片手で追い払う私は使い道すら思いつかないのだ。まあ、人間界を滅ぼすくらいすれば空っぽになるだろうけど。…でも今のところ平和だ。
…コンコン。かすかに響くノックにふと我に返る。ちょうどウェントが部屋に入ってくる所だった。昼間でも薄暗い部屋に、基本黒髪の魔物では珍しい彼の金髪がやわらかい光を放つ。
ウェントは完璧な仕草で、かつ優雅なお辞儀をすると、全てを惹きつけるような妖しい笑みを浮かべた。
「魔王様、お客様がお見えになっております。」
私は振り返り、にやりと笑った。立ち上がると全身に纏った装飾具がじゃらりと重たげな音を立て、それに合わせて足元の漆黒の渦がでろりと引きずられる。
ああ、今度の客はどんな暇潰しを披露してくれるのだろう。思わず口元が綻び、笑みが浮かぶ。見惚れかけたウェントは慌ててまた頭を下げた。
「今度こそ、わたしを楽しませてくれるんでしょうね?」
私はじゃらり、といつもより重い一歩を踏み出した。気が紛れる、その一瞬を楽しむためだけに。