26.魔王様と顔合わせ
ちょっと長いよ。
「すまないな、ミニア。どうやらここでお別れだ」
人もまばらになった闘技場前で、色々な手続きを済ませたレオが謝った。
謝られてもなー、どうせなら付いていきたいけどどうしよっかなー、ととりあえずこっそり右手の中のペンダントに微量の魔力を流す。ムンクから預かったこのペンダントは呼べばすぐにムンクが飛んでくるという優れものなのだ。
押し黙ったミニアの様子に申し訳なさそうにしながらも、レオは切り出した。
「勇者は一刻も早く魔王城に行かなければならないんだ。だから、今すぐにでもパーティーを組んで出発したいんだ」
それじゃあ元気で、とレオはきびすを返す。おい待て、いい逃げか。
「待ちなさい」
ミニアは目の前に翻るマントをがっちりと捕まえた。よろめくほどダメージは無いが振り返るレオニード。不思議そうな顔をしている。
「なんだい?」
「そのパーティー、メンバーは決まっているの?」
「うん、会ったことはないけど、一応ね。帝国の誇るそれぞれの分野の最高峰(エキスパート)がパーティーらしい」
「ふうん……そうなの」
頷いてはみるが納得はしていない。どうやって潜り込もうか…。その時、背後から聞きなれた声が近づいて来た。
「ミニア様ぁ~」
「あら、ムンク。どうしたの?」
「お迎えに上がりました!さっ、帰りましょう」
ものすごくいい笑顔でさりげなーくミニアの腕を引く。魔界に帰ろうってか。まだ一日も経ってないんだけど。しかもレオもあ、それじゃあみたいな顔をしている、やっぱり待ちやがれ。
「まだよ。せめてレオニードを見送ってからがいいわ」
甘えるようにムンクに寄り添いながら、にっこりと言うミニア。首を横に振りかけたムンクは、繋がった自分の影から例のお仕置き用の杖が背中にぴったりと当てられているのを知り、青ざめて首を何度も縦に振った。
指定された場所は皇帝の次に権力を持った教皇のもと。大神殿の入り口にムンクが馬車を停め、レオとミニアが降りる。神官に案内されるまま大きな扉をくぐると、そこは大広間だった。
普段だったら入れないような、神に近いとされる一握りの人間しか見られない荘厳な光景に、レオが息を呑む。疎いミニアは、壊しがいのありそうな頑丈な建物だなあとしか思えなかったけれど。
そして、そこにはパーティーであろう面子が揃っていた。鎌を背負った背の高い細マッチョ、なんだか具合の悪そうな青ざめた黒マント、ちっこいくせに2メートルはあるだろう杖を持った聖職者。
「ああ!あ、あなたが勇者様…?」
こちらに気づいたちっこいのが大きな声を上げ、走り寄ってきた。ちょこちょこちょこ。その少女の目はレオニードしか見ていなく、頬が上気している。どうやらレオの事を気に入ったようだった。
「あ、えっと、私、賢者見習いでユーリっていいます!よろしくお願いします!」
銀の髪に緑の眼、聖職者らしい白地に金の刺繍が入った服を着たユーリが頭を下げる。と同時に手に持ったミスリルであろう杖が体と共に垂直まで振り下ろされ、寸分の違いもなく直前までミニアの居た場所にめり込んだ。
「おっと…」
レオが寸前で引っ張らなかったら……魔力を使っていただろうな。だから感謝はしない。
「あっ、きゃああ!!ごめんなさい、大丈夫でしたかー?!」
「ええ」
慌てて駆け寄ってくるユーリ、泣きそうな顔をしている。どじっこ属性とでも言いたいのだろうが、今のはミニアを狙っていた。ミニアと顔の高さは同じくらい、皆に背を向けた状態で、至近距離のユーリが笑う。腹黒め。
「本当にユーリは天然だなあ、あっはっは!」
さわやかに笑う細マッチョ、どうやら笑い上戸らしい。
「あっはっはっはっは、はっはっは、あっはっはっはっはっはっはっは!」
くどいわ!
そしてミニアにとって残念なことに、どこにでも居そうな茶髪を後ろで三つ編みにしていて、目は糸目の普通の顔だ。そいつがレオに向きあい、挨拶する。
「俺はシェイメイ、格闘家だ!よろしくな!」
「ああ、よろしく。僕はレオニード、こっちの少女は見送りに来てくれたミニアだ」
そこで視線は自然と紹介されていない黒マントへと移る。しかしフードを被った女性の顔はひどく青ざめ、今にも倒れそうになっている。
「彼女は…?」
「分からない、集まったときからこうなんだ」
レオが気遣わしげに女性を見やり、女性に近づいて行く。いつのまにか手を繋いでいるミニアも同じように進んでいくが、一歩一歩二人が距離を詰めるごとに女性は悪化していくようで、ついには座り込んでしまった。
「大丈夫ですか…?どこか怪我でも?」
レオのきらびやか~な王子的美貌すら目にはいらないようで、ひたすら咳こんでいる。息もたえだえに、
「昨日っ、おかしな魔力を取り込んでから、具合が悪くて……。」
といかにも苦しげだ。
後で知ったことなのだが、人間の魔術師とは魔力を微量しか持たないかわりに、外から魔力を取り入れることで、体内の最大魔力保持量が少しずつ上がるらしい。もちろん、他の魔族からそいつの魔力を食事として奪っている魔族との燃費は比べ物にならないのだが、やらないよりはましだ。
目の前の女性を見下ろし、ふと違和感を感じたミニアは目を切り替えた。視えた情報に、思わず目を眇める。
体の中心、つまり心臓のあたりに、見覚えのある魔力が溶けることもできず固まっている。どういうわけか、それはミニアの持っていた魔力だった。
「ミニア様、あれって…」
いつのまにか戻ってきていたムンクが耳打ちしてくる。ミニアは無言で頷き、体内の魔力に、逆に注ぎ込んだ。マントの女性がびくびくと痙攣する。
「う、うあああーーーっ!!」
「おいっ、大丈夫か?!」
ぐったりと気絶した女性、ミニアはその体内から容赦なく魔力を抜き、飲み込んだ。自分の魔力とはいえ、久々の食事に体が歓喜する。魔王様の魔力、いいなぁとか隣で呟いている男は無視だ。慌てて人が集められ、黒マントは神官たちによって運び出されていった。
「…で、どうする?メンバーが足りなくなっちゃったけど」
シェイメイがあんまり心配してなさそうに聞く。レオが腕を組んで考え始めたのを見て、ミニアがマントを引っ張った。
「じゃあ、私が変わりに入るわ。魔術くらいなら使えるもの」
本当は純粋に魔力だけど。ミニアに視線が集まり、レオニードが頷く。
「確かに、ミニアのフォーレ家は代々勇者を輩出するほどだ、実力も申し分ない。それにどうせ、今から募集しても間に合わないからね」
「俺は賛成ー!」
「…よろしくね、ミニアちゃん!」
…ユーリの一瞬の間が気になるが、何か言いたげなムンクの視線は鬱陶しいが、まあいいだろう。これでパーティー入りは果たしたのだ。ミニアは滅多に見せない、極上な笑みを浮かべた。
「こちらこそよろしく、ね」
魔法使い→魔術師へ変更。
大教会→大神殿へ変更。