24.魔王様、応援する
「…なんかもう、尊敬するっす……」
どことなく畏れを混じえた視線を隣に送る一兵士、レイン。そして平然と、当たり前のようにくつろいで座っている少女、ミニア。二人は上級貴族クラスの特別観客席にいた。
闘技場には、戦う様子がよく見えるようにと貴族用のスペースが設けてあり、予約制となっている。そのため、予約などしていなかったレオは一般席を取ろうとしたが、それよりも早く誰かがよろこんで譲ってくれたらしい。もちろん一人分しかなかったので、お守りのレインは立ち見。
「まだかしら?」
ミニアは据えつけてあったふかふかの椅子に身を預け、ひたすらもぐもぐとサイドテーブルに盛られたおかしを消費していった。朝食のときに判明したのは、甘い食べ物・飲み物なら体は受け付けるということで、貢がれたお菓子は喜んで頂いている。
またたく間に減っていくお菓子をすばやく補充するレイン。居て当然という毅然とした態度のミニアはいかにも上流貴族で、むしろここでも優遇されていた。
反対に、ミニアとは違い一目で兵士だと分かるレインに、周りからはなぜ下っ端がここにいる?と訝しげな視線を投げかけられている。もちろんそのエリアには普通なら絶対に近づけないであろう高貴な方々しか居ない。安っぽい鎧を着た下っ端のレインは、かなり浮いていた。
レインはかなりしゃちこばった様子で立ちつくす、だがミニアが心優しく退出を許す訳も無く。
あまりの場違いさにレインが背中に滝のような冷や汗を流しだした時、ようやく開始を告げるファンファーレが鳴り響いた。
「お集まりの皆さん、本日はようこそいらっしゃいましたあ!!!第128回、闘技大開を開始いたします!!どうぞ今年も、血肉沸き踊る男たちの激しい戦いをご覧になってください!!」
司会の男が口上を述べ、闘技場が歓声に沸きあがる。観客席のはるか上の方、魔術師に結界を張り巡らせた安全地帯で、皇帝が手を振っているのが見えた。
「…………。」
ミニアは菓子へと伸ばしていた手を止め、皇帝を見上げる。そして…その口元に苦い笑みを浮かべた。
それはまぎれもない嘲笑、明らかに見下した視線は強く皇帝を縛る。
ミニアが視線を向けたと同時、皇帝の視線は貴族席へと向けられた。
「…………?」
「皇帝?どうなさいましたか」
一瞬皇帝が静止したのを側近が訝しく思い尋ねる。皇帝は自身も分かっていない様子で椅子にもたれ掛かった。
「いや…気のせいだろうが、邪悪な気配を感じたような…。念のため警備を増やせ」
「はっ」
片膝をついていた騎士長が迅速な指示を出す。訓練された優秀な兵士たちによって警備が強化されたにも関わらず、皇帝の心には何故か、重く暗い雲のごとき不安が広がっていったのだった。
「それでは第一回戦!まずは剣使いゴフ・カーベルト対鞭使いエリザ・ヘイトだ~!!」
やけにハイテンションな司会者、闘技場の左右から両者が現れると歓声や野次が入り乱れた。槍使いはやけに体格のいい大男なのに対し、片や長い鞭を持った絶世の美女だったからである。これは勝負ついたと、観客は争ってゴフに賭け始めた。
「えーいっ、ゴフに1000!!」
「俺もゴフに500だ!」
「へいっ、まいどまいど~!」
ひとしきり騒いだところでようやく試合開始の合図が鳴り響く。
観客が注目する中、二人の距離が一瞬にして詰められた。まずはゴフが怪力まかせに大剣を横なぎに払うが、エリザはまるで飛ぶかのように軽々とかわし、ゴフと距離を置いて着地する。そのあとを追い鞭が地に触れた瞬間、またもや大剣がエリザを狙い、振り下ろされる。容赦ない攻撃、だがエリザは鞭を振るい剣を弾いた。
流れるような一連の流れに、思わず見とれる観客たち。そしてまた、貴族席にて立ち見のレインも唸っていた。
「う~ん、やり手の冒険者なんでしょうかねー。鞭で剣を弾くなんて芸当、普通できないっす!」
言いながらミニアにジュースを渡す。お菓子が載りすぎたサイドテーブルはもう置き場所が無いからだ。眼下の試合から片時も目を放さないミニア、その彼女に手を差し出された瞬間渡すという絶妙なタイミングは、さながら下僕のようだが気にしない。
レインは見た目から、そして下僕っぷりから(ちょっとしたマゾっ気まで)ウェントを彷彿とさせられたので、こ
の短時間で扱いも同じになりつつあった。
「レイン、マカロン」
「あっはい、ただ今買っ…「やっぱりマフィンがいいわ」…もちろんっす!」
ばたばたと走り去るレイン、きっと彼はもう出てこないだろう。一度も彼の方を見ることもなく(赤い髪の割りに顔は微妙だから)見送ったミニアは、ちょうど大剣使いを倒した長身の女性を見ていた。立っているその姿だけで絵になるようだ。
「どこかで見たことがあるような…」
思い出そうと首をかしげるミニア、しかし彼女の知り合いに人間は居ないはず。しばし意気揚々と手をふる彼女を見つめ、そしてようやく思い出してぽんと手を打った。
「……あぁ、ママに似てるんだわ」