18.移動中にて
何時間ぶりかにやっと大通りに出た私たちは、そこで護衛の兵と別れ、馬車を拾ってレオニードの屋敷へと走る。
「うわ、うわ、うわわわわ」
ガタゴト、ガタゴト。初めて乗った馬車の揺れに、体が跳ねる。車輪が石に乗り上げるたび、軽いからだが吹っ飛びそうになるのを根性で堪えた。
「大丈夫ですか、ミニア」
数秒ごとに座る位置がぽんぽんずれる私を向かいの席から眺めて、レオニードが笑いを堪えながらクッションを差し出した。
ありがたく受け取りながら、思わずため息を吐く。
「なんて揺れる乗り物なの……」
「すみません、急だったものですから。いつものあなたの馬車より揺れるでしょう?」
膝がくっつきそうなほどの狭さの馬車の中。私のことを貴族だと勘違いしているレオニードが、申し訳なさそうに言う。
「もうすぐ着くはずです、今しばらくの辛抱を」
失礼、と断り、レオニードが括りつけの木の窓を上げた。窓の外から見える辺りはもう薄闇に染まり、冷えた空気が流れ込んでくる。道に沿って植えられた木々が後ろに流れていき、やがて終わりがくると途絶えた。
そして次に見えたのは、道沿いに区間分けされた塀の向こうにある、趣向を凝らした庭園を持つ屋敷たち。珍しさに身を乗り出す私を、横でレオニードが不思議そうに見ていた。
「中流貴族の屋敷のどこが、珍しいんですか?」
「これで中流なの?とても狭い所に住んでいるのね」
城と比べると、なんてミニチュアな住居なんだろう、と驚く。
あちらでは、魔族は人間ほど人口が多くない。そのため上級の魔族は、自身を威圧的に見せようと大きな住居に住みたがるし、下級の魔物は洞穴で暮らしたり、一塊になって寝たりする。
従って、私の居た魔王城も権威を示すために人間の城の十倍ほどあり、臣下はこれ以上のものを造ってはいけない決まりになっている。
使っていない部屋はない、と以前いったが、それは魔族サイズに合わせると巨大な城もとたんに小さく感じるからである。
私の側近の一人は上級の人型魔族だが、元は獣の姿なので、元に戻ると城の四分の一の大きさになる。そのため彼の部屋だけでもほとんどが埋まってしまうのだ。いつも人型を取っている彼からは、寂しすぎると苦情が来るほどがらんとした部屋になっている。
ミニアは、人間が限られた広さの中で優雅さを見出していることに驚いた。あちらの世界にはないその技術に感嘆さえ覚える。レオニードの言葉さえも耳に入ってこなかった。
「これで狭い、ですか…。庶民の宿に泊まらなくてよかったですね…」
そんなことは知らないレオニードは、やっぱりこの子はかなりの上級貴族で、もしかしたら王族に連なる家柄かもしれないと、やっぱり勘違いしていた。