16.魔王様でも迷子る・後
歩いても歩いても、なかなか広場は見えて来なかった。それどころか、なんだか余計に道が狭まってきた。地面も汚れやごみで臭い。
そこに直接座りこんだ人間たちがちらほらし始め、横を通り過ぎるたびにマントの裾を引っ張られた。また伸びてきた手を払う。マントの端に縋り付く手つきはまるでゾンビだ。
さすがに初めて人間界に来た私でも、何だかおかしいと勘付いた。
「…ねえ、何処に連れて行く気?」
「………騙して悪かったな。悪いが帰せない」
男は足取りを緩めると、体を反転させ向き直った。男が足を止めたそこは、ちょっとした空間の真ん中だった。そこだけガラクタがよけられて、錆びた鉄くずの壁ができている。そこからにやついた、案内してきた男と同じくガタイのいい男たちが五.六人出てきた。
「おっ、今度はやけにかわいいお嬢ちゃんじゃねえか!上手いこと誘拐してきたんだな?」
「こりゃ金持ちに高くうれるぜぇ、やったなお頭!」
「いや、奴隷なんかよりも内臓を売っぱらっちまったほうが早いぜ!」
怖がらせようとして言っているのか、会話の内容は物騒なことこの上ない。無視し、ここまで連れてきた男を睨んだ。
「あんた、騙したのね?」
「ごめんよ、お嬢ちゃん」
お頭と呼ばれた男は頭の後ろを掻きつつ、悪びれなくいった。
「でもほら、俺らみたいな貧困層の奴等は、汚い仕事でもしないと生きて行けないんだ。だから運命だとでも思って、諦めてくれや」
ここらで生きてて、こんなに警戒心がない子どもは初めて見たよ。と言うなり、男は私の両手を荒縄で縛った。そのまま担ぎ上げられ、近くに用意されていたらしい石の椅子に更に体を固定させられた。
その気になれば簡単に伸せるだろうと、あえて抗わず、大人しくされるがままになる。
「身なりも良いし、命令し慣れてるようだ。世間知らずのどこかの貴族の子どもだろう、身代金がたんまり取れそうだ」
お頭の言葉に皆が沸き立つ。彼らはいい物を食べていないのか、揃って頬がこけていたが何の感情も湧いてこない。なんせ人間だから。むしろその人間共に物扱いされ、見下されていることにだんだん腹が立ってきた。
苛立っているというのに、男の一人が私を馬鹿にしたように覗き込む。
「お家は何処ですかぁ~?それくらいは言えるよなあ、いくら国民から税を搾り取って、私腹を肥やしてる貴族のガキだってよお!」
……駄目だ、もう駄目だ。私の中の何かが音を立てて切れる。内容は私と関係ないにしても、馬鹿にされているこの状況が許せない。大目に見てやっているというのに、それも限界。自然と、俯きがちだった口元に笑みが浮かんだ。
「…………私は、貴族なんかじゃないわ」
魔力が外に漏れ出し、縄がぶちぶちと音を立てて全て切れた。自由になった両手を軽く振ると、擦れてできた擦り傷がみるまに治る。私が立ち上がると、男たちが後ずさった。男たちの本能が、不気味な少女から離れろ、逃げ出せ、と叫ぶ。
「私を、そんなのと一緒にしないでくれる?」
貴族とは何だかよく分からないが、馬鹿にされているということは大したものじゃないだろう。ぶわっと、風も無いのに私の髪がなびいた。今は金に変わった髪が、風に踊る。
私は微笑んでいただけだが、その場には極度の緊張状態が満ちた。
仮にも魔王だった私を(気づかなかったとはいえ)ここまで愚弄した人間は男たちが初めてだったし、こんなに馬鹿にされたのも生まれて初めてだった。男たちは、人間の暗いところを見尽くしたようなお頭でさえ、動くことができない。
なにをしてやろう、私は腕を組み、微笑んだまま考える。凄みのある笑みが深まって、耐え切れずに一人が気を失った。そこで突然、背後に気配を感じた。
「誰、」
振り返らずに短く問う。背後の誰かが息を飲むのが分かった。
「あの、貴女を助けに来たのですが…この状況は、一体?」
そこでやっと私は振り向き、目を見開いた。身なりのいい若者が剣に手をかけ立っている。その後ろには、甲冑を着込んだ人間たちが待機していた。
「助けに来たなら、早くその男たちを捕まえなさい」
捕まっていたはずの少女の言葉には強制が含まれていた。若者の部下たちはその命令慣れした声に思わず姿勢を正す。統制のとれた彼らによって、男たちはあっさりと捕まったのだった。
その際、なぜか捕まった男たちの顔には安堵の表情が浮かんでいたという…。
前の話と長さがまちまち……。気にしない。