15.魔王様でも迷子る・前
「おい、そこで何してる」
振り返ってみれば、そこにはやたらガタイのいい兄ちゃんがいた。
全身を眺め、思わずおお凄い、と感嘆する。守衛に欲しくなってしまった。
肉体労働でもしていたのか、上半身についた筋肉で肩幅からして広い、そして分厚い。上下の布がつながった妙な服の胸元をはだけて着ているが、肩甲骨の彫りも深くて脱いだらスゴイんです、な体型が一目で分かるほど、筋肉が盛り上がっていた。
そのくせ暑苦しさを感じさせない程よい細さ、このバランスは滅多にあるもんじゃない。その体格のおかげで兄貴肌な風格をも兼ね備えている。
声を掛けられたのも忘れてじろじろと観察する。
人間じゃなかったら思わずお持ち帰りしたくなるようないい体だ。魔族は皆細いからな、それでも十分強いけど、と一人で納得する。
……顔は合格点以下な強面だけど、魔族に囲まれて育った以上、(ヒト型の魔族はほぼ美形だから、自然と点も上がる)まあ気にしないでおこう。私は顔を見ていた視点を思い切り下にずらした。相手の顔が歪んだ気がしたけどまあ気にしない。
それにしてもいったい何歳くらいだろうか、あいまいにしか分からないが人間でいうと二十代前半というところか?なんだか若々しいからその辺だろう。人間の年齢は分かりにくい。
「……おい、聞いてたか?」
「え?いえ、何か言った?」
目の前の男は深くため息をついた。ため息をつくと魔力が微妙に減るのに、まあ魔族に限ったことだけど。
「だから、そこで何してんのかって聞いたんだ。もしかして親とはぐれたのか?よかったら送ってやるぞ」
男は意外と世話焼きのようで、あきらかに私を連れていきたそうだ。なんせ私は今、見た目が幼い。迷子だと思われるのも道理だ。私は少し思案し、そして頷いた。
「じゃあ、私を噴水のところまで連れて行って」
「…分かった。じゃ、俺の後に着いて来てくれ」
男が背を向け、こっちだと歩き出す。私は小走りで続いた。魔力を思い切り使えたら一瞬で飛べるし現在地も簡単に分かるのに。人間界は思ったよりも大変で、面倒だと知った。
男は迷いのない足取りで、薄暗い路地をずんずん進んでいく。人間の目では見えにくいだろうほどの暗くて雑多に物が積んである場所も、ひょいひょいと変わらない速度で進んでいく。どうやら歩きなれたルートのようだった。
来た道とは違うところを歩いているのは分かったが、道が分からない以上、私はついていくしかなかった。