12.苦労性のウェント①
時は遡って、少し前。
「ふっ……魔王よ、貴様の運命もここまでだ!」
勇者は、憎悪の表情で魔王を見上げていた。さすが魔界を無事に渡ってきたとだけあって、その身はバランス良く鍛え上げられている。戦い慣れた隙のない立ち姿はまさに勇者だった。
その体と防具には無数の傷が走っていたが、勇者の顔は自信に満ち溢れている。後ろに控えているパーティーもしかり、だ。
ウェントはそれらを見下しつつ、薄く笑った。いったい人間共は何を考えているのか、と。
どれだけの人間が束になって押し寄せてこようとも、いくら能力が高い人間を送ってこようとも、人間なんぞに魔王様が負けるはずなど有り得ないのに。
幾度失敗しても学ばないのが人間の愚かさで、ウェントにとっては滑稽でしかなかった。まあ、それを魔王様は暇潰しに使っておられるのだから、多少は褒めてやってもいいとは思っていたが。
魔王様は勇者の手前、無表情ながらも楽しげに勇者を観察している。
ここでたまに、魔王様の目にかなった勇者が現れるのだ。
つまり、魔王様自らが動くのに値するほどの、多少の手ごたえを感じる者だという事。
勇者は皆が皆、魔族と戦って城までたどり着いているため、一定のレベルはある。その中でも上位の強さを持つ勇者は、魔王様が魔法をどんどんぶつけようがスパスパかわすことができ、魔王様のストレス発散の玩具となれるのだ。なんと羨ま……おっと、本音が。
ともかく、レベルの高い勇者がやって来た場合、それはそれは嬉しそうな魔王様から魔法の大技を連続で食らい、勇者が必死に防ぎつつ反撃するのを皆で観戦するのだ。
圧倒的な魔王様は見ていて惚れ惚れするくらいお美しい。本当にお美しい。とっても、お美しいのだ。特に弱者をいたぶっている時の冷たい笑みは………!!最高だ。どこまでも付いてゆきます、魔王様。
ウェントが妄想に浸っている間に、魔王様はしばらく勇者を品定めするよう眺めて……目を逸らした。もう魔王様から勇者への興味は失せたようだ。本当の無表情になっている。
だいたい、綺麗なものが好きな魔王様だから勇者がしょうゆ顔というのも気に入らないのだろう。
「ウェント……」
不意に、魔王様さまに呼ばれる。その顔は前を向いたままで、微かな呟きをも聞き逃しそうだ。腰を折り、耳を近づけたところで一言。
「ちょっと、席を外しなさい」
「え……」
抗議する間もなく、最後に見えたのは魔王様の手の中の漆黒の球体。転移させる気だ、と思った瞬間、ウェントは闇の粒子となって、消えた。