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11.そのころ、勇者は

「まずは、勇者に一矢」

 

魔王が小さくなった手を掲げると、そこから大蛇が現れ、地へと消えた。




 魔法陣に入った勇者が感じたのは一瞬の立ちくらみに似た感覚、そして視界が開けると、そこはもう帝国の城の門だった。衛兵はいきなり現れた何者かに剣を抜きかけ、その相手が軍の最高権力者だと気づくが否や、慌てて最敬礼をとった。


「たっ……隊長!よくご無事で!」


 衛兵の感極まった声を背に受け、一行は城へと入っていく。その後を報告係が転げるように追いかけた。普段なら数日待たされるのが当たり前の皇帝への謁見も、この時ばかりは数分と経たず通された。


「おお、よくやった…本当によくやったぞ、勇者よ!」

 グランダールの皇帝は、勇者に会うなり褒めちぎった。あまりの上機嫌で勇者の所まで降りていきかねない勢いに、慌てて臣下が止めた程だった。


 それもそうだろう。帝国から勇者を出し、しかもみごと魔王を倒しとあらば帝国の名が上がるのは必然だ。やがては、勇者を掲げてこの世を天下にすることも夢ではない。皇帝は顔こそ引き締めているものの、頭の中はお花畑だった。


「皇帝、ただいま戻りました」

 膝をつき、最敬礼を示した隊長は顔を上げると鋭い視線を送った。

「魔王は無事、勇者によって倒されました。すぐに魔族討伐の手配を」

 

 夢見心地だった皇帝は瞬時に意識を切り替え、重々しく頷いた。


「うむ。魔王の居ないこの時こそ、魔界の混乱に乗じて全滅させる。大臣よ、軍を動かし、魔族を根絶やしにするのだ」

 大臣が急ぎ足で出て行く。皇帝は勇者に向き直った。


「勇者よ、ご苦労だった。褒美はあとで何でも取らせるが、今はその疲れを癒せ。」

「有難く存じます。お言葉に甘えて、失礼します」


 勇者は立ち上がり、侍女に付いて部屋から出ようと踵を返した。次の瞬間、聖剣は目に見えないほどの速さで抜かれ、振り向きざまに真後ろに立ったものを切り裂いていた。周りの兵士が反応した頃には、鞘から抜かれた聖剣が横一文字に振り払われた後だった。


 皇帝の前で抜刀した勇者を咎める者は、ただの一人も居ない。いや、出来なかった。そこには、勇者を飲み込もうとしていた真っ黒な大蛇が大きく口を開きつつ、漆黒の粒子となって消えるところだった。


「……………い、いまのは…?」

 静寂を破ったのは、皇帝の呟き。漆黒の生物、それは決して人間界にはあるはずの無い色だった。


 魔界で生まれる物のみが持つ、唯一の自然色。それを人間界に送ることができる者は数限られていて、かなりの魔力を持つ者だという事が分かる。その上真っ先に勇者を狙った、その答えは一つだった。


「…どうやら、魔王が何らかの方法で生き延びたようです。」

 勇者が、至極冷静に意見を述べる。皇帝は怒りを孕んだ目で勇者を睨み付けた。


「勇者殿がとどめをさしたのではなかったのか?!」


「最後までは見ていないのです…確かに聖剣は魔王の心臓を貫いたのですが」


「それでも魔王は滅びぬというのか……」

 だが聖剣が貫いたというなら、力が弱っているのは確実だろう。皇帝は力が戻らないうちに、と臣下に指示を飛ばした。


「明日にでも勇者とともに帝国軍を魔界へ送るのだ!「………ああぁああああぁ!!」」


 皇帝の言葉を、勇者の絶叫が遮った。皆の悲鳴があがった。


 勇者は、地面からぬたりと現れた漆黒の蛇に、その身体を貫かれていた。先ほどの蛇とは比べ物にならないほど巨大で、頭を持ち上げている今は天井に掠りそうに高い。


 勇者はその尾に、心臓辺りを一突きされて死んでいた。死んだ瞬間、聖剣は独りでに鞘に収まり、元あった場所へと戻った。


 巨大な蛇は、勇者が死んだと見ると役目はおわった、とばかりにさっさと魔界へと帰っていった。勇者だった死体は粗末に投げ捨てられ、無様に数メートル下の高価な絨毯の上に転がった。


 皆が何も言えない中で、皇帝だけは怒りでぶるぶる震えていた。


「……勇者を、」皇帝の夢が、大陸を支配するという夢が、遠のいていく。


「この者を処分し、早く新しい勇者を見つけ出せ!!そして、今度こそ魔王に止めを!」

 皇帝は思う、魔王は思ったよりも強敵だった、軍をみすみす失うのはもったいない、と。皆、心では同じ考えだった。ふと臣下たちの心に、不安がよぎる。


『―――聖剣で刺されても死なない魔王には、勝てないのではないか?』と。

 

 優秀な臣下はきびきびと動き出し、新しい勇者を求めて動きだす。しかし、皆の心に浮かんだかすかな不安が消えることはなかった。

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