10.魔王様の御計画
人間らが去った魔王城、その広間はしんと静まり返っていた。どさくさで忘れられていた瀕死の豚は、とうに死んでいる。
王座の傍らには、くしゃくしゃになった光沢のある黒いドレスがあった。まるで今まで着ていた者がすっぽりと消えたような置かれ方、辺りには魔王が身につけていた重そうな装飾具が散乱している。
その丸まったドレスの中で、何かがごそりと動いた。しばらくしてまた、ごそり。もぞもぞとうごめいたかと思うと、やがて小さな顔がひょこりと覗いた。
六~七歳くらいだろうか、その艶やかな漆黒の髪は、同じように滑らかなドレスと同化している。髪と同じ色の潤んだつぶらな瞳は、見るもの全ての庇護欲をそそった。
まるで最高の人形師が全身全霊をかけて造った人形のような美しい少女は、軽く頭を振ると立ち上がる。足元まで届く髪がその身を覆い尽くした。
少女が煩わしそうに手を振ると、胸にあった深い刺し傷が瞬く間に消える。そこから流れ出ていた魔力も、ようやく止まった。
「……思ったより深かったな、勇者め…」
ぽつりと呟かれた言葉に込められた恨みは大きい。少女は、いや、魔力を抜き取られた魔王はなぜか、その顔に清々しい笑みを浮かべていた。
「…これでやっと、私は自由だわ……!」
聖剣で刺しぬかれても死ななかった魔王は、その身を守った膨大な魔力に改めて感心した。感謝などしない、剣ごときに自分が負けるなんて思っていなかったから。…魔力が吸われるのは初めてだったので、盛大に身震いをするほどに気持ちが悪いものだとは知らなかったが。
大半の魔力が地へと吸われ、今までの3分の2ほどが消失したが、魔王にとってそれはあまり問題ではなかった。
そのおかげで今はこんな姿しか取れなかったが、ドレスを着飾っていた魔力の結晶、その装飾品を取り込んでなんとか十歳ほどの姿へと成長させる。あとは王座にでも座っていればそのうち戻ってくるだろうが、魔王はまた今までの生活を繰り返すのは嫌だった。
魔王は刺し貫かれたのと同時に、前々から思い描いていた計画を実行することにした。それは魔王の実権を一時的にでも放棄すること。無責任だとは分かっていたが、暇であることを何よりも嫌う魔王にとって、何もしなくていいが、魔王として城を離れてもいけないここは嫌悪にも似た思いを抱く場所でもあった。
とりあえず、前々から行ってみたかった人間界にでも行こうと、右手を上げ宙に文字を描く。
私に戻ってきてほしいなら、見つけ出して引きずり戻せ。私は旅に出る。不在の間はウェントが代行魔王として勤めを果たすように。まおう
魔王は王座に大きく、書置きを残し、ついでに魔王直々のサインをいれるとこれで私が消さない限り、誰も座ることはないだろう。
魔王は、その小さくなった身体で王座を下りた。もうここに戻ってくることは無いかもしれないと思いながら。
「そうだ、勇者にお礼をしなければ、ね…」
思い出したかのように魔王は微笑むと、なにやら仕掛けを施し始めていた。勇者、ピンチ!!
ウェントのことは忘れていませんよー。次に活躍する…予定。