↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

黄泉の番犬

掲載日:2026/09/27

戦国の世、関ヶ原で生まれた赤ん坊がいた。

赤ん坊は関ヶ原の戦いを目にしていた。幼きながら思う、あ(・)ん(・)な(・)風(・)に(・)死(・)合(・)い(・)た(・)い(・)と。

赤ん坊の親は戦争で死に、江戸幕府が開かれるまでの3年間自然の中で生きていた。その時、たまたま通りかかった行商人に拾われる。行商人はこの子にナナシノと名付け、能登で共に暮らすこととなる。


行商人の名はタマベエ。子供を育てたいという願望があり、ナナシノを拾った。ナナシノはすくすくと育ったが、子供とは思えないほどの怪力を持っており、タマベエはそれを隠すようにナナシノに言った。

「おっとう、どうして加減せにゃあかんのや?」

「いいか、ナナシノ。おまえの力は仏様の賜物じゃ。力を使うには使うなりの学びを得なければならん。それまでの辛抱じゃ」

しかし、ナナシノはこれを聞かず暴力を振るう悪ガキとして名を広めてしまう。

ナナシノの6才のとき、道場に通う童を半殺しにしその師範に呼び出された。

「おまえがナナシノか?」

「そうだがジジイ、何用だ?」

「おまえの怪力、凄まじいな」

「なんだ? 褒めるために俺を呼んだのか?」

「……そうか、喧嘩がしたいかナナシノ?」

「そうだ。俺は強いから喧嘩がしたい。その竹刀、その為だろう?」

「なら、かかってこい」

ナナシノは拳を振りかぶる。それは防御を捨てた構え。

「……」

(どうした!? なぜ手をださねぇ、ジジイ!!!)

ナナシノの必勝の構え。たとえ攻撃を喰らおうとも、ナナシノの体力なら微動だにしない。

「どうした? 来ないのか?」

「ちっ、ジジイ!!」

痺れを切らしたナナシノはそのまま拳を振り下ろす──だが。

「……」

師範は軽々といなしてしまう。

「なっ!?」

岩をも砕く拳をいなされ、狼狽えてしまうナナシノ。

「その程度か? 大したことないな、ナナシノ」

「ジジイ……!!!」

怒りのままに拳を振るうが、師範は躱し、いなし、そして……

「そこっ!!」

「ぐぁっ……!!!!」

竹刀で急所を数カ所突かれ、ナナシノは倒れてしまう。

「ち、ちくしょう……」

「ナナシノ、力だけでは駄目だ」

「なんだと?」

「門下生に手を出したおまえを導くことはできぬが、一言至言するならば、力だけでは駄目だ」

「……」

「さて……疲れたな。ナナシノ、さっさと帰れ」

ナナシノは道場から追い出された。


家に帰るとタマベエが待っていた。

タマベエはナナシノの姿を見ると安堵した。

「おっとう」

「なんだ? ナナシノ」

「刀が欲しい」

「そうか」

「買ってくれるか?」

「馬鹿。買ってやるもんか」

「どうしたら買ってくれる?」

「俺の商いを手伝えば、刀でもなんでも買ってやるよ」

「わかった」

「言ったな? 約束守れるな?」

「約束だ」


2人は越後へ旅に出る。旅の途中、ナナシノは道場があるならそれを見学していた。自分に何が足りてないのかを自己流で学ぼうとしていた。

山を下っている最中に事件は起きた。

「熊だ!」

熊に襲われた。

ナナシノ自体にはなんでもない、軽くあしらえる事ではあったが……

「おっとう!!」

タマベエは別だ。タマベエ自身に熊に対抗できる力はない。

「来いよ、熊野郎!! こっちに来いって!!!」

ナナシノが吠えても、熊は見向きもしない。

「な、ナナシノ……」

タマベエは死を予感した。

「くっ……!」

ナナシノは熊の後ろから抱きつき、首を絞めようとする。

「無駄だ、ナナシノ! 俺のことは諦めろ!!」

タマベエの体に爪が食い込み、引き裂かれそうになる。

「う、うおおおおおおおおおおおお!!!」

ナナシノは死に物狂いで力をこめた。

「ふごっ、ふごっ」

熊の呼吸が荒くなり、タマベエを離した。

タマベエは語る。このときのナナシノの姿を阿修羅に見えたと。

「ぐがあああああああああああ!!!」

ナナシノは熊の首を折り、そのまま首を引き千切った。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ナナシノ……」

何も言わずにタマベエを担いで早く下山しようとした最中、偶然にも猟師に出会い、タマベエの命を落とすのは免れた。


4年後。

「ナナシノや」

「なんだ? おっとう」

「これをやる」

タマベエが渡した金は刀が買える金額だった。

「これで目当ての物が買えるだろう?」

「……いらね」

「!? 何のために付いてきたんだ、おまえは」

「おっとう、俺、北に行く」

「……そうか。おまえももう10か。巣立ちだな」

「わりぃな、おっとう」

「いい、謝るな。じゃあな、ナナシノ」

2人はあっさりと別れた。

ナナシノは道中で金を稼ぎながら出羽の山中へ向かった。

山の中で自分の力の使い方と刀の振るい方を試行錯誤した。

何度も、何度も、何度も…………

出羽の自然はナナシノをより一層強くした。ナナシノ自身が気づかないほどに体は成長していった。




10年後。

1間を超えた剣豪が出羽からやってきた。名はナナシノと言う。噂が多いらしい。

熊を片手で千切っただの、10人束になっても傷ひとつしないだのといろいろとデタラメが多かった。

「若、ここ武蔵に向かって来るという情報が入りました」

「へー、そうかい」

都、武蔵国の若旦那領主、細波乃霧右衛門(さざなみのきりえもん)はナナシノが気になっていた。

「いいんですかい、若。若の思う通りにナナシノの奴はここに来ようとしてんですぜ?」

用心棒がそう言う。

「いいのいいの。噂通りデタラメな奴かどうかだけ、この目で確かめてみたい。それに、おまえも腕試ししてみたいだろう?」

ニヤリと霧右衛門は笑う。

「そりゃやっていいなら、やりてぇですな」


下野と上野の関所でナナシノは困っていた。

知りもしない都領主様への謁見話は誰も信じてはくれなかった。ナナシノ自身も──

「来いと言われたので来た」

とまぁ、説明不足。怪しい者と判断され、足止めを喰らっていた。

「よぉよぉ、姉さん。どしたんだい、あの大男?」

「なんでもね、武蔵の領主様に会うんだって言って動こうとしないのよ」

「え〜!? ボロ家みたいな男が領主様に用事があるって? なんだか、面白そうな話だなぁ」

「面白くないわ! かれこれ居座って3日だぜ? 誰も通らなくて困ってるんだよ〜」

「ふーん……」

身なりの軽い男は、ナナシノに近づいて声をかけた。

「お〜い兄さん。そろそろどいてくれはしねぇかい?」

「嫌だ」

「そうだろうねぇ。でもよ兄さん、お上から承った旦那の命もそりゃ大事さね。そこでよぉ兄さん。おいらの提案を聞いてはくれねぇかい?」

「提案?」

「なんでもよぉ、兄さんは武蔵国の領主様に御用があるんだろ?」

「そうだが」

「なら、兄さんが領主様に何を求めているかを旦那たちに示したらどうだい? そしたら、関所なんか屁でもねぇ。町駕籠で楽に事が運ぶと思うぞ」

「……町駕籠には興味ねぇが、おまえの話、理解できた」

「おっ、そうかい。それなら──」

軽い男は伴頭に寄る。

「旦那、旦那。今からあのボロ家、動かしますよ」

「軽く話を耳にしたが、あの男に示しがつくのかね?」

「そりゃ、できなければ不敬罪でばっさりと」

「こいつ、簡単に言いやがって」

ナナシノは少し考えたあと、立ち上がり大声で言った。

「この中で藁と丸太を持つ者に拝借願いたい!」

待たされている民衆は戸惑いながらもナナシノが動いたのでさっさとどかすよう愚痴を言いながら藁と丸太を用意した。

「おい、伴頭」

ナナシノは丸太を手渡した。

「態度がでかいね。この丸太がどうしたってんだい?」

「斧で簡単に割れる丸太だな?」

「そりゃそうだろうね」

伴頭は丸太を確認したあとナナシノに返した。

「今からこの丸太を斬る」

「あんた、刀なんか持ってないじゃないか」

「この藁一本で斬る」

「ちょいと待った!」

軽い男は間に入った。

「なーにを馬鹿なこと言ってんだい、兄さん。そんなこと、名のある剣豪でもできやしないよ」

そんな言い分を聞きながらナナシノは藁を一本だけ持ち、藁を振った。すると──丸太を縦に真っ二つ。斬ってのけた。

『そんな、馬鹿な!!?』

伴頭、軽い男含め民衆は声を揃えて驚いた。

やれ丸太に細工があっただのただの手刀だっただのと騒いだが、伴頭はその目で丸太が藁で斬られてしまったのだから認めざるおえない。

「俺は剣豪として会いに行く。通っていいか?」

「……と、通ってよし」

場が盛り上がってる最中、早々に立ち退こうとするナナシノ。

「兄さん待ちなって!」

「なんだ?」

「兄さんは今時の人なんだぜ? この賞賛を浴び続けないのかい?」

「興味ない」

「かー! 勿体ないねぇ〜」

「もったいない? 通るためにちょっとやっただけだ」

「ちょっとのことかい、あれが? 兄さん面白いねぇ」

軽い男はナナシノに付いて行こうとしている。

「どさくさに紛れて関所を抜けたな、おまえ?」

「あり? バレてます?」

「卑怯者め」

「あんだけ騒げばやましい人間は抜けてきますよって、えへへ。いやね、あっしは違いますけどね」

「俺に付いてくるのかい?」

「えぇ、楽しそうなので。あっしの名前を言ってませんでしたな。ヤキチと言いやす」

「ヤキチか。俺はナナシノ」

「ナナシノの兄さん。天下取りでもするんで?」

「しない。領主に会いに行くだけだ」

「ふーん。なんでまた会いに行くんで?」

「呼ばれたからだ」

「いやいや、なんで呼ばれたんです?」

「それは──」

ナナシノは歩きながら事の経緯を語り始めた。




まだ出羽の山奥で修行していた頃、ナナシノはゴロツキに絡まれたことがあった。

そのゴロツキはなんでも武蔵の偉い人が裏にいるらしく、横暴な態度に皆困っていた。

「熊殺しのナナシノ。誰の許可もらってここに居着いてんだ、こら」

「……」

「シカトか、こら。てめぇみたいなのは邪魔なんだよ、鬱陶しいんだよ!」

「鍛錬の邪魔だ。帰れ」

「お? やんのか? この俺を殴れ──」

ナナシノはゴロツキをコテンパンに殴った。

ナナシノ本人はお灸を据える程度にやったつもりだったが、やり過ぎたらしく奉行所で怒られた。

しかし、ゴロツキをのしてからひと月が経ったころ、奉行所に呼び出される。

「ナナシノか?」

「そうだが何用だ?」

「武蔵国の領主様から手紙が届いた。おまえ、字は読めるか?」

「読めん」

「そうか、だったら読んでやる。なになに?『拝見ナナシノ殿、我が名を汚す輩を懲らしめていただき感謝する。その腕を見込んで我らの剣客と試合をしてみたい。いかがだろうか?』だそうだ」

「やる」

「え? わしに言われても困る」

「どこに行けばいい?」

「待て待て、本気にしたのか? おまえが分かるようにだいぶ端折って話しただけだ」

「武蔵とか言ったな? 武蔵に行けばいいんだな?」

「えぇい! 話を聞け馬鹿者! おまえみたいなボロの剣士なんぞ相手にされんわ! 笑われて終わりだ」

「何を言う、俺は剣豪だ」




「いや、刀をお持ちになっておらんですがな、兄さん」

ヤキチはつっこんだ。

「何かいけないか?」

「剣豪を語るなら刀の一、二本はお持ちじゃないと……」

「木刀じゃ駄目か?」

ナナシノはボドボドの木の棒をヤキチに見せた。

「これを木刀と呼んでいいのか、わかりませんな」

「そうか……刀がなきゃ駄目か」

「仕方ないなぁ、兄さん。このヤキチにお任せあれ」

「どうするんだ?」

「町で買えばいいんですよ! 兄さんに似合う刀、見繕いましょう」

「そうか、助かる」

「だからね、兄さん」

ヤキチは茶屋を指差す。

「ちょいと休憩しましょうよ」

「まだ歩いて間もないぞ」

「腹が減ったらなんとやらですよ、兄さん。ささっ、兄さん団子を食いましょう」

ヤキチは強引にナナシノを茶屋へ引っ張った。

「あい、いらっしゃいませ」

「おう、親父。団子とあつ〜いお茶、頼むよ」

「はいよぉ!」

「ったく、銭はあるんだろうな?」

「それは出世払いで」

「こいつ!」

ナナシノはヤキチにげんこつをかました。

「へへっ、いてててて」

「はい、お待ちどう。なんか旦那たち景気が良さそうですね。でも、この先の宿場町は寄らん方がいいですよ」

「ほう、どうしてだい?」

ヤキチは渡されたお茶を片手に店主に訊く。

「なんでも辻斬りが出たみたいで」

「辻斬りだと?」

ナナシノはちょっと驚く。

「へぇ、その宿場町には小さい賭場があるんですがね、そこに寄ったもんが立て続けに斬られたって噂ですわ」

「親父、そりゃ辻斬りじゃねぇ。賭場周りのいざこざだ」

団子を咥えながらヤキチは言った。

「でもよ旦那、その賭場は宿も兼任していましてね。そこの客も斬られたらしいんですわ」

「はえ〜、物騒なこった」

「奉行所はどうしてる?」

「さぁ? 噂半分で本気に辻斬り探しはしていないみたいですわ」

「そうか」

ナナシノは銭を置き立ち上がる。

「兄さん、食べないんで?」

「急ぐぞヤキチ。その辻斬りを斬る」

「はぁ!? ちょっと待ってくださいよぉ!」

2人は足早に茶屋を出て、宿場町へ向かった。


ナナシノたちが宿場町に着く頃には夕霞になっていた。

「兄さんよぉ、刀を持たずしてどうするんですかい?」

「刀はおまえがどうにかするんだろ?」

「えぇ? そうは言ったけども……」

「俺は情報を集める。ヤキチは刀を探してきてくれ」

「あぁもう勝手だなぁ。わかりましたよ! 刀ですね刀! 言った限りはちゃんとやりますよ」

ナナシノとヤキチは分かれた。

「それにしても、この町に刀なんてあるのか? とりあえず質屋にでも顔を出すか」

ヤキチは質屋を探して町人に聞く。

「ちょいとごめんよぉ? 質屋はどこだい?」

「あんた賭場に行くのかい? やめといた方がいいよ」

「誰も賭場に行くなんて言ってないだろ。ただ質屋に用があるんだよ」

「そうかい? そこを右に曲がって真っ直ぐだよ」

「おぅ、ありがとう……ところで、辻斬りってほんとかい?」

「本当だよ。まったく、困ったもんだよ」

ヤキチは話が長くなりそうな気配を察知し、聞くふりをして質屋へ向かった。

「御免なすって! 誰かおるかい?」

「へぇ、ただいま」

質屋の中から女性の声がした。

「まだやってんのかい?」

「もう閉じたんですが、何かご入り用で?」

若い女がヤキチを出迎える。

「悪いんだけどよぉ、刀ぁ置いてないかい?」

「あるにはありますけどぉ……」

「これと交換できないかい?」

ヤキチが持ってた雑貨を若い女に渡した。

「え〜、これでですかぁ?」

「頼む」

「う〜ん…………あっ、これ欲しかったやつ」

「交渉成立だな」

ヤキチは質屋の中に入り、手前に置いてあった刀を取った。

「じゃあな」

「あっ、ちょっと待っ──」

女の話を聞かずに質屋を後にするヤキチ。

「さっさと兄さん見つけて今夜の寝床にありつきたいぜぇ」


一方その頃ナナシノはというと……

「誰も話を聞いてくれない」

ナナシノは辻斬りについて情報を求めたが、身なり格好が怪しさ満点だったので誰にも相手にされず、むしろ辻斬り本人だと思われて情報を聞けずにいた。

「仕方ない。宿を探すか……」

そう思って踵を返すと──

「あいたっ」

ドンッと荷物を持った老人にぶつかってしまった。荷はほどけて、老人は尻もちをついてしまっている。

「すまなんだご老人。怪我はないか?」

「あいたたた……へぇ、大丈夫ですわ」

老人は落ちてしまった荷をとろうとする。

「! ご老人、もしや盲人か?」

「へぇ、明るいうちはまだ平気なんですが、暗くなるとどうしても……」

ナナシノは老人の荷を拾う。

「こうなったのは俺の責任だ。家まで送ろう」

「そうですかい? お言葉に甘えようかな」

ナナシノは荷をまとめて老人を背負った。

「おぉ! 高い高い。あんた背が高いんだねぇ」

「えぇ、まぁ……それでどっちに行けばいい?」

「あぁ、そこの角を曲がってね…………」

ナナシノは老人に言われたとおりに歩いていく。

「そこのスガキヤってのぼりがわたしの家だよ」

「スガキヤ? なんの店だい?」

「宿だよ。なんなら泊まっていくかい?」

「あぁ、頼む」

ナナシノはスガキヤの中に入る。中に入ると10もいってない少年がいた。

「いらっしゃいまし……あれ? じいちゃん、どした!?」

「荷物運んでる最中にこの方とぶつかってしまって……気づいたら運ばれてきたのさ。あっはっは」

笑いながらナナシノの背から降りる老人。

「笑い事かよ! やっぱり夕方からは外に出ないほうがいいって」

ナナシノはこれに賛成する。

「坊の言うとおりだ。目が悪いのに無理して外に出なきゃいけない理由があるのか?」

「そこまで言われると、従うしかないようだね」

「じいちゃん、おれも男だ。力仕事なら任せてよ!」

「おうおう、頼もしいねぇ」

「よく言ったぞ、坊」

「坊じゃねぇ! おれはホノカって名前だ!」

「こりゃ! お客様に失礼だぞ」

「はは、いやいい。俺はナナシノって言う」

「ナナシノさん、ありがとうね。わしはゴゾウと申します」

「ナナシノさん、改めてじいちゃんが世話になった。できる限りのもてなしをするよ」

「連れがいるんだが、これで大丈夫か?」

ナナシノはゴゾウに銭を渡す。

「充分でございます。ささ、狭いですがご寛ぎください」

ナナシノは履き物を脱いで囲炉裏前に座った。

布団の準備をしていたホノカがナナシノに話かける。

「ナナシノさん、侍か何かかい?」

「ん? まぁ、そうだな」

ナナシノは少し恥ずかしがった。

「おれのおっとうも刀持ちだったんだ。強かったんだぜ」

「ほう、どれくらい強い?」

何気ない話にゴゾウが割って入る。

「これホノカ! その話はやめなさい」

「ちぇっ、わかったよ……」

ホノカは作業に戻りながら、ナナシノに耳打ちする。

「じいちゃん、おっとうの話すると怒るんだよな」

「それは多分……」と言いかけてナナシノはゴゾウの方を見て言うのをやめた。

「兄さん、おるかい?」

ヤキチがひょこっと宿の中を覗いて声をかける。

「おぉ、ヤキチ。来たか」

「来たか、じゃないですよ。めちゃくちゃ探しましたよ〜」

千鳥足で囲炉裏前に倒れこむヤキチ。

「探したと言いながら酒臭いぞ、おまえ」

「げっ、バレちまった。鋭いですね兄さん──あぁ、そうだ! 買ってきましたよ刀」

持っていたのを忘れてたかのようにわざとらしく刀を差し出すヤキチ。それを黙って受け取り、刀身を見るために鞘から抜くと──

「なんじゃこりゃ!」

錆びていた。

「違うんです、兄さん。これには訳があって……」

「ふむ」

ナナシノは剣先から鍔元まで刀身をまじまじと見て一言。

「いい刀だ」

「なーにいってんですかい、兄さん! どっからどう見たって不良品ですよこれは」

「いや、これがいい」

「なんでですがな」

「これで斬られたやつは、凄く痛(・)い(・)だろうな」

「もし、ナナシノさん」

ゴゾウが話しかけてきた。

「隣町ならいい研ぎ師がいます。それでも、このままお使いになるおつもりで?」

「あぁ!」

「……」

ゴゾウはそのまま黙って作業へ戻った。

「なんだ? なんで話しかけてきたんだ?」

ヤキチは軽く悩んだがめんどくさくなって考えるのをやめた。

「兄さん、先に眠らせてもらいやす」

そのまま横になりヤキチは寝てしまった。


深夜。

ナナシノは外に出て夜風に当たっていた。

「風邪をひきますよ」

ゴゾウが暗闇からナナシノに声をかける。

「辻斬りはおまえだな、ゴゾウ」

「へへっ、バレてましたか」

ゴゾウは仕込み杖から刀身を見せた。

「めくらのゴゾウとは昔、名を馳せましてね。そこそこ自分は強いと思いますよ」

「いいのか?」

「なにがです?」

「坊はどうなる?」

「博打の借金で捨てられた子供だ。血の繋がりはない」

「なるほどな」

ナナシノは斬るべきか悩んだ。

「その鈍で人が斬れるかな?」

ゴゾウが襲いかかる。

老人とは思えないスピードでナナシノに斬りかかる。それを辛うじて受け止めるナナシノ。

「何を迷う?」

「……ホノカだ」

「ホノカがどうした?」

「ホノカのために手加減しなきゃいけない俺の身になってみろ」

鍔迫り合いから力で押し飛ばし、居合の構えをとるナナシノ。それを見て笑うゴゾウ。

「もしや、初めて刀を振るうのか?」

「あぁ、初めてだ」

「舐められたものだな!」

ゴゾウは袈裟斬りでナナシノを仕留めるつもりでいたが、ナナシノが刀身を見せた瞬間よぎる寒気、死の予感。たった一振りで利き腕がバラバラにされる予感。ゴゾウはゾッとした。その硬直をナナシノは見逃さずに斬りつけた。

ゴゾウの利き腕の腱を斬った。

「俺にはこのぐらいしか相手にできん」

ナナシノの技に驚くゴゾウだったがそんなことよりも──

「い゛でぇぇぇぇぇぇ」

「言っただろ? 痛いって」

ゴゾウは大抵の痛みは我慢できる男だったが、今回の傷は別物だった。肉体内部を突き刺すような痛み。あるいは皮を丁寧に剥がす痛み。ゴゾウにとって形容しがたい痛みだった。

「そっちの事情は知らんが、坊と一緒にひっそりと暮らすのがいいだろう」

ナナシノは刀を鞘に納めた。

これ以降、辻斬りの噂はぱったりと止んで宿屋街として繁盛したらしい。無論、スガキヤも。ただ、その代わりに賭場は消えてしまった。

ナナシノは早朝に寝ているヤキチを背負って逃げるようにスガキヤをあとにした。




そして2人は特に何事もなく武蔵国に入り、領主の居る城下町へと入った。

「ところで兄さん、その格好で入るんで?」

「それがどうした?」

「だめだめだめ! 領主様に会うのでしょう? そんなオンボロじゃ失礼だよぉ」

「服を買う銭なんて持ってないが?」

「そういうと思って、準備しといたんです、ほら」

ヤキチはパンパンに膨れ上がった銭袋を見せた。

「仕立屋に行きましょう。兄さんの一張羅作ってもらいましょうよ」

「……わかった」

特に急いで会うわけではなかったのでこれを了承して、一緒に仕立屋へ向かうことにした。

歩きながらふとヤキチは思い出し、ナナシノに聞いてみた。

「そういや兄さん、会ってどうするんです?」

「は?」

「いやいやいや、は? じゃなくて。会いに来ただけじゃないでしょう?」

「呼ばれたから来ただけだが?」

「だから! 会って、はいおしまい……ってなるわけないでしょう。何かしらの願望はあるでしょう?」

「願望か……」

ナナシノは少し考えた。

「…………無さそうですね、兄さん」

表情から察するヤキチ。

「まぁ、いいや。そろそろ仕立屋に着きますぜ」

ナナシノは考えながら仕立屋に入った。

「はい、いらっしゃいませ!」

「ごめん、服を1着作って欲しい」

「おぉ! お兄さん、体がでっかいねぇ〜。おまかせあれ」

「金は……」

ヤキチが仕立屋に入っていないことに気づく。

「おい、ヤキチ──すまん、連れを連れてくる」

「はいよぉ!」

外に出るとヤキチが3人組に絡まれていた。

「だからぁ! 兄さんに何のようなんだよ!」

「おまえには関係ない」

「関係あるね! 生き別れの兄なんだよ!」

「わかりやすい嘘をつくな! 邪魔だなぁ、こいつ」

「どうした?」

ナナシノが会話に入る。

「貴殿がナナシノ殿か?」

「そうだが?」

「えっ!? このボロ雑巾みたいなのが!?」

「無礼だぞイヌイ。失礼、我々は領主細波様の使いだ」

「なんだよ、領主様の使いなのかよ。最初から言えよな」

ヤキチは気分を悪くしたようだ。使いはヤキチを無視して会話を続ける。

「今すぐ来て頂きたい」

「わかった」

「ちょっと待てって! お呼ばれなんて、何かさせる気まんまんだろ? そうだろ!」

使いたちは顔を見合わせて、やれやれと目的を話し始めた。

「ナナシノ殿には試合をしてもらう」

ナナシノの心がざわめいた。俺がしたいこと。俺がや(・)り(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)。

「兄さん、危険ですぜ。内々で──」

「おい」

イヌイはヤキチの首を押さえた。

「部外者がしゃしゃんなや」

「ぐぅ!?」

「はぁ……イヌイ、辞めろ」

使いのひとりが止めようとした瞬間。ナナシノがイヌイの腕を折った。

「急に喧嘩を始めるなよ。加減ができないだろうが」

「あ、兄さん……」

ナナシノの瞳は光をおびていなかった。

「てめぇぇぇぇぇ!!!!」

折れた腕を口で咥えて、刀を抜こうとするイヌイ。

「イヌイ! 抑えろ!」

「だってネネさん!」

「ヤキチ」

ナナシノは使いを無視してヤキチに話しかける。

「仕立屋の主人に断りを入れてくれ。俺は行ってくる」

「兄さん…………わかりやした」

ヤキチは了承して仕立屋の中へ入って行った。

「さて、案内はしてくれるかな?」

使いのひとりがイヌイの腕を見て「大丈夫だな」と一言言ったあと何事もなかったかのようにナナシノを案内し始める。

「オウシさん、なんで!」

歩きながらイヌイは不満をこぼす。

「その程度の怪我で喚くな」

と一喝されてそれ以降は何も喋ることはなく、城内へ入って行くこととなる。


細波は噂の男がどれほどなものかとわくわくしていた。ナナシノの技量を早く見たいがために使いも出した。

試合をさせるのは用心棒のテツ。配下のなかではそこそこ腕のたつ男であり、罪人である。真剣勝負をするのはこれで5回目。細波共々、腕の立つ人間が居なくて飽き飽きしていたところ、ナナシノが現れたことで退屈の日々は消えた。

「若、ほんとに腕試ししていいんですかい?」

「どうしたテツ? 不安か?」

「不安といえば不安ですねぇ……」

「どうした? おまえらしくもない」

「なんか、嫌な予感がするんですよねぇ」

「本当か?」

テツが言う嫌な予感はだいたい当たることを細波は知っている。だからこそ。

「だからこそ、おまえに試合をして欲しいのだ」

「わかってますよ。若」

「オウシ奉行、お戻りになりました」

小姓が伝えにきた。

「来たか! 庭に通せ」

「はっ!」

「行くぞテツ、楽しい試合を頼むぞ」

「へへっ、おおせのままに」

庭で待っているとそれは現れた。

ぞくり。ぞくりぞくりぞくり。

ナナシノと呼ばれる人間は人間ではなかった。人間の皮を被った化け物だ。そうに違いないと細波は寒気と共に感じ取った。無論、テツも。使いの者たちが平然としていられるのが信じられないくらいに。

「細波様、ただいま戻りました」

「あぁ、ご苦労」

「お初におめにかかる。ナナシノと申す」

「……よく来たナナシノ。武蔵国領主の細波乃霧右衛門だ」

目と目を合わせ礼をする。震えているのを悟られないように我慢した。

「そしてここにいるのが──」

「降りる」

「テツ?」

「若、俺には無理だ。試合はできない」

細波は困惑したが……

「細波様、わたくしめにやらせてください」

下っ端のイヌイが申しでた。

「唐突ではございますが、ナナシノには借りがあります故、何卒」

細波はナナシノの顔を伺う。

「俺は構わん」

「そうか。ならばイヌイ、相手をせい」

「はっ!」

2人は真剣勝負の準備をする。

イヌイは片腕が折れているが不敵に笑っていた。

「本当にいいのか?」

「ネネさん、俺はこのボロ雑巾に田舎へ帰れって思い知らせますよ」

と張り切っている。

イヌイの実力は若い衆の中では1番強い程度の実力。細波は正直に思う、不釣り合いと。

「ナナシノ」

「どうした?」

「不釣り合いだ」

「そうか、手加減はする」

「手加減? どうするつもりだ?」

「こうする」

ナナシノは左拳を握り、引っ張って放った。

コッと音がして音の鳴った方へ顔を向けるとイヌイは膝から崩れていた。

「手負に真剣勝負するほど、うぬぼれてないわ! 恥を知れ!」

ナナシノの抜刀術?はイヌイの顎を捉え、脳震盪を起こした。

「さて……次は誰だ?」

「次? 次だと?」

「あぁ、今のは不戦勝だ。次をやらせてくれ」

細波はまずいと思った。ナナシノが満足するまでこれは終わらない。なんとか誤魔化しを図ろうとする。

「すまない、ナナシノ。おまえを過小評価していた。そこでだ。おまえの剣術を見たい。だめか?」

「剣術? そんなことより試合をさせてくれ」

「若」

テツが割って入る。

「覚悟が決まりました。やりますよ勝負」

「……」

細波は黙って了承した。

「ナナシノ、今から相手するやつは罪人だ。容赦なく斬ってくれ」

「そうだったのか。だからか」

「ちぇっ、若は余計なことを言う」

仕切り直し、お互いに抜刀し構える。

「そんな汚れた刀でよかったのか? ナナシノさんよぉ?」

「そこが気に入ったからな。なに、問題ない」

勝負は一瞬でけりがつく。誰しもが思った。

「覚悟!」

テツが早々に斬りかかった。が──宙に浮くは刀を持ったテツの両腕。

「訳ありと思い加減した。許せ」

「しょ、勝負あり」




細波はナナシノの処遇を考えていた。

用心棒として間違いなく申し分ないが、それではナナシノを腐らせてしまう。かといって、国同士の争いごとに使用しては他国から反感を買ってしまう。

「細波様、よろしいでしょうか?」

「オウシか、入れ」

「失礼します。細波様、ナナシノの処遇をお考えで?」

「ああそうだ。何か案はあるか?」

「あります」

「ほう? 申してみよ」

「はい。黄泉の道へ行かせるのはどうでしょう?」

「黄泉の道か」

黄泉とは新月の夜九つ刻、城内の枯れ井戸から行ける場所であり、行って帰ってくることができれば、不老不死となり莫大な富を獲るといい伝えがある。黄泉へ行く道は各地にあるが、帰ってきた者は今までに存在しない。

「帰ってくると思うか?」

「不可能でしょう。ですが、余計な物を引き込むよりかはマシでしょう」

「そうか…………そうするか。ナナシノを呼べ」

「御意に」

オウシはナナシノを呼びに行った。


ナナシノはオウシに連れられ再び領主細波に謁見する。

「ナナシノ、黄泉へ行ってもらいたい」

「黄泉? どこだそれは?」

「未開の地だ。そこに行ってもらいたい」

ナナシノは少し考えたあと、了承した。

「わかった。どうせ試合ことしかできない俺だ。領主様の願い、聞き届けよう」

「感謝するナナシノ。早速だが今夜出立できるか? 新月は今宵なのだ」

「構わんぞ……あ」

ヤキチのことをすっかり忘れていた。

「どうした?」

「いや、今際の別れじゃないか、大丈夫だ」

「そうか。オウシ、案内を頼む」

「御意に」

ナナシノは細波に別れを告げ、オウシの後に続く。

「俺はあんたとも試合がしたかったがな」

何気ない発言だった。

「今のおまえには勝てんが、いつか勝つさ」

とオウシは言って再び寡黙となってしまった。

城内から少し離れた枯井戸へ案内された。

「夜九つ刻に黄泉への道が開く。それまでに握り飯と水筒を渡そう」

「心遣い感謝する」

ナナシノは枯井戸を覗く。見た感じそこまで深くなさそうだ。

「間違って落ちるなよ」

オウシは冗談を言ってその場から離れた。


 こっちに来ないで


「ん? 井戸の中から声がしたな」

再び井戸を覗くが、人の気配がしない。

「気のせいか?」

気になってしまっては落ち着かない性分なので井戸の中へ降りてみた。

乾いた石の匂いと苔の匂いが鼻を刺激する。降りてみても声の主は存在しなかった。

「どうされた、ナナシノ殿」

オウシの声だった。

「いや、なんでもない。今上に上がる」

井戸の底から続く道の先が、黄金に光っていることにナナシノは気づかなかった。


夜九つ。昼時とは違く井戸の底が光っていた。

「ふーん、不思議なもんだ」

貰った握り飯と水筒は既に平らげており、時が来るまで井戸の前から動かなかった。

「未開の地か……」

ナナシノは騙されているとは微塵も思ってなかった。むしろ、地獄へ行けるのではないかとわくわくしていた。

「いざ行くか」

井戸の底まで降りて、光っている先へ向かう。

一歩二歩進むごとに体は光に包まれる感じがした。

「それ以上先には行ってはいけないよ」

声をかけられてハッとする。どれくらい歩いただろうか? 振り返ってみると井戸の底から離れている。ただ、線のように光る道を歩いていたみたいだ。

その線から外れてちょこんと屈んでいる少女がいた。

「嬢ちゃん、ここで何している?」

「帰り道、探してんの」

「帰り道? 迷子か?」

「迷子……そうかもしれない。おじさんはこの先へ行こうとしてるの?」

「この先へ行ってはいけないのか?」

「うん」

「なぜだ?」

「怖い化け物がいるんだよ」

「そうか。なら大丈夫だ」

ナナシノは刀を抜いた。

「それ、鯖助」

「この刀を知っているのか?」

「うん。おじいが打ったの」

「そうか。この刀は最高だな」

少女はナナシノに寄る。

「鯖助を扱えるなら、大丈夫そうだ」

「なんだ? くっつくな」

「嫌だ。離さない」

少女は裾にしがみついて離れようとしない。

「はぁ……嬢ちゃん、名前は?」

「ハル」

「俺はナナシノ。離れるなよ絶対に」

こくりとハルは頷いた。

そこからは大変だった。

自分以上にでかい顔のない化け物や大蛇、能面を被った空を飛ぶやつなどさまざまな魑魅魍魎と出会い戦った。

あれから何年が経っただろうか。

黄泉へと迷い込んだ子供を助けては元の道へ戻ることを繰り返している。稀に欲に眩んだ者とも出会ったが、元いた場所へ返さず斬り捨てた。黄泉へは近づいてはいけない。ここ何年かで気づいたことだ。

なぜハルを気にかけているか自分でもわからない。そうしなければならないと思った。

ハルを家に返すまで俺の旅は続く。それが何年かかろうと知ったことか。今日も化け物をぶった斬って言う。

「鯖助の切れ味は最高だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。