『幼馴染』はなんでも許される免罪符ではありません。ご自分の仕事はご自分でどうぞ
4000字の短編です。
春日野にしたらまともな恋愛話じゃないかと(笑)
よろしくお願いします。
「なあオリビア、頼むよ。どうしても行かなきゃならない約束があってさ。お前にしか頼めないんだよ」
書類の束を差し出して、私を拝むのは同じ文官をしている幼馴染のルークだ。
「先週も同じ事、言ってなかった?」
「あ〜あれは、その…。今日は違うんだ。友達が病気でさ、見舞いに行くんだよ。だから、な、お願い」
私は溜息をついて書類を受け取る。
「貸は高く付くわよ」
「分かってるって。今までの分も今度全部まとめて返すからさ」
「分かったわ。やっておく」
「ありがとう、感謝するよ。愛してるよオリビア」
「またそんな事言って。早く行きなさいよ。友達のお見舞いなんでしょ?」
「あ、ああ。じゃあ頼む。俺行くわ、じゃあな」
「はいはい」
急いで駆けて行く幼馴染の背中を見ながら、二度目の溜息をつく。
毎週金の曜日に嘘の約束を盾にして、私に仕事を押しつけて定刻で帰って行くルーク。それを引き受けてしまう私も悪いのだが。
ルークから渡された書類に目を通していると声を掛けられた。
「オリビア、またルークの仕事を引き受けたのか」
「サハール先輩」
「あいつの『友達の見舞い』ってのは嘘だぞ」
「分かってます」
「なら、そんな仕事引き受けなきゃ良いじゃないか」
「ルークは幼馴染だし…。それにこの書類を仕上げなきゃ他の人の迷惑になるので」
「そこがお前の良い所だけどさ。あんまり無理すんなよ」
「はい、ありがとうございます」
先輩は私の机の上に飴玉を三個置いて自分の机に戻って行った。いつも先輩は私がルークから仕事を押し付けられると、声を掛けてくれて飴玉を置いていってくれる。優しい人だと思う。
改めてルークの書類を確認すると何枚かは昨日が締め切りのものだ。
「ルークは何やってたのよ。これ絶対叱られるやつじゃない…」
愚痴っても仕方がないので書類に取り掛かる。
私は王宮で文官をしているオリビア・メルソン。地方に小さな領地を持つメルソン子爵家の一人娘だ。
我が子爵家の領地は三年前に干ばつが起こり、農作物に甚大な被害が出た。困窮する農民の為に子爵家の財を救済に当てる事にしたが、我が家の財産は豊かではない。
何とか農民達を救う事は出来たが、今度は子爵家が傾いてしまった。借金は無いが日々の生活にも困るほど。
父は隣に領地を持つ伯爵家の家令として働き、母も家政を仕切りながら内職をしている。幸い、私も王宮の文官として働ける事になり家族を支える一柱になれた。
父の働く伯爵家はルークの実家なので、ルークから頼まれた仕事を断りづらいのだ。それに小さい頃から私はルークが好きだった事もある。
王都に来てからルークは変わってしまった。そろそろ初恋に終止符を打たなくちゃいけないのかもしれない。
ようやくルークの書類を仕上げて担当部署に届ける。締め切りを過ぎていた分はお叱りを受けて、全部処理し終わった時には夜の十の刻を過ぎていた。
「はあ…終わった」
「よっ、お疲れ!」
「サハール先輩もお疲れ様です」
「俺も今、仕事が終わったんだ。明日休みだし俺と飲みに行かないか?」
「いつも一緒に行かれてるお友達はいいんですか?」
「あ〜、あいつは今日は駄目だ。子供達を親に預けて嫁さんとデートだとよ。くそっ」
「先輩、彼女さんいないんですか?」
「いたら、花の金の曜日に後輩誘わねえよ…」
「ごめんなさい。だって先輩は仕事出来るし優しいし、絶対彼女いると思ってました」
「…優しくする相手は決まってるっての…」
「え?先輩なんて言ったんですか?」
先輩の呟きは小さくて聞き取れなかった。
「なんでもねえよ!んで、飲みに行くの?行かねえの?」
拗ねたような先輩が可愛く見えて、くすくす笑った。
「分かりました。行きましょう」
「おう、行くぞ」
「はい」
素早く帰り支度をして先輩と王宮を出る。先輩の行きつけの店だという、下町の小さな居酒屋に来た。
「今日は奢ってやるから好きなの頼め」
「いいですよ。自分の分は自分で払います」
「まあそう言うな。普段、頑張ってる後輩を労ってやろうという先輩の気持ちを素直に受け取っとけ」
「…ありがとうございます」
「一杯食えよ。お前はちょっと痩せすぎだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
先輩お勧めの料理とエールを頼んでもらい、届くまでの間に色々と話をした、仕事の事、家の事。先にエールが届き先輩は一気に杯を空けていた。
「そっか、大変だったんだな。お前の家族も。俺の家は法衣貴族だから文官になるのは至極当然だったんだが。本来ならお前は令嬢として生きられたのにな」
「いえ、私は文官の仕事を楽しく務めております。いずれは婿をとって子爵家を継がなくてはいけませんし、書類仕事に慣れている事は無駄にはなりません」
いい匂いがしてくる。目の前に大量の料理が運ばれて来た。
「…先輩、これは流石に多くありませんか?」
「大丈夫だ。お前は食べられるだけ食べろ。残りは俺が全部食う」
「…先輩がこんなに大食いだとは知りませんでした」
「そうかあ?俺はダチと来た時も、いつもこんなもんだぞ」
つい、可笑しくて笑ってしまう。
「うん、お前はそうやって笑ってる方が良いぞ!」
そう言って先輩は私の頭をガシガシ撫でた。
「先輩〜髪が崩れちゃいますよ!」
「そっかあ?お前は可愛いから大丈夫だよ」
「…先輩、酔ってますね?」
「酔ってない、酔ってないよ…」
酔ってる先輩は放置して料理を頂く事にした。
「美味しいですね…」
「そっか、どんどん食えよ」
「はい」
料理も残り後少しになった時、先輩がポツリと零す。
「なあ、オリビア。お前ルークが好きなんだろ?」
「は?」
「見てりゃ分かるよ」
「そうですね…好き…でした。幼馴染で、子供の頃は毎日一緒に遊んでいましたし。昔は優しかったんです…でも、王都に来てから彼は変わりました。王都の女性は皆綺麗で」
「お前だって十分綺麗だろ」
「そう言ってくれるのは先輩だけですよ。ルークは私を都合の良い道具くらいにしか思ってません。分かってるんです。だから諦める事にしました」
「じゃあさ、俺を婿に貰ってくれねえか?」
回りの喧騒が一瞬消えた。
「…先輩、酔ってますよね」
「酔ってない!…俺は子爵家の三男で継ぐ家もない。お前が言ってくれたように仕事も出来る方かもしれない。駄目か?」
「私、先輩をそんな風に考えた事ありませんでした」
「じゃあ、考えてくれ」
「先輩、私の事好きだったんですか?」
「…じゃなきゃ、こんな事言わねえよ…」
「分かりました。ちゃんと考えて返事します」
「おう」
残った料理を先輩は全部平らげて支払いも済ませてくれた。
「ごちそう様でした。先輩」
「オリビア、俺は本気だからな」
「ええ、分かってます」
先輩は冗談でこんな事を言う人ではない。ちゃんと考えて返事をしなくては。そう思っていると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ねえルーク〜ぅ、私ぃ、新しいネックレスが欲しいなぁ」
「いいよ、今度買ってやる」
「ほんと?だからルーク大好き〜ぃ」
胸元が大きく開いたドレスを着た派手な化粧の女性と腕を組んで歩くルークの姿があって、二人は笑いながら安宿に入っていった。
分かっていた。友達の見舞いなんて嘘だってこと。でも、どこかで本当だったらと信じる自分もいた。
「あ〜、やなもん見せちまったな。ごめん、俺がこんな所へ連れてきたからだ」
「良いんです。知ってましたから。先輩は悪くないです」
気づかない訳がない。休み明けにルークのシャツの隙間から見える赤い印に、体から漂う安物の香水の香りに。
「先輩、帰りましょう」
「ああ、送るよ。オリビアは寮に住んでるんだったな」
「はい、お願いします」
先輩と寮まで歩く。ルークのあんな姿を見ても、あまりショックを受けていない自分に驚いていた。
先輩と歩く夜道は風が心地よかった。
あれから、父にも相談し先輩と婚約を結ぶ事になった。先輩の家は領地の父も知るくらい堅実に仕事をして来た家で、王家の覚えもめでたいそうで凄く喜んでくれた。だから、逃がすなとばかりに婚約と相成ったのだ。
先輩のご両親も良い方で私との婚約をとても喜んで下さった。先輩のお父様も王宮で官僚をされていて、時折、廊下ですれ違うと手を振って下さる。中々お茶目な方だったりした。
「先輩」
「オリビア、俺の事は名前で呼ぶ様に言った筈だよね?」
「先輩って呼び慣れてるから、つい…」
「はい、もう一度」
「グレン様」
「なんだい?オリビア?」
もう!そんな優しい笑顔をしないで。
グレン様は『ゆっくりで良いから俺を好きになって』と言ってくれたけど、もう既に好きになっているかもしれない。
今日は金の曜日だ。仕事が終わったらグレン様のお友達と下町の居酒屋に行く予定だ。
グレン様はいつも友人の嫁の惚気を散々聞かされてきたから、今日は私を連れて行って思いっ切り惚気たいんだって。
もうすぐ定刻だ。いつもの様にルークが書類を抱えてやって来た。
「オリビア!今日も頼むよ。断れない約束があってさ」
「ルーク、今日は私も約束があるから無理よ」
「約束なんて無いだろ。頼むよ、な!」
「引き受ける必要は無いよ、オリビア」
ルークが振り返ると怒気を含ませた笑顔のグレン様がいた。
「サハール先輩には関係ないじゃないですか!」
「関係あるよ。オリビアは俺の婚約者だ。今日は俺とデートの約束があるんだよ。だから自分の仕事は自分でやれ」
「オリビアと婚約?」
「そうだ。だから早く仕事をしろ」
「なっ、なあオリビア。お前、俺の事好きだったよな?サハール先輩と婚約なんて嘘だよな」
「本当よ。お父様もグレン様との婚約を大賛成してくれたわ」
「そんな…」
「さあ、行こうオリビア」
「ええ、グレン様」
振り返ってルークに告げる。
「これからは自分の仕事は自分でやってね。さようなら」
グレン様と下町の居酒屋に行き、友人のデリック様に紹介された。グレン様の古くからの友人らしい。
そこからはもう、デリック様が砂を吐くような状態になってしまった事だけは言っておこう。
楽しい時間を過ごし、居酒屋を後にした私達二人の背中を照らす月は優しかった。
おまけ。
あの後、ルークは仕事を終わらせる事が出来ず上司からとても叱られた。挙句、今までの仕事をサボっていた事も露見して王宮文官をクビになったらしい。
そうするとあの派手な彼女にも振られ領地に帰るしかなかった。伯爵様は厳しい方だ。その後のルークがどうなったかなんて私は知らない。
おまけのおまけ。
お父様の呟き。
メルソン家の領地の灌漑用水の工事の費用を国に援助申請をし、無事許可が下り工事も始まった。これで干ばつに怯える必要は無くなる。申請や根回しを全てグレン君がやってくれた。
更に、干ばつに強い作物の苗を取り寄せてくれたり、肥料に改良を加えてくれたりと今年の収穫量が楽しみである。
まったく、有能な文官で婿殿(予定)である。オリビアもとんだ優良物件を捕まえてきたものだ。
fin
最後まで読んで頂きありがとうございます。
気付いてくれたら嬉しいな。
過去作のあの人でした。




