少年と少女の未来へ
アベル王子は、王宮、廊下から2段ほど低い位置の一般開放していない庭園への階段に、ちょこんと座っていた。
隣には、ミラージュ公爵家のイリスちゃん。
庭園ではお茶会が開かれている。
りりあ王妃が主催の。
招待されたのは、ミラージュ公爵家のユーリカ女当主や、ターナ子爵夫人を含む、15年前に婚約破棄された側の女性たち5人。
頭を下げて、どうにかこうにか来てもらった5人に、今、りりあは、土下座する勢いで謝っている。
あの時は、申し訳ありませんでした。
実は、と。
好感度バーの事も、ゲームの攻略の事も、言い訳じみているけれど瘴気を永遠に抑えこむエンドにするには、攻略対象者5人をおとすのが手っ取り早かった事も。
だけど、婚約破棄させて謝らせたのは、女としてマウントとりたい、そんな驕った意地悪な気持ちが、やっぱり、少なからずあったってことも。
心から、嘘偽りなく、りりあとしては都合の悪いところも全部、洗いざらい吐いている。
その上で、結局5人のうち4人と人生の最後まで寄り添えなかった、自分の見通しの甘さを。貫けなかったことを。
正しく婚約者だった女性たちを退けたにもかかわらず、今更手放した4人のおじさんたちが、他の女性と新しい家族をつくるよう勧めた事を。
ごめんなさい、すみません、申し訳ありませんでした、許してくださいとはとても言えないけれど。
何だったのよ、と言われても仕方ないが、自分も元攻略対象者たちも、この15年で変化していき、そうするしかなくて。
勝手な話だ。腹が立つだろう。
だけど、りりあを嫌うのは仕方がないが、婚活で苦労して、やっとこさっとこ、この頃、それぞれ相性の良さそうな、気立ても良いお相手を見つけられた4人のおじさんたちには。
ある程度色々言われるのは仕方ないにしろ、強いて社交の場で悪評など立てずに、どうかそっと見逃してやってくれ、と。幾重にも、りりあが頭を下げて、謝るから。
腐ってもりりあは王妃であり、国の中枢で重い立場の彼らに平穏でいてもらう事は、国にとって大事だと思っているし。
そうでなくても、15年親しんだ、りりあがいなければ順調に今頃、家庭をもっていたはずの元攻略対象者たちに、幸せになって欲しいという気持ちは、ちゃんとあった。
その様子を、今、遠くから見ているアベル王子と、連れられてやってきたイリスちゃんは、お茶会が始まってすぐに、邪魔をしないようスッと場から離れたのだ。
こんな隅っこで、ここまで黙って、お母様たちを見つめている。
「ユーリカお母様は、なんか楽しそうだわ。」
「そうかい?ウチの母は、大分、君のお母様たちに迷惑をかけてきたと思うけれど。」
ユーリカ女公爵は、言っていたそうだ。
「若い頃、ううん、今でもだけれど、未熟な自分、やりよう、後から考えると恥ずかしい事をしてしまって。それを公にして認めて謝るのは、とても勇気のいる事よ。本当に、りりあ王妃が、心の底からそれをしてくれるって言うなら。あの時、少女だった私たちの、やっぱり未熟だった黒歴史の意地悪なんだかんだも、笑い話に出来るかもしれないわね。」
と。
ごめんなさい来て下さい、では当然、こんなお茶会に来てもらえないので。
りりあは、あの時、自分がやらかした事を、何があったか全て話をして謝罪します。どうか、どうか、この1度だけでいいので、来て下さい、と招待状に記していた。王家の本気、直筆で招待状をしたため、サイン入りである。
ユーリカ女公爵は、その心意気を、ちゃんと感じ取っていたようだ。
ふふふ、ほほほ。
笑い声が聞こえる。
りりあ王妃は、しょんもり、とほほ、と頭を下げて。でも、ユーリカ女公爵に背中、手を当てられて、何だか慰められている。
聞こえてくる。
あの時は私たちも、若かったわねえ。
だけど、きっと、私たち、今の夫と結婚する巡り合わせだったのだわ。
15年も5人分の好感度バーに、ハラハラさせられていたなんてねえ。そりゃあ大変でしたでしょうに。
幸せにやってらっしゃるばかりだと思っていたけれど、どこの家も、結ばれた後になんだかんだ、やっぱりあったりするのだから。それが関係を育てていくってことだし、生活だから。
それが5倍だったんだものね。
しかも、好感度を落とさないために、自分のありのままを、どこにも出せずに。
5人の女性たちは、きっと、溜飲も下がっただろう。
そうして、彼女たちは、今、何だかんだありながらも、幸せなのだ。謝っている、りりあもだ。つくってきたヘンリー王との家庭は、ちゃんと嘘でなく、自分が欲しかったものだ。
時が経つ。変化する。
誰がそれを、咎められようか。
おばさんとなった女性たちは、家庭の細々とした、愚痴にもならない困りごとや、悩み、お得な情報を交換し合う。りりあも、目をぱっちりして、ウンウン、ウン!と頷いている。
女性同士の、それぞれ位は違うけれど、主婦たちのあれこれ。
りりあが今、欲しかったのは、こんな主婦仲間との親しみの時間なのだろう。何だかホッと荷を下ろした顔をして、嬉しそうである。
「あ〜あ。」
アベル王子が、ハハッ、と笑う。
「よかったわね。りりあ王妃さま、きっと、ずっと、こうしたかったのよ。おじさまたちに、チヤホヤしたり、されたりするよりも。」
イリスちゃんは膝に肘立てて、ほっぺを丸く包み、ニコニコしている。
「うん。お母様は、ずっと苦しそうだったよ。ため息も多かった。」
「そうなのね。」
「うん。」
「だから壊したのね。」
「うん。このまま、私たち。ずっと続けるのは、無理だと思って。」
そよそよ、風に花。
少女と少年は、ちょんもり座って、ポツリポツリと、話をする。
「お母様はね。………父や、おじさまたちの前では、ニコニコしてるけど、その後でとっても疲れている感じ、してたんだ。予定も詰め詰めで、頑張りすぎて、無理してて。いつ崩れるかって、周りもハラハラしてた。子供の前では、大人って、気が緩むでしょ。………よく、あ〜、あ〜、面倒くさい、でもやらなきゃ、仕方ない、って呟いてるの、見てたんだ。」
「そうなの。無理してたのね。りりあ王妃さまから、おじさまたちへの好感度だって、とっくに下がってたのねえ。」
そうなのだろうよなあ。
アベル王子は、しゅん、と、どこか悟ったような寂しい笑顔で、小石を拾って、ぽん、と投げる。
「本当は、擬似家族だって、何だってよかった。」
オーバンおじさまに、乱暴にぶん回されて腕を痛めても、遊んでもらえて嬉しかった。男の子らしく、雑に扱われて、もっと、鍛えたいな、って思えた。
ブノワおじさまに、高等数学の問題を出されて、全然分からなかったけど。大人みたいに相手にしてもらえて、これが解けるだろ?って思ってくれたんだ、って、いつか解いてやる!って頑張れた。
カミーユおじさまに、お菓子をお腹が痛くなるまで、ほら、ほら、もっと食べな!って。たくさんもらえて、うわぁ!って興奮した。乳母やは、いつも、ちょっとしかくれないから、夢みたい!って、ほんとに嬉しかった。
シャルルおじさまに、認めてほしかった。本当は、もうお祈りやめてもいい?って自分から言ってもよかった。でも、がんばったね、って、あの、どこか浮世離れしてる尊いやさしい笑顔で、ほめてほしかった。だから、寒いのなんて、どうってことなかった。
「私、おじさまたちのこと………。」
「大好き、だったのね。」
イリスちゃんが、やわらかく聞く。
アベル王子は、ゆらゆら、と瞳を揺らして、ぽろん、片方の目から涙。鼻をズビ、とすすった。
新たな家庭を持ったからといって、それが幸せとは、限らない。
擬似家族に、納得して、独身のまま生涯を捧げるのだって。それを1人の男の生き方として、ダメとはけっして言えない。
だけれど、おじさまたちも、何だか、どこか停滞して、倦んでいた。この先の、自分の在り方を、未来を、ちゃんと考えてはいなくって。流されて、擬似家族にそこそこ癒されて、こんなもんかなぁ、って。
「私だって、大人になったら、おじさまたちとばっかり遊んでられない。お母様と父は、次代に王位を譲ったら、王宮から先王離宮に移る。そこにおじさまたちを連れていけるとは、思わないよ。側妃なら先王についていけるけど、表向きにも、おじさまたちはお母様と、公的な関係を結んでいる訳じゃないから。………おじさまたちの扱いって、このままだと、先行きとっても不安定じゃない?楽しく擬似家族した私たちはいいよ。でも、置いていかれて、おじさまたちは、王宮にも居場所がなくなって、ひっそり死んでいくの?そう思ったら。」
「………おじさまたちが、大好きなのね。」
ふっ、とアベル王子は顔を手で覆った。白金に近い金髪が、俯いた顔をさらりと隠す。
「きっと、嫌われちゃった。気持ち悪い!なんて言って。………嫌われてなくても、これからどんどん、離れてく。新しい家族ができて。私はやな奴なんだ。幸せになってね、って喜んであげられない。おじさまたちと、もっと遊んでたかった。あそんで、いたかった、なぁ………!」
さびしいよ。
歳上の男の子が泣いている時、どうしたらいいのか分からなかったイリスちゃんは。
ただ、眉をふにゅ、と困らせて、側で座っていた。
そうして、自分のためじゃなく、他者のために。自分を悪者にして相手を手放すことができる、この男の子を、何となく放っておけない気がしていた。
ヘンリー王はりりあ王妃がぶっちゃけた後。アベル王子に、こんな事を言っていた。
「アベル。お前には、嫌な役目をさせてしまったね。………でも、お前にしか出来なかった事だ。ありがとう。」
大きな手で頭を撫でられて。
アベル王子は、父王は、分かっているのだな、と思ったのだ。
全てを望まなければならない。
それが真に必要だったのは、りりあじゃない。
王太子だった、ヘンリーなのだ。
ゲームの攻略とは知らなかったけれど、見ていれば分かる。どこか進むべきところが、何となく分かっていそうな、聖女も。
それによって得られる、国の安寧も。
友であり、国の中枢で活躍しそうな、攻略対象者たちも。
全部、丸っと、手中にしなければならない立場だったのは、ヘンリーだ。
ニコニコしながら、りりあと家族になりながら、アベル王子と第二王子、王女をもうけ愛しながら、友と妻との浮気じゃないけどちょっと普通じゃないやりとりを寛容しながら、ジッと行き着く先を見定めていた。
その愛は、どれも嘘じゃない。
けれど、ときめくような、好感度100%のキラキラではなかった事は、仕方ないだろう。
複数の要素を中途のまま、腹に溜めておける度量が、王族としてヘンリーにはあった。
そして最後には落ち着くところへ落ち着かせる。
これが、ヘンリー王の仕事であった。
イリスちゃんは、アベル王子がさびしいとあんまり泣いているので。
「しかたないわねえ。わたしが、お友だちになってあげるから、泣かないのよ?」
と、少年のお膝に手を置いたら、ギュ、とそれを握られて。
タハッ、ありがとう、うれしいよと、恥ずかしそうに、泣き笑う顔と顔、見合わせて。
未来を生きる少年と少女は、これから関係を育ててゆくのだ。
好感度バーなんかに、振り回されることなく、100%の好きでも嫌いでもなく。数値に表れない深さで。




