あの時、婚約破棄してくれて、ありがとう
4人の攻略対象者たち、いや、攻略対象者だったおじさんたちは、トボトボと王宮の廊下を歩いていた。
騎士団長の、オーバン。
「りりあ王妃が、あんな気持ちで俺たちに接してたとはな……。なんか、ガッカリっていうか、気が抜けた、っていうか。国のために、とか、ゲームで攻略、とか、好感度メーター、なんてかぁ。」
宰相の、ブノワ。
「信じがたいお話でしたけど……、聖女ともなれば、神なる異世界でこちらの危機を救うために、前情報があったのやも。あり得るのかもですね……。うっ、今更、ヨメもらえ、って言われても。」
魔法院長官の、カミーユ。
「アベル王子、息子みたいに思ってたのは、ほんとなのにな……。だけど、確かに、責任なしの都合良いとこどりって言われれば、そうか……。」
教会の次期教皇、シャルル。
「りりあ、切羽詰まってましたね……。私たちも、そうなんですよね。あの15年前の、キラキラした気持ちのままじゃなかった。まぁいっか。このままで。ラクだし。……って気持ちが無かったとは、言えないのです。」
はぁ〜ッ。
ため息、吐息、トボトボ、トボ。
王宮の庭園に面する廊下を、4人のおじさんが歩く。15年前は溌剌とした少年だった彼らも、今はおじさん。なのに、ちょっと浮いている。中身が相応に落ち着いていれば、それなりの成熟した魅力も出てくるのだが、そうじゃない。それをギャップと捉えて、魅力に思い、今更ながら、相手にしてくれる女性がいるものか。
いや、もう、他の女性のことを考えられるあたり、4人とも、りりあ王妃との心の距離は、恋に浮かれたそのものなんかではなく。変化するべき時に、それがやってきた。
遅まきながら、彼らも大人になって、自分の身を顧みることに、自然にスイッチが入っているのだ。
4人の元攻略対象者たちが向かっているのは、王宮の自室である。
そう、子をつくらないのであるから、りりあ王妃に生涯を捧げるのであるからと、実家から出て、王宮に自室があるのだ。長男であっても、実家の後も継がない、と、兄弟姉妹たちに譲り、各家はもう、彼らを弾き出している。
まず、今更、後を継ぐなどは言えなくても、実家に顔を出して……。
ぽーん、とボールが飛んできた。
ブノワ宰相が、足元に転がってきた、革張りのボールを、ん?と拾う。他3人も、ん?と足を止める。
王宮の庭園は、一部、一般公開されている。
貴族家であれば身分を名乗れば無償で。平民であっても、グループの代表者に冒険者や商業のギルドでの身分証明があれば、貴族家の者たちに邪魔をしない範囲で、美しい庭園でピクニックをしたり、遊んだりできる。
自然と貴族家のエリアと、平民エリアが分かれたのは、トラブル回避のために必要なことでもあったろうが、どちらも、どの身分であっても、行っていけない、という事にはなっていない。
王宮に親しみをもってもらうため、と、りりあが発案した庭園開放は、王都の住民たちにとても喜ばれ、親しまれている。
ボールをとりに、子供が走ってきた。6歳くらいの、藁色に近い金髪の男の子。タレ目が可愛い。
アベル王子も金髪である。もっと白金に近いような色であるが。こんな位の時があったんだよなあ、と、自分の腿丈くらいの少年に。お父さん気分だけはまんまんだった、ブノワ宰相も、ふにゃーと情けない気分で。
ボールを優しく、そう、アベル王子にしていた乱暴な扱いを顧みるように今更優しく、手渡した。
「はい、ボール。」
「ありがとう、おじさま!」
そう、そう、ブノワおじさまって、アベル王子もいつも嬉しそうに……。
うっ、うっ。心、涙である。
ボールをなかなか手放せないブノワ宰相。
「?おじさま?」
「うん、うん……。」
ほっぺを真っ赤に不思議そうな、タレ目少年。4人のおじさんたちが囲んで、それぞれ自分の記憶に、しんみりしていると。
落ち着いた美しいご婦人が、男の子の後ろから近づいてきた。
同じくタレ目に豊かな、けっして太ってはいないが、少女の繊細さとはまた違う魅力、豊かさを感じさせる全身のオーラ、幸せの微笑みで。お付きの侍女と共に、白いレースの日傘をさして歩いてきた。
芝生が、サク、サク、と踏みしめられる音がする。爪先が丸い、柔らかなヌメ革にリボンの、気取ってない温かみ、それでいて上品で美しい靴。
「リンツ、殿方たちに失礼をしてはダメよ?……あら、ブノワ様?」
「?………!?あ、あ、ターナ嬢!」
おかあさま!
と、リンツ君……タレ目少年が見上げて、長い足首まであるスカートに身を寄せて子供らしく、キャッキャ!とターナの周りをくるくる回った。スカートがふわふわ揺れた。
そして、リンツ君は恥ずかしそうにおかあさまの後ろから、ひょこ、とブノワ宰相を見上げた。
「お、お母様って、あ、この、この子は、君の子か!?」
うふふふ、とターナは可笑しそうに。屈託なく。
「嫌ですわ、ターナ嬢だなんて。そう、私、もう結婚して子供がいるのよ。この子は次男なの。リンツ、ご挨拶なさい。この方は、えーっと、お母様の、昔の知り合いよ。」
昔の知り合い。
確かにそう。
ターナは、ブノワ宰相が昔、婚約破棄をやらかした相手。ターナ伯爵令嬢であった。
王宮の庭園に、ピクニックに来たのだと言う。
ターナお母様とリンツ君は、乳母が面倒をみている4歳の女の子、やっぱりタレ目のマーナちゃんと敷物に座って、4人のおじさんたちとお茶をするのだった。侍女がお茶を、丁寧に淹れてくれる。
「そう……、そうか。男2人、女2人、4人の子供の母なのか……。あのターナ嬢がなあ……。時が経つのは、はやいものだなあ。」
ブノワ宰相、お茶カップを胸に、すす、と時折すすったりして、しんみり。
「ええ、今は私、リヤン子爵家の夫人ですのよ。夫は先日、先代から、後を任されまして、当主となりました。先代のお義父様とお義母様たちは、孫が可愛くって仕方ないみたい。当主仕事をはやく辞めて、孫たちのために色々とやりたい事があるようよ。厳しい時もあるけれど、和やかな優しい方々でね、ふふ、小さな、吹けば飛ぶような子爵家ですけれど、賑やかに、楽しくて、幸せなの。」
幸せを絵に描いたように、コロコロ笑う。ターナには昔の因縁など、全く拘りなさそうである。
マーナちゃんが、タタ!と歩いてきて、おじさんながら一番シュッとしたクール系美男の、ブノワ宰相のお膝にとすん!と座った。何か気に入った模様。
「あらあら、ダメよマーナ。ブノワ様に失礼よ。」
「い、いや、いいよいいよ。……可愛いな。女の子かあ。」
ニコッ、とブノワ宰相を見上げて笑い、とーんと背中を胸に投げてくる4歳少女。あんよをぶんぶん。
髪色は、父親に似たのだと、焦茶の柔らかなウェーブ。ほわほわ、細い猫っ毛が、ブノワ宰相の鼻先で風に揺れる。
子供の何ともいえない、甘やかな乳くささ。ぐんにゃりと柔らかい身体。温かみ。
鼻先、髪ふわふわ。
クシャん、とブノワ宰相は横を向き、くしゃみを一つ。
ふふふ、とターナがハンカチをくれる。
鼻をすすりながら。
ああ、こういうものが。
私には、もう、ないのだなあ……。
りりあの娘、幼い王女の笑顔が過ぎる。いや、あれは他人の娘だから。私の娘じゃない、元々。
おかしいな、涙が。景色が滲む。
王宮の庭園は美しい。
花々、木々。芝生に楽しそうな人々。遠くから笑い声。みんな家族なのかな。
蝶々が、ゆら、ゆら、はたり。
花が揺れる。風に? 涙に?
「………ターナ夫人。君は、私に、文句があるんじゃないのかい?」
あの時、あんな風に。
一方的に、りりあへの意地悪を責めて。心変わりした自分たちを棚に上げて。
今更、謝るでもないけれど、今だから分かる理不尽で若かった自分の勝手さも、見えている。
こんな風に、15年後に会って、にこやかに優しく話をし合えるような関係では、もちろんなかった。あの時、決裂し、聖女に寄っかかった圧で押さえつけて、女として負けさせ、謝罪までさせたのだ。
4人のおじさんたちは、当然、図々しく自分から、ターナ夫人のピクニック、いっときのお茶飲みに参加した訳じゃない。
ターナ夫人に、本当に他意もないって顔で、無邪気に誘われたので、戸惑いながら、先程のショックもあって、なんとなく流されたのである。
ブノワ宰相には、恨みの一つもなさそうな昔の婚約者が、とても不思議で。
ボールでキャッキャ遊ぶ息子のリンツ君を、優しい顔で眺めながら。ブノワ宰相に視線を合わさず、ターナ夫人は睫毛を、はた、はた、と眩しそうにした。
「今はもう、何もありませんのよ。あの時のこと、感謝しているくらい。私には、あなたと結婚して、侯爵家の夫人になる道よりも、こちらの方が合っていたのだわ、としみじみ思うの。」
ターナたちだって、当初は怒っていたのだけれど。格下とはいえ、愛情たっぷりな夫に、あんな婚約破棄で可哀想に、良く格上のお嬢様がウチに来てくれた、と受け入れる気持ち満々な義理の両親。そして侯爵家ほど、格式ばっていない、何もかもざっくばらんな、それでいて食うには困らない、程よい位の子爵家。
贅沢はできないけれど、ターナが一念発起して、子爵家の嫁としてやりくりに協力すれば認めてくれて、子供も生まれて、可愛くて。
「あなたたちは、りりあ様に真心を捧げて、こういうものを切り捨てたのですものね。何が幸せ、って、他人がどうこう言えるものではないわ。だから、良いの。あなたは選び、私も、選んだ。あの時、婚約破棄される前に、私たちはもう、あなたたちとは道を同じくできない、伴侶たり得ないと分かっていたわ。だからさっさと謝ったし、次に行きたかった。幸せなの。……感謝しているわ。あの時、あなたは、りりあ様を好きでいながら、私と愛のない結婚などを選ばなかった。卑怯じゃなかったの。だから未来が、今があるの。」
フッ、とブノワ宰相を見るターナは、美しかった。落ち着いた、大人の女性の、深い、人生を愛している美しさ。微笑み。
「ありがとう、ブノワ様。私を手放してくれて。………ありがとう。」
ブノワ宰相と3人の男たちは。
あの時に手放した幸せが、こんな形で自分に復讐をしてくるとは思っていなかった。
胸が。胸が痛い。
自分が切り捨てたものが、大きく、大きく、胸に迫って。
リンツ君がキャッとボールを持ってピョンピョン飛んでいる。何が嬉しいのか、子供は、はしゃぐ。高い声、マーナちゃんのフンフンフ〜♪と訳のわからない創作歌。
これはみんな、ブノワのものじゃない。
ターナの夫、ここにはいない、ブノワが踏み躙り傷ついた彼女を、愛した男のものなのだ。
騎士団長の、オーバン。
宰相の、ブノワ。
魔法院長官の、カミーユ。
教会の次期教皇、シャルル。
4人が4人、涙を堪えながら、ポツポツと。王宮の廊下をトボトボ歩きながら、先程よりもっと俯いて。
「実家で、嫁。……世話してもらおうかな……。」
「うん。私も、一度帰ってみる。」
「このままだと、王宮からも出されそうな雰囲気だったもんね。……家、つくらないとだ。家族……、うう、今更どの面下げて……。」
「私たち、もう、過去の男なんだね……。」
自分たちが切り捨てたものに、逆に見切りをつけられていたからといって、悲しがるのは何なのだ。
だけど、気持ちは理屈じゃない。
あの時の自分に、激しくダメ出しをしたい。
でも、時は戻らないから。
実家に帰って、嫁の世話を頼んだ4人は。
今更、後継者になりたいではないんでしょうね!?と、弟夫婦と孫たちで仲良く団欒してる中とかで、両親にもしらっとハブられたりとかして。
自分の実家での肩身の狭さに、ヒャーとした寒さを感じるのであった。
それはそう。
もう、後継者は他に決まって、その次の孫たちもその気で教育しているし、可愛がっていて、関係が出来上がっているのだ。
りりあ王妃に首ったまを握られていた、夢みてしょうもない擬似家族でラクしてた息子たちと違って。
家庭のために努力して、責任もって結びつき、関係を育んできた者たちが。
それでも。
「まあ、まあ、りりあ王妃様も、今更ですけど、ようやくお気づきになられたのね。ウチの長男は王家にくれたものとして、この国の安寧のために犠牲に、もう、いない者だと思っていたから。それでも今ならギリギリ間に合うかしら。後継者としてでは無理だけれど、分家にして、嫁くらいは何とか探してあげるわよ。」
各家の母夫人たちはそう言って、ふーとため息吐き。
不甲斐ないダメな息子に、仕方ないわねぇと扇で一発ビシッと叩いたりした。あの時、すごく恥ずかしかったんですからね!婚約者のお嬢さんにも悪かったし!ウチの立場も悪くなるし!恨みも少しある。
「でも、夢から醒められて、良かったわね。」
母は厳しいが、やはり温かいものである。
ターナ夫人の、深い美しさと同じ、人生を愛する笑顔で笑う母は、家を整え、家庭を守り、子供たちを育ててきた。ちゃんと生きてきた、大人の、素敵な女性である。
そんな女性と巡り逢えるのだろうか。
関係を育んでゆけるのか。
一度失敗した4人の男たちは、王宮を追ん出されても、時々4人で会っては、嫁とりの進捗のあれこれ、おじさんの現実の厳しさを、話し合うようになる。




