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飴と鞭

「さあ、どうでしょうか?」

 「断ります。」

 「え〜〜〜!!!!」

 「シーバスってあの人類の天敵だろ?そんなイカれた名前を名乗ってるやつなんて怪しすぎる。」

 「確かにそうですが……」


 シーバスは深くため息を吐くと、シンプルに落ち込んだ。

 二十年前シーバスの誘いを断る者など誰一人いなかったからだ。

 力を温存するため、人との接触を出来る限り避けていたこともあり、ほぼ隠居生活だったこの期間、これほどまでに求心力が落ちているとは思わなかった。

 

 私の顔すら知らない、若い世代。

 たった二十年前はほとんど顔パスでブイブイ言わせてたんですがねー。

 まあ、当然といえば当然。

 少し悲しい気もしますが、今は粛々と受け入れましょう。

 未来があるのはいいことだ。 

 

 そう言い聞かせ、なんとか自分自身を納得させた。

 

 となると、まずは自分をシーバス本人だと信じてもらうことが必要なのだが、証明する手段となると、野蛮な方法しか思い浮かばない。

 

 無抵抗の怪我人をなんの脈絡もなくボコボコにするなど、これから師匠となる身としては有るまじき行為だ。

 

 だがあくまでシーバス自身、弟子を取ったこともなければ、誰かに何かを教えたことはない。

 というよりも、教えても誰にも理解されなかったという方が正しい。

 一応隠居期間で教育を勉強(”ユアノア大陸における教育の基本の基”を読んで)したことはしたのだが、難しすぎて放り投げた。

 

 世界最強の男にとって、最も難しいことは、教えることであった。

 

 初めての弟子に対しては出来る限り慎重に……傷心の傷を癒しつつも、やる気になってもらうためには……やはり野蛮な方法しか思いつかない。

 

 シーバスは師匠デビュー初日にして、師匠としての技量が試される、そんな場面に出くわしていた。

 

 出来る限り言葉を選びつつ、次の一言を放った。

 

 「あなたのせいでみんな死んじゃいました。弱いんだから、もっと強くなった方がいいですよ。」

 「なっ……やっぱり……俺のせいで……」

 

 アルクの表情がどんどんと曇っていく。目には涙すら浮かべ、体を震わせている。

 

 黙りこくったまま何も言い返してこない。

 

 (間違えた?いや、そんなはずは……いや落ち着け。大丈夫だ。飴と鞭理論は確かに学んだ。鞭の後に飴だと。これが一番最適な順番のはず。うろたえるな。私は師匠だ。とにかく次の飴で彼のやる気スイッチを……)

 

 シーバスは記憶の中の知識を手繰り寄せ、慎重に慎重に言葉を発した。

 

 「だがアルク君には才能がある。いつか誰にも負けない、そう最強になれるほどの。」

 

 アルクは顔を上げた。その表情からは驚きが見てとれる。

 

 (よし。上手くいった。次は彼の反応を待つ。待つことも教育において大事なことだと書いてあった。)

 

 「俺は名乗ってないはず。どうして俺の名前を知っている?さてはお前、あいつらの仲間だな!」

 

 なるほど。そうなりますか。

 

 シーバスは困った。

 記憶を探ったなどと正直にいうのは好まれない。そんなことは、昔の経験からよく知っている。

 だが適当な嘘はさらに墓穴を掘るかもしれない。

 

 シーバスは一旦教育の知識を脇に置き、真っ向から挑むことにした。

 

 「詳しくはありませんが、知ってはいます。”ハムレット”。ここ最近活動を始めた”ボックス持ちによるボックス狩り”の組織。彼らのボスは、私の昔の仲間です。」

 

 アルクの目に怒りが宿る。

 血が滲み出るほどに拳を強く握り、今にも向かって来そうな気配だ。

 

 「だったら、あいつらの目的はなんだ!?どうして俺たちの村は襲われたんだ!?」

 「簡単です。私の邪魔をしたいのです。」

 「どういうことだ?」

 「私の体には四体の災厄が封印されています。そしてこの封印が解かれる日、世界は間違いなく終わります。

 

 だから私は才能を探している。悪魔たちに対抗しうる才能を。

  

 ですが、彼らはそれをさせたくない。

 

 ボックス持ちを始末するか、もしくは仲間に引き入れる。そうして対抗手段を無くし、世界を崩壊させようとしているのです。


 彼らのボス”ヴィス・サーデイ”は私を深く恨んでいますからね。」


 「じゃあ、俺たちはあんたらの戦いに巻き込まれたっていうのか!」

 「そう言われると、困ってしまいますね。ですが、あえて言いましょうか。だから何だ?と。」

 「ぶっ殺してやる。」

 

 アルクは真っ直ぐに飛び出した。拳には完全な殺意が握られている。


 対称的に、シーバスは至って冷静だった。

 最小限の動きで避けると、アルクの腕を掴んだ。

 

 「場所を変えましょう。こんな狭い小屋では、思いっきり戦えないでしょう?」

 

 シーバスの目が見開くと、二人の周囲の空間が一瞬、微細に揺れた。

 次の瞬間、音も衝撃もなく、彼らの姿は小屋から掻き消えていた。

 気づけば、二人はコムド村の中心だった場所の、焼け焦げた瓦礫の上に立っていた。

 

 「ここは……コムド村?」

 「私たちの身体をワープさせました。あなたにとってはこの場所が一番戦いやすいでしょ?」

 「舐めるな!」

 

 『ボックス解放“アクセル”』

 

 アルクの姿が視界から消えた。

 だが、シーバスにとっては既に一度記憶を通して見た力。

 何の対策も、警戒も必要ない。

 

 シーバスは体全体をリラックスさせ、目を閉じ、腕を大きく開いた。

 

 (さあ、思いっきり打ってみなさい。)


 どうみても隙だらけのこの行動に、アルクはさらに怒りを加速させた。

 

 「うぉおおおおおお!!!!」

 

 全力の蹴りが、シーバスのこめかみを直撃した。

 シーバスは、斜めになった首のまま「そんなものですよ。あなたは。」と冷酷に言い放った。

 

 アルクの足を掴むと、思いっきり投げ飛ばす。

 体勢を整えようとするアルクだったが、シーバスは一瞬で距離を詰め、その上にまたがった。

 

 「戦い方は素人同然。力の使い方すら知らない、田舎のガキが。」

 

 シーバスは、アルクの顔面のわずか横の地面に向けて、大きく拳を振り上げた。その無慈悲な一撃が地面に叩きつけられると、ドンッという鈍い轟音と共に、瓦礫がまるで水面のように波打ち、直径数メートルにわたる巨大なクレーターと、無数の亀裂を生み出した。

 

 「これぐらいは最低でも出来ないと、話にもならない。」

 

 圧倒的な力の差。

 アルクにこれ以上出来ることなど、ありはしなかった。

 完全に抵抗をやめ、アルクは無力感に打ちひしがれた。

 

 「俺は弱い…….そんなこと、分かってる。でも、じゃあ一体……どうすればよかったんだよ。誰にも頼れなくて……どこにもいけなくて……食べ物もなくて……どうやってこの村を……弟を……守ればよかったんだよ……俺はただ……誰にも死んでほしくなかっただけだっていうのに……」


 それは、アルクにとって人生で初めて流した弱音だった。

 物心がついた時からジルクのために。ボックスが発現してからは村人たちのために。

 一人で戦い続けてきた少年の精神は、いつも限界ギリギリだった。

 

 だがその結果が今の惨状。努力の見返りとしては、あまりにも酷と言うものだ。

 

 「アルク君、キミは弱い。だが、キミはまだラッキーな方だ。」

 「何がラッキーなもんか。どうせならいっそのこと、俺もみんなと一緒に……」

 「死にたかったですか?思ってもないくせに。」

 「あんたに俺の何が分かる?」

 「人の死など、経験せずに生きることのほうが難しいものですよ。」

 「そんなの、大人の理屈だろ。」

 「ええ、その通り。あなたは子供。だからこそ、キミはまだまだ学ぶことが出来る。強くなることが出来るんです。」

 「強くなんてなったって……今更……何の意味も……」

 「ありますよ。思い出しなさい。キミがずっと何になりたかったのかを。」

 「俺が……何に……?」


 アルクは天を仰いだ。その目には、次第に涙が溢れてくる。

 全てが終わったコルド村の中心で、一陣の風が吹いた。


 「俺は、英雄になりたかったんだ。みんなを守れるような、誰も悲しませないような……そんな英雄に。」

 「素晴らしい夢です。」

 「……でも、もう……」

 「失った傷は、救うことでしか産めることはできない。

  キミは誰よりも優しい。だからその優しさを他の誰かに向けなさい。

  戦いがある限り、キミを求める者は必ずいる。

  そしてそれは、キミの生きる理由になる。必ずね。

  そのための力は、私が与えましょう。」

 「そんなこと、出来るのか。」

 「もちろん。キミはラッキーだと言ったでしょ?その理由が私。だって私、世界最強ですから。他の者に遅れを取らせるはずなどありません。」

 「大した自信だよ。……なれるのか?俺は、もっと強く。最低でも、ハムレットの奴らを倒せるぐらいに。」

 「余裕です。私の目に狂いはありませんから。」

 「分かった。」

 「では?」

 「なるよ。あんたの弟子に。」

 

 シーバスとアルクは、固く握手を交わした。

 

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