アルクとジルク3
どこかで火が上がった。黒い煙が村全体を覆い尽していく。
悲鳴や怒号が村中に響く。
そんな中、ジルクはまだうずくまったままであった。
「ジルク!ジルク!早く逃げよう!」
必死に呼びかけるロロであったが、その声は届いていない。
「はぁ……はぁ……こんなの……こんなのってないよ……こんなの……こんなの……嘘だ……兄ちゃんは……英雄なんだ……」
アルクはそんなジルクに気づくと、迷わず力を使った。
『ボックス解放“アクセル”』
アルクの両目に淡く青い光が宿る。地を踏み鳴らした瞬間、風が唸りを上げ、空気が歪んだ。
次の瞬間、視界からアルクの姿が掻き消え、気づけばグルの懐へ。
鋭い蹴りが腹部を撃ち抜いた。
鈍いドンッという衝撃と共に、グルの巨体が吹き飛んだ。バリバリと家屋の壁が砕け、木片が舞い散る。
「身体強化系か。田舎もんはやっぱ芸がねえな」
軽く埃を払いながら、グルは立ち上がった。
だが、そんなことには目もくれず、アルクはすぐさまジルクの元へと駆け寄っていた。
肩を掴み、必死に呼びかける。
「いいかジルク!今はとにかく、生き残ることを考えろ!俺が絶対にお前を守る。だから、今はとにかく逃げてくれ!」
「に……兄ちゃん……」
少しずつジルクの目に正気が戻っていく。
アルクは少し安堵の表情を見せた。
その瞬間、
「兄ちゃん!後ろ!」
銃声が一発、アルクの腹を撃ち抜いた。
「ぐっ……」
アルクの背後には、既にグルが立っていた。
まるで死神に心臓を掴まれているような、圧倒的な殺気を放っている。
それに抗うように、アルクはグルと向かい合った。
「兄ちゃん……僕が……僕のせいで……」
「気にするな!早く逃げろ!」
「……で……でも……」
「いいから早く!」
「……う……うん。わ……わかった。ロロ、行こう」
ジルクはロロを連れて走り出した。
グルはよだれを垂らす獣の様な目つきで、ジルクを眺めていた。
「情けない弟だな。こんな状況でも足を引っ張るなんて。」
「黙れ。ジルクは俺の命よりも大事な、たった一人の弟だ。」
「ふーん。じゃあ守ってみろよ!」
グルはジルクたちに向かって走り出した。
「させるか!」
アルクはグルに掴みかかった。
少しでもジルクとロロが逃げる時間を稼ぐため。
生きてさえくれればそれでいい。
だが、傷ついた状態では、時間稼ぎにもならない。
「こんな程度だなんてな。この村の英雄さんはよぉっ!!」
グルはアルクの傷口を思いっきり握り込んだ。
「ぐっ……!」
あまりの痛みに、アルクの力が一瞬緩む。グルはアルクの顔面を掴むと、容赦無く地面に叩きつけた。
一瞬意識が飛ぶほどの衝撃を浴びたアルク。
その隙に、グルはジルクたちの前に躍り出た。
「おい!やめろ!二人に手を出すな!」
這いつくばりながら必死に叫ぶアルクであったが、その声が受け入れられることはない。
「ちょうどいい奴がいるな。」
グルはロロに目をつけると、軽々と持ち上げた。
「離して!離して!」
「ロロを離せ!この野郎!」
必死に暴れ回るロロ。ジルクも持てる力を使って抗うが、少しもダメージが通らない。
「いいか。ボックスってのはな、感情の昂りが一番手っ取り早く”発現と成長”を促すんだ。お前もあいつの弟なら、見せてみろよ。この場で生き残るっていう選択肢を得たいならな。」
「うるさい!いいからロロを離せ!」
「ダメだ。」
受け入れ難い事実と、村人たちの死。
絶対的に信じていた兄の倒れる姿。
何も出来ない自分自身。
ジルクの精神はもうすでに限界を迎えていた。
「お願い。お願いだから……ロロを……離してくれよ……」
泣きながら、縋るように懇願するジルク。
「聞けないな。」
グルは、一気にロロを握りつぶした。
叫び声すら上げられず、動けなくなった体を、ジルクに見せつけるように捨てた。
「残念。時間切れだ」
その瞬間、ジルクの中で、何かが壊れた。
全身が震え出し、眩いほどの光がジルクの中から溢れ出していく。
地面が揺れる。鳥が騒ぎ出す。空に光る星が、さらに輝きを増している。
「僕が……僕が弱いから……僕が何も出来ないから……みんな……ぐっ……グググ……もう……もういい……コワシテヤル……全部……全部全部全部ゼンブ!!!!......ブッコ……ワシテ……ヤル……」
「ボックスの暴走か。」
グルは容赦なく引き金を引いた。頭、肩、足。次々に銃弾がジルクの体を撃ち抜く。
血が飛び散る。骨が砕け、肉が裂ける。
だが次の瞬間、すべてが嘘のように元に戻る。
傷口は閉じ、血は引き、ジルクの光はどんどんと大きくなっていく。
「こいつはすげえや。兄貴なんて目じゃねえほどに。」
「グルー。こーれはやばいやつだよ絶対。」
グルの隣に現れたのは、黒いローブの仲間の一人。袖からは新鮮な返り血が滴っている。
「ザザか。他の二人は?」
「とっとと逃げちゃった。僕たちも早く逃げないと、巻き込まれちゃうよ。」
「薄情な奴らだな。まあいい、いくか。死んじまったら元も子もねえからな。」
ザザは後方に手を向けると、何もない空間に真っ黒な空間を作った。
「ま……待て……」
アルクが足を引きずりながら、力無くグルに迫っていく。
「また会おうぜ。もし、お前たちが生き残っていられたらな。」
グルとザザの二人は、空間の中に消えていった。
「はぁ……はぁ……くそっ……」
アルクは悔しさを滲ませつつも、歩を進めた。
ジルクの前で膝を着くと、そっと抱きしめた。その体は、灼熱の太陽に素手で触れたように熱い。皮膚が焼け、筋肉が裂ける音が聞こえる。
それでも、アルクの腕は決して緩まなかった。
「ジルク、俺だ。分かるか?もういい。もういいんだ。ここにはもう敵はいない。生まれた時と一緒だ。俺たち以外、誰もいないんだ。」
「兄ちゃん。ごめん。でも、もう……止まらないんだ。」
「そうか。大丈夫……大丈夫だ。心配するな。俺が絶対にお前を守る。どこにいても、どんな世界に行ったとしても……」
アルク自身、これがただの気休めの言葉だということは分かっていた。だが少しでも兄として弟を助けたい、その気持ちだけは本当であった。
ジルクもそれに気づき、一粒涙をこぼすと、ゆっくりと目を閉じた。
「兄ちゃんはやっぱり凄いや。さすがこの村の…..ううん。僕の…………英雄だ……」
ジルクのポケットの中で、お守りが燃え尽きた。
その瞬間、一瞬の閃光がコムド村の全てを包み込んだ。
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「アルク、何を言っているのか分かっておるのか?」
「はい、ジマーマさん。俺が魔物を狩ります。この村でボックス持ちは俺だけ。出来るのは俺しかいませんから」
「お前も分かっているとは思うが、魔物の正体は……」
「分かってます。それでも俺は、誰にも死んでほしくない。俺たちを拾ってくれたこの村の誰にも……そして何よりも弟には……」
「分かった。だが九歳のお前一人に背負わせるにはこの業は重すぎる。お前がその気なら、わし達大人も、一緒にその業を背負おう。いつか子供達がそれに気づいて、わしらを恨むこととなったとしても、今死ぬよりはよっぽどマシじゃと信じて。」
「ありがとうございます。俺が必ず守ります。絶対に。何が起きても……」
これは、遠い過去の記憶。
そして、コムド村消失から――数日後
一人の男が目覚めた。
「ここは?」
慣れていない硬さのベッド。簡単に見渡せるほどの小さな小屋の中。明らかに知っている場所ではない。
体を起こし、立てかけられた大きな鏡にその姿を映した。
そしてすぐに彼は、絶望したように崩れ落ちた。
「どうして……俺が……」
生き残ったのは、アルクであった。
あれだけボロボロだった体は既に癒えている。
腹にあった無数の傷も無くなっている。
だが、そのどれもが、アルクの消失感を軽減させることはなかった。
落胆する彼の前で、ゆっくりと扉が開いた。
現れたのは、長身の男。何も書かれていないキャンバスのような白い髪に、穏やかな目つき。シンプルな紺色の服に身を包んでいる。
「やっと目が覚めましたか。ずっと眠ってて大変だったんですよ。私何でも出来るんですが、人の介護をするのだけはどうも苦手で……」
「誰だ……あんた?」
まるで初対面のような発言。
数日前の出来事とはいえ、記憶喪失になったとは思えない。
シーバスのことを本当に知らないとすれば......
(んー非常に興味深いですね。)
世界最強の男にとって、興味が湧くものはそう多くない。
だが少なくとも、目の前のこのアルクという少年には、多大な才能と可能性を感じていた。
シーバスは小さく笑った。
手を差し出すと、改めてこう言った。
「私はシーバス・リーベルト。あなた、私の弟子になりませんか?」
「はぁ?」
シーバスと、そして第一の弟子となるアルクとの出会いであった。




