アルクとジルク2
「ダメだ。」
「まだ何も言ってないじゃん!」
リビングだけの質素な一軒家。木造の壁は年季が入り、掛けられた世界地図は日焼けと破れで形が崩れている。両端には、兄弟それぞれのベッドが雑然と並び、間には丸い木のテーブルが一つ。皿に盛られた魔物肉の香ばしい匂いが、部屋の空気をわずかに和らげている。
ジルクはスプーンを乱暴に叩きつけた。
頬を膨らませながら、視線の先にいる兄・アルクを睨んでいる。
「どうせまた魔物狩りの手伝いをさせろって言うんだろ?」
「……そうだけどさ。僕だって村の道場で色々教えてもらってるんだよ。サバイバル術とか、格闘術とかさ。」
アルクはため息まじりに立ち上がると、シャツの裾をまくり上げ、上半身を見せた。
えぐられたような深く大きな傷跡がいくつもそこにあった。
「いいか。これは今回の狩り、こっちは前回の。これはその前、これはその前の前のやつだ。」
一つひとつ指を差しながら、アルクは語った。
「全部死にかけた。毎回だ。気を抜いたらすぐに終わる。魔物だけじゃない。村の外にはいくらでも危険がある。」
ジルクは目を伏せた。喉の奥が、ほんの少しだけ詰まる。俯きながら、精一杯に一言を呟いた。
「だから一緒に行きたいって言ってるんじゃん……」
「気持ちは分かるが、はっきり言って邪魔だ。この村の人たちも、そう言って俺を助けようとして何人も死んだ。お前が来ても、二の舞になるだけ。虫も殺せないお前が、魔物を相手に出来るわけがない。」
「そんなの、やってみなくちゃわからないだろ!」
声を荒げながらも、拳は震えていた。
反発と、それでもどこかで怯える心がぶつかり合っている。
「ならお前はいざという時、迷わず人を殺せるか?」
その言葉に、ジルクの顔色がわずかに変わる。目が泳ぎ、答えを探すように瞬きを繰り返した。
「な……なんで、人の話になるんだよ?」
「さっき言ったろ。いくらでも危険があるって。俺には覚悟がある。いざという時に、人だろうとなんだろうと村のために殺すという覚悟が。」
アルクの声は低く、けれどどこか張りつめていた。
その手が、小さく震えているのをジルクは見た。
「僕は……僕には……人を殺すなんて……でも、僕はただ……兄ちゃんを……助けたいだけなんだよ……」
風船の空気が抜けていくように、しょんぼりとうなだれていくジルク。
しばらくの沈黙が流れた。
アルクは、しっかりとジルクの目を見た。そして、ゆっくりと口を開く。
「……俺はいつかこの村を出る。そして、大きな国で騎士団長にでもなってみせる。」
夢を語るその声には、どこか現実を知る者の重みがあった。
「そこでお金をいっぱい稼いで……そうすれば、この村の人たちも、魔物なんて食べて暮らす必要がなくなるはずだ。だからその時が来たらジルク、お前も一緒に連れていく。」
そこで一拍置いて、少し照れくさそうに笑った。
「俺は狩りばっかりして勉強は一切してないからな。だからジルク、それまでにしっかり色んなことを学んでおけ。お前は俺よりも頭がいい。戦う力はなくとも、お前ならきっとみんなの助けになれる。」
「……分かったよ。言うこと聞くよ。今はね。でも、ボックスが発現して僕も強くなったら、すぐにでも一緒に着いて行くからね。」
「強情なやつだな。……分かった。約束しよう。もしお前が、俺を倒せるぐらいに強くなったらな。」
「えーそんなの無理だよー。」
「無理なことなんてない。何だって出来る。お前は俺の弟なんだから。」
アルクは優しく微笑んだ。
するとその時だった。
一発の銃声が、村中に響き渡った。
「なんだ?」
アルクは咄嗟に部屋の電気を消すと、息を殺し窓の外を見つめた。
村の中心に立つのは、黒いローブを纏った見慣れぬ男。服の上からでも分かるほどの筋肉と、その大柄な体は、明らかな殺意を纏っている。
男は、ライフルを空に向け構えながら大声を上げた。
「この村に住む者たち全員に告ぐ。今すぐ外に出てこい」
男の後ろには、さらに三人の姿が見える。全員同じローブを見に纏い、フードを深々と被っている。
村全体に走る緊張感の中、一人の老婆が四人の前に姿を見せた。
村長ジマーマ。
彼女は、身寄りのなかったアルクとジルクの二人を拾い育てた、母親代わりの人物だ。既に七十歳は超えており、腰は丸まり顔はシワだらけだが、村人は誰一人として頭が上がらない。
「なんだ婆さん?」
「ワシはこの村の村長じゃ。お若い方達よ。どうされましたかな?」
「ああそうかい。じゃあ話が早えや」
男は、ジマーマの額にライフルを向けると、迷いなく打ち抜いた。
グチャリ。
頭が地面に叩きつけられ、赤黒い液体が男の靴先まで跳ねた。
「ジマーマさ……」
「待てジルク」
アルクが慌てて口を塞ぐ。
容赦無く命を奪う男。後ろにはその仲間。
コムド村に戦力といえる人間はいない。闇雲に動くのは得策ではないのは明らか。
今すぐ飛び出しそうな自分自身を落ち着けつつ、アルクは次の動きを待った。
「いいか!もう一度だけ言う!今すぐ全員、外に出てこい。少しでも生き延びたいならな。」
村人たちは、すぐに村の中心に集められると、地べたに座らされた。
二人もそれに続き、最後尾に座り込んだ。
少し遅れて、ロロも現れると、隣に腰掛けた。
「ジルク……私たち……大丈夫だよね?」
「う……うん。ロロに何かあったらぼ……僕が……」
ジルクとロロは、無意識のうちに手を繋いでいた。
お互いに伝わる震えを共有することで、少しばかりの安心感を得ることが出来た。
アルクはそんな二人を気にしつつ、目の前の敵を見つめていた。
「俺たちは組織”ハムレット”。『ボックス持ち』を探しに来た。この村にボックス持ちがいることは分かっている。 今すぐ出てこい。そうすれば、これ以上死人を出さないと約束しよう。だが、俺たちは話し合いをする気はない。出てこないなら十秒ごとに一人ずつ殺す。それだけだ。いいな?1……2…….」
「待て。」
アルクにこれ以上の選択肢は無かった。立ち上がると、前に進み出た。
心配そうに見つめる村人たちであったが、一人一人に「大丈夫だ」と声を掛けていく。
男の前に立つと、声を荒げず、冷静に言葉を紡いだ。
「俺はアルク。この村で唯一のボックス持ちだ。これ以上この村の人には手を出すな。」
男はまじまじとアルクを見つめると、ニヤリと笑う。
「嘘は言ってなさそうだな。お前は目が違う。俺はグル。グル・アンダーだ。お前が大人しく俺たちについてくるって言うなら、この村の安全は保証してやる。」
アルクは仕方なく頷いた。
抵抗すれば四対一。村人達を守りながら戦える状況ではない。
そっとグルの後ろに意識を移した。
仲間の三人の配置を確認するためだ。
だが、奴らの姿がどうにも見当たらない。
その時だった。
そのうちの一人が民家から顔を出すと、笑い混じりの甲高い声を上げた。
「やっばー!やっぱこいつら魔物を喰っちゃってるよ!バッチーなー!」
ざわつき出す村人たち。
ジルクとロロは何が起こっているのかを理解できずに、首をキョロキョロとさせている。
「おい!やめろ!」
その声を静止しようとアルクが一歩前に出た瞬間、
「おっと、動くな。」
グルはアルクの胸に銃を突きつけた。そして、わざとらしく大声を張り上げる。
「あーそうか、ガキ共には教えてなかったのか。酷い大人たちだ。でも、仕方ねえか。言えねえな。言えねえよな!!!」
「頼む!......何も言うな!言わないでくれ……」
「魔物ってのはな、二十年前に起こった災厄の影響で変化した人間たちなんだよ!それを食ってるお前たちももう……人間じゃねえよ。」
崩れ落ちるアルク。
その姿を、ジルクはただ呆然と見つめていた。
「はあ……?嘘だろ?兄ちゃん……そんなの…..そんなの……嘘だ……」
村人たちを見渡しながら、グルは片方の口角を斜めに上げた。
「残念だが、人間を食う様な化け物どもは始末しないとな。仕方ねえよな。このままお前たちを野放しにしちゃあ、また食われるかも知れねえからな。人間が。」
「約束が違うだろ!それに、俺が目的なら、みんなを襲う必要なんてないはずだ!」
「おいおい、動物が人を襲ったら駆除するだろ?それと同じだろうが!」
「うるさい!ただの殺しを正当化しようとするな!」
「俺たちは至極真っ当な犯罪者だよ。もちろん、お前もな。」
「くっ…….みんな!逃げろ!」
一斉に散らばり、逃げ出す村人たち。
グルは首を何度も横に振りながら呆れている。
「おいおい。邪魔すんじゃねえよ。」
「黙れ。どうしてここが分かった。」
「ククク。簡単だったぜ?”村の英雄”さんの後をつけるだけだったんだから。」
「舐めやがって……お前は最初から、これが狙いだったんだな。お前だけは俺が……絶対に俺が……殺してやる。」
「一応ボスからは出来る限り『ボックス持ちは連れて来い』って言われてんだけどな。まっ、最悪『いませんでした』って言えばいいか。……っと、その前に。」
グルは走る村人をランダムに打ち始めると、仲間に合図を送った。
「全員やっちまえ。」




