アルクとジルク
ボックスと、その所有者について
ボックスとは、人類が先天的に身体機能とは別に体内に宿すエネルギーの塊であり、箱のような形状をしていることからその名で呼ばれています。
ボックスには原則として一つの特殊能力が宿っており、体を再生させる、召喚獣を呼び出す、あるいは単純に火を起こすなど、能力の種類は多岐にわたります。
しかし、ボックスは誰しもが持っているわけではなく、自分の中のボックスの存在に気づかぬまま生涯を終える者さえ珍しくありません。
また、ボックスを持つ者であっても、その個数は既に生まれながらにして決まっており、後天的に数を増やすことは不可能です。
ボックスを一つでも持っていれば町で随一の逸材と見なされ、二つあれば四大国家の精鋭部隊でも重用されます。そして、三つ以上となると、その存在は世界的に危険視されるほどの規格外とされます。
シーバス・リーベルトの脅威
世界最強と称されるシーバス・リーベルトのボックス数は、なんと一万を超えるとされています。この圧倒的な力ゆえに、仮に彼一人と全世界が敵対したとしても、最後に立っているのは間違いなくシーバスであると認識されています。
しかし、シーバスは英雄ではなく、十五年前の大災害を引き起こし、四体の災厄を使役して世界に深刻な大打撃を与えた「人類の天敵」。現在に至るまで、世界中で彼の捜索が続けられていますが、未だに有力な情報は得られていません。
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ユアノア大陸における基本的な歴史と教養P.24
(…ページを閉じる音)
「はい、じゃあ今日はここまでー」
大きなチャイムの音が、総勢六名の小さな教室に鳴り響いた。
ジルク・グレングラントは、教科書のたんまりと入ったリュックを背負うと、教室を後にした。
「はあ……」
木の柵越しに村の外を見つめながら、深くため息をついた。
「なーにどうしたの?ため息なんか吐いちゃってさー?」
そう言って肩をポンっと叩いたのは、同じクラスの少女ロロ・クックだ。
小柄な体に腰の辺りまで伸びた黒髪を揺らしながら、日差しに映える明るい笑顔を見せている。
ジルクは、ドキッとした心臓を落ち着かせようとしながら、わざと何でもないふうを装って視線を逸らした。
「兄ちゃん、まだ帰って来てないんだ。もう一週間だよ。」
「あーそっか……ジルクはアルクさんと二人暮らしだもんね。寂しいよね……」
「寂しくなんてないよ!でもただ……心配なんだ。この辺りも魔物が減っちゃったから段々狩りに行く距離が遠くなってるみたいだし。遠くに行けば行くほど危険も増えるし…….それに、僕には何も……出来ないから……」
大陸の外れにある、森に囲まれたコムド村。地図にすら載っていないこの小さな村は、どの国家にも属しておらず、完全に世界と孤立しているため、全てが自給自足である。だが、十五年前の災厄の出現における病の影響で、食物は育たず、川は汚染され、村人全員が十分な生活を送ることは不可能であった。
食糧不足で命を落とす者が頻発する中、魔物を狩って糧とする試みもあったが、一般人には危険が大きすぎ、現実的ではなかった。
そんな中、この村で唯一ボックスを発現させた者がいた。
ジルクの兄、アルクである。
アルクは村の人たちから『英雄』として崇められ、齢九歳の頃からこの村のために魔物を狩り続けていた。毎日のように飢餓で命を落とす村人が現れる中、アルクの狩りは、文字通りこの村にとっての希望であった。
「兄ちゃんはずっと一人で戦ってるんだ。この村のみんなが生きるために。僕と二つしか年齢は変わらないし顔も体格だって別に変わんないのにさ……くっそー僕の中にもボックスがあればなー。どーんってやってばーんってやってぶーんってやっちゃうのに!」
ヘンテコなジェスチャーをしながら、踊るようにイメージの中の自分を披露するジルク。
ロロはクスクスと笑う。
「ははは。何それ。変なのー。でも、そんなジルク君にロロさん特製のこれをあげちゃおう」
そういうと、ロロはポケットから小さな何かを取り出し、ジルクに手渡した。
「……何これ?」
「ジルクの願いが叶うお守り。三日もかけて作ったんだから大事にしてよ」
「ありがとう。でも、なんで僕に?」
「なんでって。今日はジルクの誕生日でしょ?でもこの村には、何もないし…….
ほら、アルクさんもあんまり帰ってこないじゃない?だから、私ぐらいはジルクのこと祝ってあげたいと思って」
「そっか。じゃあいっぱい願っちゃおっと。えーっと……兄ちゃんが早く帰ってきますように。僕にもボックスが発現しますように。あと、村のみんながご飯を気にせずいっぱい食べられますように、あとあと……」
「バカだなージルクは。そんなにいっぱい叶うわけ……」
「ロロがとっても幸せになりますように」
ジルクはお守りをぎゅっと握りしめると、曇りのない祈りを込めた。
すると、村の入口がどうやら騒がしい。村の者たちが一人、また一人と集まりだしている。
「英雄が帰って来たー!」
「こんだけデカけりゃ、一ヶ月は持つぞ!」
一人の男を囲むように、村人たちは興奮の声をあげている。
「……兄ちゃん!?」
ジルクは思わず、お守りを握りしめた手を胸元に引き寄せる。村の入口に現れたのは、人の数倍はあろう魔物の死体を悠々と引きずる、アルクだった。
「ロロすごいよ!本当に願いが叶っちゃった!」
一段高くなった声で叫びながら、力一杯ロロの肩を揺る。
「いや、ちょっと……たまたまだって」
「たまたまなもんか!にいちゃんが帰って来たのは事実なんだからさ。このお守りがあれば、僕は無敵だー!!!!」
「ふふふ、そうだといいね」
騒がしい村人たちとは対照的に、二人の間では穏やかな時間が流れていた。
「でもジルク……アルクさんのこと、迎えに行かなくていいの?」
素朴な疑問に、ジルクは視線を逸らし、目を細め答えた。
「いいんだ。兄ちゃんは、村の人たちにとっての英雄だから」
太陽が、今日一日の終わりを告げるように赤く、強く輝いている。まるで、これが最後の輝きのように。
この時はまだ、この村の誰も気づいていなかった。たったの五時間後、コムド村が、ただの更地と化すことを。




