2. レベルアップの代償
ネズミを喰らってから、数十分が経過した。
俺の体内には、微かな満足感と、じわじわとした“成長の感触”が残っている。
【現在経験値:7/50】
……まだ、道のりは遠い。
それでも《ダンジョン虫》に比べれば、ネズミの方が圧倒的に効率がいい。
だから俺は、より強くなるため、ネズミを狙って這い続けていた。
「キュッ」
遠くから、かすかな鳴き声。
俺はぬるりと岩陰に身を隠し、気配を潜める。
体温、振動、臭気……すべての“気配”を内側の核で感じ取り、集中する。
(……来る)
細い通路の奥から、もう1匹――《ダンジョンネズミ》が姿を現した。
体長は20センチほど、さっきのやつと同じくらい。
動きは速いが、パターンは単純。隙はある。
(ここ……!)
俺は、地面を這いながらネズミの足元へ“飛び出す”。
液状の触手が地面から伸び、ネズミの右前足を拘束!
「キィイッ!」
だが、今度のネズミは暴れ方が違った。
すぐに身体をひねり、前足を自ら噛み千切って逃げようとする。
(……チッ、強引な!)
それでも俺は、粘液をさらに延伸し、胴体ごと拘束。
捕食範囲に引きずり込んで――
【捕食成功】
【獲得経験値:3EXP】
【現在経験値:10/50】
(よし……10。やっと五分の一)
……だが、勝利の余韻に浸る間もなく、異変が起きた。
急激な疲労感。スライムの体全体に広がる“だるさ”。
(なんだ……?)
――答えは、すぐに表示された。
【スキル:捕食(未熟)による消化負荷が蓄積しています】
【効率が一時的に低下します】
(は……?)
要するに、食いすぎで疲れたってことだ。
捕食のスキルレベルが低いため、連続で高栄養のものを吸収すると体が処理しきれない。
つまり、効率よく経験値を稼ぐには、“休憩”が必要。
(くそ……現実的すぎるだろ、この仕様)
狩って、喰って、休んで、また狩る。
まるで労働だ。だが、現実の労働と違って、報酬は“進化”だ。
その報酬を得るためなら、何度でも繰り返す。
そう、たとえ身体が重くなっても、神経が焼けても――
ぷるり、と震え、俺は再び這い始めた。
◆
【現在経験値:15/50】
3匹目のネズミを喰らい、気づく。
動きが少し速くなっている。粘液の反応も鋭く、敵への捕食開始速度が短縮している。
スキル経験か、身体構造か。何かが確実に“成長”している。
(ステータスは変わらなくても、俺は強くなってる)
その実感が、何よりの栄養だった。
◆
――次の瞬間、岩陰から飛び出した《ダンジョンネズミ》が、俺の頭上へ跳びかかる!
(来た! 反射――!)
がっ!
鋭い前歯が俺の核に近い部分をかすめる。
(痛っ……!?)
これまでの相手は“喰うだけ”だった。だが、今のネズミは違った。
核を狙ってきた。
スライムにとって、体の中心にある「魔力核」こそが本体。
そこを潰されれば、どれだけHPがあろうと終わりだ。
(やべぇ……ガチで死ぬ……!)
焦りの中、俺はとっさに身体を裂いて“分裂”し、核を守る位置に移動させた。
――ゴッ。
牙が空を切り、ネズミが着地。だがその瞬間、俺の粘液が再び絡みつく!
「ギャッ!?」
【捕食成功】
【経験値+3】
【現在経験値:18/50】
(ふぅ……危なかった)
一瞬の判断だったが、あれがなければ俺の命はなかった。
◆
……思い知る。
この世界は、ただ喰えばいいわけじゃない。
命懸けの戦いの中で、ギリギリを制した者だけが“成長”を手にできる。
【現在経験値:18/50】
まだ半分もいっていない。
この先、もっと強い敵が出てくる。もっと危険な状況もある。
けれど――
(それでも、俺は進む。喰う。生きる。進化する)
なぜなら、この世界で俺が持っているものは、
この肉体と、“成長”だけだからだ。
レベルアップ、それが全て。
ただそれだけの話――それだけが、この命の証明なのだから。
――To be continued…