1. 生まれたのは、最弱で最底辺
ぬるり、とした感触が、全身に広がる。
何かから孵化したような、膜が破れるような感覚だった。
目はない。耳もない。だが、空気の振動、地面の温度、周囲の匂い――
“何か”を感じ取る感覚が、確かにある。
(ここは……どこだ)
音にならない思考だけが、濁った液体のように脳内に浮かんでくる。
次第に、俺の存在を取り巻く環境が明瞭になっていく。
湿った空気。ぬかるんだ地面。ほんのりと腐臭を含んだ風。
遠くで岩が崩れる音と、金属の擦れるような「チィ……」という虫の羽音。
ここは、地上ではない。
暗く、深く、閉ざされた地下――
(ダンジョン、か)
そう直感した。
――そして、それ以上に俺は自分の身体に驚愕する。
腕がない。脚がない。
自分の意思で動かせるのは、ぐにゃりとした“ゼリー状の何か”だけ。
(……スライム、だと……!?)
気づいた瞬間、脳内に文字列が浮かんだ。
⸻
【ステータス表示】
名前:なし
種族:スライム
Lv:1
HP:10/10
MP:0/0
攻撃:1 防御:1 敏捷:1
スキル:捕食(未熟)
必要経験値:50EXP
現在経験値:0EXP
⸻
(ゲームかよ……って言いたいところだけど、これは現実だ)
肌で感じるこの生臭さ、空気の湿り気、岩を這う虫の足音――全部リアルだ。
これは“そういう世界”に、俺が最弱のモンスターとして生まれたという現実。
(なら、やるしかねえ。強くなるしかねえ)
このステータスの「捕食」ってやつが俺の唯一の武器。
試してみるしかない。
ゴソゴソと動く気配。目では見えないが、音と振動でわかる。
足元に、小さな虫――《ダンジョン虫》がいる。体長3センチほどの甲虫。
(まずは、こいつからだ……)
ずるり、と身体を伸ばす。
ゼリー状の体で這い寄り、じわじわと接触。
触れた瞬間、ぬめりが相手の体を覆い、内部から分解が始まった。
【捕食成功】
【獲得経験値:1EXP】
(……1だけ!?)
必要経験値は50。虫を50匹食わなきゃレベル2にならない。
(マジかよ……!)
けれど、嘆いても仕方がない。
レベルが上がらなければ、生き残ることすらできない。
この世界のルールは単純だ。
喰うか、喰われるか。それだけ。
◆
数分後、俺は2匹目の虫を喰っていた。
粘液がじわじわと虫の体を溶かし、経験値が身体に吸収されていく。
【獲得経験値:1EXP】
【現在経験値:2/50】
(……全然たまらねえな)
そして、思ったより虫は簡単には見つからない。
見つけたとしても、岩の間に逃げ込まれたり、羽音を残して飛び去られたり。
しかも、俺の体は移動が遅い。
粘液を引きずるように進むのに、1メートル移動するだけでも30秒以上かかる。
(これ、想像以上に地獄じゃねえか……?)
捕食の間も集中力がいる。
相手の動きを捉え、分解するまでの数秒間は無防備。
もし今、強めのモンスターに見つかったら――
俺なんて、即・捕食される側だ。
◆
(どうする……もっと効率いい方法はないか)
そんなことを考えながら、さらに3匹目、4匹目と虫を捕食していく。
【現在経験値:4/50】
……そのときだった。
遠くから「キュキュ……」と甲高い声が聞こえた。
その音と共に、岩陰から姿を現したのは――《ダンジョンネズミ》だった。
【種族:ダンジョンネズミ(Lv2)】
【体長:約20cm】
【警戒中】
(こいつ……! 経験値は、虫より高いはず)
《ダンジョンネズミ》の基本経験値は【3EXP】。
もし倒せれば、虫3匹分に匹敵する。
(いくしかねえ!)
俺は静かに距離を詰める。
だが、ネズミは鋭い。体をひくりと震わせると、岩の向こうへ逃げようとした。
(させるか!)
俺は身体の一部を射出するように伸ばし、ネズミの前足を捕らえる。
ズルッ!
ネズミが暴れる!だが、逃さない。
粘液を一気に拡張し、足→腹→背中へと絡めとる。
「キィイイッ!」
最後は、頭ごと包み込み――
【捕食成功】
【獲得経験値:3EXP】
【現在経験値:7/50】
(やった……初めての“まともな敵”……!)
だが同時に、気づく。
(これでも、7か……。まだ43足りねぇ)
《ダンジョンネズミ》をあと14匹近く狩らなきゃ、レベルは上がらない。
当然、そんな都合よく出てくるはずもない。
(……長い旅になりそうだ)
だけど、それでも――この手応えは悪くなかった。
「食って、成長する」
この感覚、クセになりそうだ。
ぷるり。
俺は再び、ダンジョンの暗がりへと身を滑らせた。
最弱で、底辺で、だけど確かに――ここから、始まる。
――To be continued.