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放課後



希夜香さんとは3年生の教室前で解散した。勉強会の予定もあったし、何よりあいつに話を聞かなければ呪いも何もわかったもんじゃない。今日のところは情報収集に精を出すとしよう。


それにしても、さっきの希夜香さんの話、どこまでが本当なのだろうか。

今でも実感が湧かない。1週間で誰の記憶からも存在が消える呪われたJKか。そして、急にリア充の仲間入りをした俺。情報量が多すぎて脳の処理が追いつかない。パンク寸前である。

希夜香さんは、「呪いは大して不便ではない」なんて言ってたけど、誰の記憶にも残らないということは、繋がりが断たれているということだ。

本人が言っていた通り、言うなれば世界から隔離された存在、世間の異物。そんな状況で彼女は日々、どんなことを思いながら、何を感じながら生活しているのか。


もし俺が同じ立場だったら、間違いなく耐えられなかっただろう。

あまりにも想像がつかないので、一旦この件を考えるのは止めることにする。



「小太刀、そっちは終わった?」



少し控えめな声が、教室の入り口から聞こえてきた。そこにはゴミ箱を抱えた金髪JKがいた。



「あぁ、あらかた片付いたよ。まったくテスト期間中だってのに、なんで俺たちがこんなことせにゃならんのか。なぁ神代こうしろ?」



「でも仕方ないよ。日直の子、帰っちゃったみたいだし。先生もテストのことで色々忙しんだからさ。」



「確かにそうかもしれないけどさ、それにしたって人使いが荒いよな、獅子原先生。今度なんかお願い聞いてもらわないと割に合わん。」



教室に戻ってきた俺はそのまま七海の家に向かおうとしていた。教室にいたのは、今目の前で優しい笑顔を浮かべている神代奏こうしろかなでだけだった。


すると、担任の獅子原先生が教室に来て、「日直が帰っちゃったから、お前たち代わりに仕事やっといてくれないか?褒美にテストの点を5点上乗せしといてやるよ。」なんてことを言って、俺たちの返事を聞かず颯爽とどこかへ行ってしまった。

テストの点数操作するの普通にアウトだろ、そんなことを軽く言ってしまうあの教師、大丈夫だろうか。


というわけで半強制的、いや全強制的に仕事を押し付けられた俺と神代は、仕事を分担して処理していた。俺が教室の掃除、神代には提出物を職員室に持っていってもらい、ゴミを処理場に持っていってもらった。残るは前に集められた机をつるだけだ。

俺は無意識に時計をみる。13時か、勉強会は14時からって言ってたし、なんとか間に合いそうだな。遅刻なんてしたら七海が色々とうるさそうだし。

俺たちは前方にかためられている机を持ち上げる。



「先生も大変なんだよ。あんまり大変なこと言っちゃダメだよ?小太刀。」



キラキラと光るロングの髪を靡かせながら彼女は優しくそう言う。金色のような輝きを放つ瞳に、俺は危うく吸い込まれそうになる。



「グラウンドを兎跳びだけで一周してもらうか。あの人最近運動不足って自分で言ってたし、ちょうどいいだろ。」



そして見てる分には面白い。これは誰も不幸にならないWinWinの取引になるかもしれない。



「いや、運動不足の人にやらせる強度じゃないよね?多分合計4人くらいの獅子原先生が死んじゃうよ?」



つっていた机を置き、わちゃわちゃしながら答える神代。なぜお前がそこまで困っているんだ?

そして獅子原先生、いつの間に分身の術を覚えたのだろうか。



「小太刀の頼みだったら、先生じゃなくてボクが引き受けるよ?なんでもやっちゃうよ?」



自分の中で何かが解決できたのか、少しこちらに近づいて胸の辺りに手を当てる神代。少し誇らしげにしているのは何か意味があるのだろうか。よし、そっちがその気ならこっちも受けて立つぞ。



「じゃあその持て余してる胸でも揉ませてもらおうか、神代。最近急激に大きくなっているみたいだし、揉みがいがありそうだぁ。」



俺は両手で空気を揉んで見せる。そして視線をジトーッと目から下に少しずつ下げていく。



「ちょ!なんで知ってーーーじゃなくて、なにを言ってるの小太刀?!」



咄嗟に自分の胸を抱くようにして、俺の視界から胸部を外そうと後ろを向く。

またちゃわちゃしてるな、神代。肩越しに振り向く顔はほんのり赤くなり、ぷくーっと口を膨らませている。

俺と神代は、こういうことを言い合える仲なのだ。これは決して同級生へのセクハラではなく、俺たちの距離感でのコミュニケーションであり、俺たちにしかわからないことなのだ。運が良ければ触れるかもなんてまったく思っていないから安心してほしい、本当に。


ってあれ?どんどん俺から遠ざかっていくのはなんでだ、神代。瞳も輝きが消えて軽蔑の目に変わっているように見えるのは幻覚だろうか。



「ま、まぁそもそも日直ほっぽり出して帰ったやつが一番悪いから、今回は大目に見ておくよ。いつかよろしくな神代。」



好感度死守のため、取り消しのコメントをはさむ。それでも、空いた距離感が縮まった感はない。



「なんでボクが大目に見られているんだろう。というか、絶対に嫌だからね?!そういうことするなら色々と手順というか、その前にやっておくことがあるというか…」



驚きと呆れた顔を混じらせた神代は最後まで何かを言い切らず、はぁと一つ息を吐いて気を取り直して机をつっている。

そういえば、神代とこうやって2人で話すのは久しぶりだな。

最近、神代の周りにはいつも人がいて、いつも賑わっている。俺が入り込む隙なんてないくらいに。1年前とは比べ物にならない現状に、俺は感動に近いものを感じてしまう。これが、感慨深いというやつかな。

俺しか友達がいなかった神代が、いつの間にか遠くまで羽ばたいて行ってしまったのが少し寂しくもあるのだが。

まぁ、ただ置いていかれたっていう説もあるが。俺は友達が少ないが、これは望んだ結果であり、神代のことを羨ましいとか思っているわけではない。



「そういえば、今日の日直って結局誰だったんだろ?」



あぁ、我ながら大事なことを確認し忘れていた。



「確かにそうだ。炙り出してそいつの借りにしておかないとな。とりあえずメロンパン1年分を買ってきてもらうか。」



「こーだーちー。忘れるのはしょうがない事だよ?ボクそういうのあんまり関心しないぞー。」



親に叱られたような気分だ。でも今回の件は俺は悪くない、そこだけは変わらない事実だ。

どっちにしても今日の日直が気になったので、最後の机をつり終え教卓の中に入っている日直表に手を伸ばし、中身を確認する。



「えーと、今日の日直は…」



日直表を眺める俺の肩越しに神代も眺めている。右肩に温かい感覚が貼り付く。

うーん、近い。

煩悩を捨てて改めて表を凝視する。そこには林と江方の2名の名前が記されていた。林は今日体調不良で休みだったな。ということは…



「江方さん、だったんだね。」



名前を見た途端、眉間にしわが寄る。



「あいつ、変な同好会の勧誘は欠かさずやっているくせに、日直の仕事はサボりやがったな。しかも2年生になって3回目、一度も仕事してないじゃないか!とっちめてやる。」



「まぁまぁ、日直の仕事って1人じゃ大変だし、結果的にボクたちが2人でやって良かったとも言えるんじゃないかな?」



神代は少し遠慮気味な顔で教室を出ようとする俺をなだめる。その顔を見るとどうしても怒りの感情が薄れるが、これはあいつのためでもあるのだ。



「だがな、俺はあいつの日直の当番を3回全て請け負っているんだ。3回だぞ?3回。これが怒らずにいられるか!こういうのはな、1回許すと一生サボるんだ。今回という今回は許さん!」



「それは…で、でも!」



それでも俺の服をつまんで引き止めて来る。その力はあまりにも弱い。だが、俺の歩みは止まる。振り返ると、神代は服をつまんだまま俯いている。

神代よ、なぜお前が俯いているんだ?



「ボク、小太刀と日直の仕事ができてすっごくすっごく楽しかったよ。最近あんまり話せてなかったし。小太刀は、そうでもない?」



顔を上げる神代はにっこり笑っている。

神代…。こいつは今、俺も江方も傷つかないよう振る舞っているのだ。そんな善意を無碍にする事は、俺にはできない。なぜだか、さっきまでの自分の振る舞いが急に恥ずかしくなる。



「ま、そうだな。教室に残っていたのがお前でよかったよ。」



江方、お前はいいクラスメイトを持ったな。俺は神代の言葉で溜飲を下げる。



「ただな神代、そういった純度100%の善っていうのはいつか自分の身を滅ぼすぞ?」



「え?どういうこと?」



神代は不思議そうに首を傾げている。



「そんななんでも人の頼み事を聞いていたら、いつか誰かから「胸を揉ませろ」って言われた時も断りきれず、そのままよからぬ方向へと人生の道が逸れていくぞ。」



「そんなこと、あなた以外から言われません。」



やめて、その軽蔑の目。頼むから。

軽い冗談じゃん?



「じゃあボク帰るから、小太刀も気を付けてね。」



カバンを持って颯爽と帰っていく神代。

ちょっといい雰囲気を台無しにしてしまった俺は、仕事を終えて教室を後にした。


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