ラレモ②
◇
はぁ。
映画を見終えた俺は、すっかりぐっしょりと濡れて張り付いてしまった服を肌から引き剥がす。
気が重いまま映画館から出てくる。
これまで映画館でホラー映画を見たことはなかった。こんな軽い気持ちで観るものではなかったと、内心8割後悔している。
立体的な音響に大迫力のスクリーン。怖がらせるのにこんなうってつけの場所は他にないだろう。
だが、隣で見ていたいじめっ子JKは平然としている。なんなら少し物足りなさそうだ。
「まあまあだったわね。ただ、ストーリーとして仕方がないのかもしれないけれど、あのヒロインの行動にはさすがに納得ができなかったわ。」
とても冷静な解説が横から流れてくる。
「主人公を見捨てて1人で逃げちゃったところですか?」
殺人鬼に追いかけられた主人公とヒロインは、最終的にヒロインだけが逃げ延びて平穏な生活を取り戻して完結した。かと思われたが、最後のワンシーンで殺人鬼と主人公が楽しそうに日常生活を送っているところで映画は終わった。
「俺としては、どうしてあの2人が仲良く暮らしているのかの方が気になりますよ。」
「そりゃ脅されているからに決まっているでしょう。」
いつ殺されるかわからない状況で、殺人鬼とあんなに仲良さそうに過ごせるものなのか。俺なら逃げるか反撃…いや逃げそうだな。
「いやいや、そもそも本当にそうなんですかね?俺はこう思いました、あの殺人鬼は主人公のことが好きだったんではないかって。」
俺はちょっとした考察を、ポップコーンのからばこを捨てる希夜香さんにぶつける。
少し意外な角度の考察に、さすがの希夜香さんも食いついてくる。
「そうだったとして?」
「主人公を助けるためにヒロイン共々襲ったふりをして、2人を引き離したんです。」
「で、ヒロインだけを逃がして、というより追い出して、めでたく殺人鬼は主人公とハッピーエンドってことかしら?」
「ええそうです。事実、あの殺人鬼の目的は最後まで明らかにはなっていません。誰も殺していないのだから殺人が目的ではない。やはり最後のワンシーンこそが、殺人鬼の望んだビジョンだったと思うんですよ。」
「よくもまぁそこまで想像を膨らませられるわね。一緒に観ようと勧めておいてなんだけど、私よりも作品への愛を感じるわ。」
せっかく観たのだから、考えていたことを話さないともったいないからな。俺は意に介さず話を続ける。
「もっと言えば、ヒロインが主人公を脅していたんじゃないかって思うんですよ。元々二人は恋人関係ではなくて、主従関係というか奴隷のように扱っていたというか。そうすれば、ヒロインが逃げた事にも説明がつきませんか?」
希夜香さんは暗い映画館から明るいアウトレットの明かりの境目で立ち止まる。
「確かに、全て宰くんの考察通りなら、あの奇妙なタイトルにも説明がつくかもしれないわね。」
ーーずっと昔から好きでしたーー
確かに、長年思い続けていた殺人鬼の思いがようやく成就したいわば、ホラーラブストーリーだったわけか。まぁ、殺人鬼と呼んではいるが、実際に人を殺すシーンはひとつもないからそこも確証がないが。
「あ!宰!!」
後ろから半泣き声でこちらへ助けを求める声が聞こえる。
「いるなら言ってくれよぉ!結局映画観させられたんだぞぉ!殺人鬼怖すぎるだろぉ。」
あぁ、多分その映画は俺も観ていたぞ。だから俺は何も悪くない、うん。
振り返ると、そこには俺にすがる弱々しい田辺がいた。少し怒っているようにも見えるが、こいつは怒っても凄みがない。
「よかったじゃないか、2人でピンク色の時間を過ごせたんだろ?」
「ピンク色?なんだそれは?」
「そりゃイチャイチャラブラブな…」
バコッ!いてっ!
俺の頭に勢いよく学生鞄がぶつかる。もちろん意図的に、この七海が犯人だ。中に硬いものが入っていたのか、勢い以上に痛みが残る。
「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ!だいたい、2人で観たのはあんたが来なかったからで、私は別に2人で観たいなんて思ってなかったわよ…。映画館の音響で鼓膜を破られて死ね!」
そんなこと言って、口元がニヤついているぞ。もうさっさと告白して堂々とイチャコラしてくれよ。奥手な七海に対して、俺は心でそう伝える。
ってあれ?俺は周りを見渡す。
「どうしたんだよ宰。」
「今ここに希夜香さ、女の人がいただろ?先輩。どこに行った?」
「うん?いたかな?俺は最初から宰しかいないように見えたけどな。」
「ええ。あんたが1人寂しそうにしているようにしか見えなかったわ。」
2人は目配せをして首を傾げている。どうやら希夜香さんのステルス能力が発動したらしい。俺は携帯を取り出し電源を入れる。
田辺は俺の近くに忍び寄り、ヒソヒソ声で話しかけてくる。
「なぁなぁ宰。それって例の好きな人ってやつか?」
「あぁ、まあな。」
電源のついた携帯には50件近くの通知がきていた。ほとんどが田辺からのSOS(フル無視)だったが、新着のメッセージだけは希夜香さんからのものだった。
『今日は帰るわ。お友達さんと仲良くやりなさい。楽しかったわ。』
希夜香さんにしては普通というか、もはや物足りないというか。
待てよ。というか、帰り道は同じなのだから一緒に帰るのが一般的だよな。こんな解散の仕方をするカップルなんて聞いたことがないぞ。
『一緒に帰りますよ。バス停で待っててください。』
返事はすぐに返ってくる。
『寄りたいところがあるから大丈夫よ。また明日会いましょう。』
寄り道があるのか。であればしょうがない。
本当はまだ希夜香さんとよりたい場所もあったが、一人で行きたい時も場所もあるだろう。少しよそよそしいメッセージに若干の違和感を持ったが、俺は了解のスタンプだけ送信して携帯を閉じる。
仕方ない、今はこのバカップルと遊んでやるか。いいや、まだカップルじゃないからただのバカコンビか。
携帯にもうひとつ通知がくる。覗く。
『ごめんなさい、ホテルに行きたかったのね。配慮が足らなくて申し訳ないわ。でもまだ早いわ。そういうのは責任が取れるようになってからよ。』
よかった。いつもの希夜香さんだった。
「なんか帰っちゃったみたいだ。だからお前らと遊んでやらんこともないぞ?」
田辺は少しぼーっとしているようだった。その顔には少し曇りがあるような気がした。
さっき見た映画がよほど怖かったのだろうか。
「おーい、田辺?」
はっと気がついたように俺の言葉に反応して目が合う。
「あ、悪い悪い。彼女さん帰っちゃったの?俺一目見たかったよ。」
色々諸事情もあるし、今会わせてもなぁ。
あと、希夜香さんと田辺はなんだか相性が悪そうだ。田辺が一生いじめられる未来しか見えない。
いつもの調子に戻った田辺の横で、クスクスと口を手で押さえる七海が割り込んでくる。
「振られたんじゃない?いい気味ね。」
おい、お前の心の中を田辺に全部話すぞ?と脅そうとも思ったが、俺は真のジェントルマン、声にはしない。
「このタイミングで振られたんなら、間違いなくお前らのせいだからな。」
「は?あんた自分の責任を他人に擦り付けるわけ?これは粛清が必要なようね。」
映画館を出てゲームセンターに入る。映画の半券があると1回UFOキャッチャーが無料でできるため、いつも映画鑑賞の後にはここにくる。希夜香さんの半券ももらっておけばよかったな。
「おう、望むところだ!ケッチョンケチョンにしてやるから覚悟しておけよ!」
俺と七海は向き合って白いマレットを持ち、風の感触を感じる。そう、俺と七海はエアホッケーで決闘をする。
「いつも通り、11本勝負だ。」
「さっさと始めるわよ、このタコスケ振られヤロウ。」
こいつ…、ぜってぇにボコしたる。
周りの目など気にしない俺と七海のエアホッケー対決はアツい攻防戦を繰り広げ、6勝5敗で俺の圧勝となった。紛れもなく、圧勝だ。




