サボリ
読みに来てくれてありがとう!
是非最後までよろしくお願いしますm(__)
ポイントが40ptくらいいけば続編書こうかと思います!!
◇
「コーヒーでいいかしら?」
「はい、ありがとうございます。」
そのまま希夜香さんの部屋に上がらせてもらった。今日は2人仲良くズル休みだ。希夜香さんは部屋着に着替えるとケロッとした表情で出てきた。
俺が通されたのはリビング。食事用机がキッチン側、大きくも小さくもないテレビとソファが窓側に置かれている。机の向かいには観葉植物も置いてあるが、なんかこう、生活感があまり感じられなかった。よく見ると、観葉植物に元気がない。
希夜香さんは少しダボっとした紫のフード付きパーカーに、中は薄手の白いシャツ。下は灰色のショートパンツという上下の気温差が激しい装いだ。
これはいわゆる男をイチコロにするやつショートパンツか。そして、今その被害者は1人増えた。
「さっきはその、ごめんなさい。なんだか取り乱してしまって。」
少しは容姿の件を絡ませてくるかと思いきや、さっきの一件を意外と気にしていたようだ。希夜香さんは俺の目の前にコーヒーの入ったティーカップを置き、向かいの椅子に腰掛ける。
私服に着替えた希夜香さんは、栗色の髪の毛もポニーテールにしている。普段と違う髪型というのは、それだけで新鮮で見ていて飽きない。
「いえいえ、希夜香さんの珍しい一面がみれて、俺は満足ですよ。」
ズル休みと希夜香さんを独り占めしている優越感に浸りながら、出来立てコーヒーをいただく。
アツ。
反射的にティーカップから口を離す。
「そういえば追加料金が発生するプランだったわね。後で徴収するわ。」
なんだそのいかがわしい店みたいなシステムは。というか追加料金?すでに料金が発生しているということか?まあ実際、お金払うだけの価値あるものはみれたわけだが。
「それに呼び捨てにしたわよね?私のこと。これはVIPサービスレベルね。」
「勘弁してください。妹に飯を食わせられなくなります。」
おそらく、このVIPサービスによって俺の財布は破綻するのだろう。今は結構お金が入っているから勘弁してほしい。
「…嘘よ。ちょっとカッコよくてキュンキュンしちゃったわ。」
ボソッと喋る希夜香さん。
冗談じみて言うつもりだったのだろう。予想外に顔を赤らめてそっぽを向く彼女が、すごく愛おしく感じた。
「合計で15万円になります。」
うん、ちょっとお金借りてくるね。
少しの間、2人でボーッとしていた。文字通り適当に流していたニュース番組を意味もなく眺めていた。お天気のお姉さんが今日は雨だと言っていたが、こちらはそんな気配もないほどの快晴だ。
携帯には3通のメッセージが来ていた。1つ目は田辺。
『気合いと根性って、なにが違うと思う?』
意味のわからないメッセージは基本スルーだ。えーと、次は2つ目、七海からか。
『大丈夫だ、うん。』
何かよくわからんが大丈夫らしい。でも”大丈夫”って普通休んでる側が言うと思うんだけどな。もしかしてズル休みってバレてるのか?もしあいつがズル休みをも見破る天才だとしたら、もうあいつは全知全能としか言えない。明日からゼウスと呼ぼう。
3つ目は、神代か。最近では桜坂咲良という歩く凶器と一緒にいることが多いから、連絡の頻度も減っていたが…。
なんか桜坂、やたらと俺が嫌いなんだよな。心当たりがないのが逆に怖い。
『体調大丈夫?放課後にお見舞い行っても大丈夫?』
俺の周りにいる人間は大抵頭のネジが外れている。その中でこの神代だけは、なんとかそのジンクスに抗おうとする希望の星だ。たまに過保護な親のように接するのは小っ恥ずかしいが、全然許容範囲だ。
『もうすっかり治ったから大丈夫だ。心配無用だ。』
この後、さらに追い心配メッセージが飛んでくるだろう。とりあえず俺はそっと携帯を閉じておく。
「心配してくれる同級生に嘘をつくなんて、悪い子ね宰くん。」
小さな声だった。背中越しに耳元で囁かれてゾワっとする。正直悪くない。
希夜香さんはトイレから帰ってきて再び俺の対面の席に座ると、湯気が消えたコーヒーの残りを飲み干した。
「私ね、生まれた時から母親1人に育てられてきたの。」
希夜香さんは口を開いた。なんの前触れもなく本当に突然だった。もしかしたらさっきから話すことを考えていたのだろうか。
「お母さんは普段看護師をしながら、女手一つで私を育ててくれたわ。当時の私にはわからなかったけど、結構無理もしてたみたいだった。私には言わなかったけど、他にも仕事をして生活費を捻出しながら家事育児も同時にこなして、今考えたら素直すごいとに思うわ。」
自分の過去について整理しようと考えたが、とりあえず希夜香さんの話を聞く。
「父親は居たには居たんだけどね、結構大きな企業の社長で、金持ちよ。ただ、性格は酷いもので、お母さんにお金を渡さないだけでなく、女を取っ替え引っ替え、気に入らない奴には暴力を振るっていたりもした、正真正銘のクズよ。
挙げ句、何か問題があったらすぐに金で揉み消し。そしてなぜか、そいつは全交際女性から浮気が許されていたの。私の母親も公認で他にも家庭を3つを持っていたわ。」
まるで赤の他人の説明するような口調の希夜香さんは、おかわりのコーヒーを注ぎに電子ポットの電源を再度入れにいく。
俺は空っぽになったカップを無意味に撫でる。
「なぜそいつの浮気が許されていたのか、私にはわからないわ。金で黙らせていたのか、それ以上の引き寄せる何かを持っていたのか。考えたくはないけれど。」
テレビから食レポの音声が流れてきたので、俺は電源を消した。
「母親は基本優しかったわ。おねだりした物は大抵買ってくれたし、勉強も見てくれて旅行にも行った。一般的に見ても”普通の母親”として私を育ててくれた。ただ、父親のことに関して、お母さんは異常だった。常に父親のことばかりを考えて、年に数回の父親と会う機会をずっと楽しみにしてた。カレンダーで「あと何日」か数えたりしながらね。ほんと、子どもみたい。なんで家庭をほったらかしにしている人間と会うのがそんなに楽しいのか。正直狂気に似たものを感じていたわ。私も付いてくるかと聞かれたことがあったけれど断ったわ。あんな人間に会いたくないっていうのもあったし、なんだか知らないお母さんの一面を覗いてしまいそうで、怖かったから。」
希夜香さんはいつもの無機質な顔で注いできたコーヒーを両手でゆっくり飲む。
「それでも私とお母さんはごく普通の家庭だったと思う。ちょうど中学に上がる頃だったかしら、全てが変わったのは。父親が、「優秀な子どもの母親と正式な婚約関係になる」と言ってから。私は直接その言葉を聞いたわけではないけれど、連絡があったその日からお母さんの目の色が変わった。
それまで私の自由だったものが、どんどん縛られていった。まずは時間。お母さんは私に、学校に行く時間と寝る時間以外は全てを勉強と習い事に充てるよう強制した。もともと私、そつなくこなす方だったから習い事で困ることはなかったけど、興味もないことに時間を浪費するのは本当に退屈だったわ。
次に友達。お母さんは成績の良くない友達とは全て縁を切り、優秀な友達だけを作るよう強制した。正直ね、私は頭の良い子、あんまり好きじゃないのよ。なんかこう、”自分は1つ上の階層にいます”的な雰囲気がどうも苦手でね。上辺だけの付き合いで話す会話はもう無価値という他なかったわ。まぁそれは私が思っていただけで、相手はどう思っていたか知らないけど。少なくとも私は楽しくなかった。
それ以外にも相手と対する際の作法や立ち振る舞い、趣味や特技まで、お母さんに強制をされていった。」
淡々と話し続ける彼女の顔には、暗い影が張り付いているようだった。いつもと変わらないように見えて、どこか寂しそうに見える。
「嫌にならなかったんですか?」
希夜香さんは過去を取り戻すように天井を見上げる。
「うーん。私、それ自体はそんなに嫌じゃなかったかもしれないわ。それまでも何かに本気で打ち込んだり、本気で誰かと仲良くしようなんて思っていなかったし。それに、お母さんが私を見てくれているっていうのが当時の私には結構嬉しかったのよ。そしていつか絶対、父親より私を好きになってもらおうと思って頑張ったわ。」
子どもの一番間近にいる両親。普通、子どもは誰よりも親から愛情を注がれる権利を持つ。だけど、希夜香さんの両親にはそれが当てはまらなかった。
愛は捻じ曲がって、子どもは道具だと錯覚した哀れな母親、俺にはそう思えた。
「で、高校での三者面談。もちろん私はお母さんに出てもらう予定だった。でも、予定の時間になっても、終わりの時間になっても、お母さんはきてくれなかった。私は知ってた。その日は”父親と会える日”だったということは。教師はすごく困っていて、なぜか私も涙が出てしまって、地獄のような空気だったわね。」
今の俺がどう思おうと、過去が変わるわけではない。なのになぜか、俺の拳には力が入っている。その場面を想像しただけで、やるせなさを覚えたからだろうか。
「私は悔しかった。面談ができなかったとか、なぜか私が教師に怒られたとか、そんなことはどうでも良かった。お母さんが私より父親の方を選んだ事実、それだけがどうしても悔しかった。そしてより一層父親のことが嫌いになった。
お母さんには私だけを見て欲しかった。だから私、お母さんに言ってしまった。「あんな父親のことは忘れて」って。」
希夜香さんはそんなふうに言っているけど、多分少し違うと俺は思った。”悔しい”じゃなくて、”悲しい”だったんだ。両親の本当の愛情を知らないまま育ち、孤独を感じた希夜香さんの心の叫びだったに違いない。
気が付けば、希夜香さんのコーヒーカップはまた空になっていた。
彼女は左肩をさすりながら話を続ける。
「お母さんは、激昂したわ。あたりにあるもの、花瓶やら皿やら勉強道具やらリモコンやら、手に付くもの全てを私にぶつけてきた。手に取るものがなくなったら、次は直接私を殴り始めた。悲鳴のような叫び声を上げて、泣きながら何度も何度も。
なにがお母さんをそうさせるのか、私は身を守りながら必死に考えたけど、結局わからなかった。私の体のあちこちに切り傷やアザができても、お母さんは止まらなかった。
私は途中で意識がなくなって、気がついたら病院のベットの上にいた。隣人が異変に気づいて通報して、お母さんは逮捕された。」
希夜香さんはポニーテールの頭をフードで覆い、両手で押さえる。顔はフードでできた影でよく見えない。今はむしろ助かった。
「私は退院してすぐにお母さんに会いに行った。私は道中、通報した隣人を憎んだ、お母さんを逮捕をした警官を憎んだ。だって、私のお母さんは1人しかいないの。
本能かしら。私の遺伝子には、お母さんを愛することがプログラミングされているの。仮に暴力を振るわれても。
私にとって、お母さんの代わりはいない。私の世界は、お母さん中心で回っている。だから今度こそ、お母さんには優しい言葉をかけてほしい、そう思っていた。気が動転していたけど、お母さんは私を愛してくれている。謎の確信があった。
でも、刑務所には変わり果てたお母さんがいた。顔は痩せ細ってやつれて、くまもすごくて。すぐにお母さんだと気づけなかった。私を見てもなんの感情の揺れ動きもなかった。抜け殻のようになっていたお母さんは、本当に赤の他人を見るような目でこう言った。
「あなた、誰?」って。」
ーーーお母さんは、私の記憶をなくしていたーーー
希夜香さんは顔を少し上げた。そのおかげで表情が見える。
乾いた笑みを浮かべていた。悟りの笑みと言うべきか、何かを諦めたような、そんなすっきりしない顔に見えた。
「私は、気づかないふりをしていただけかもしれない。こうなる前からすでに、お母さんの目に、私は写っていなかった、これっぽっちも。私は”父親を引き止めるため”だけの、道具だった。お母さんの中にあるのは、父親との婚約関係と、承認欲求だけだった。愛なんて最初から、なかった。証拠に、私が面会に行っても、お母さんは、ボソボソと父親の名前を言うだけだった。」
希夜香さんは細切れに言葉を振り絞る。言い切った後は唇をグッと噛み締める。頬には一筋雫がすっと通る。
「それに気づいた瞬間、私の中で何かが切れる音がした。全てがどうでもよくなった。学校も、友達も、勉強も、運動も、食事も、生きることも、どうでもよくなった。」
希夜香さんと目が合う。薄茶色に輝くガラス玉の目が俺をジッと見ている。俺はその視線を外せない。
「宰くんがいなかったら私、自ら命を絶ってたかもね。冗談なしに、マジで。」
冗談っぽい無機質な声が背中を通る。彼女の声の調子は変わらない。だからこそ、俺には今の言葉が本音であることがよくわかる。
想像したくない、もしもの話。あたりまえのように今ここにいる彼女がいなかった世界線。それを悪夢と呼ばずなんと呼ぼうか。
俺は足元から漂う寒気を一蹴する。
「希夜香さん。んっ。」
俺は椅子から立ち上がり希夜香さんの前まで近づくと、大きく腕を広げた。
「なに宰くん。私とのハグは高く付くわよ?」
希夜香さんは目線を外して答える。空になったカップを口へ運んだが、中身がないことに気づき、恥ずかしそうに急いでカップを机に戻す。
「茶化してもダメですよ希夜香さん。今ハグしてもらいます、もちろんプライスレスで。」
俺は希夜香さんが目線を合わせてくれるのをひたすらに待つ。
「あとで、ね。」
なぜか俺から正反対の方向に体を向け始める。希夜香さんめ、初対面(初対面じゃない)の人間にキスをしておいて、ハグはさせてくれないのか。
俺は少し強情になりそっぽを向いて座っている希夜香さんの肩をガッチリと掴み、こちらを向けさせる。
「希夜香さん!こっちを見て。って、え…。」
そこには、顔を真っ赤にした希夜香さんの顔があった。必死に俺から目を逸らそうと横を向いているが、耳まで真っ赤に染まったその様子がどうも愛くるしく感じてしまう。いや、可愛すぎないかこの人。
「ちょ、待って。心の準備をするから。」
なぜか深呼吸を始める希夜香さん。確かに色恋に奥手とか言ってたけど、あれ本当だったのか。
攻めはできても受けはめっぽう弱い典型的なタイプだ。また一つ、俺の知らない希夜香さんを知れたことに喜びを覚えつつ、俺は彼女の肩から感じる熱で今もしっかり生きていることを実感する。
「ちょ!だから心の準備が…!」
「ダメです。いつも散々希夜香さんにやられてるんだから、今日くらい希夜香さんに俺の気持ちを味わってもらいます。」
俺は記憶にない希夜香さんにやられた分のお返しも込めて優しく、だけどグッと強く体を引き寄せた。
俺から離れようとする希夜香さんをガッチリ固定する。この人を離しちゃいけない、そう強く思った。やがて諦めたのか、希夜香さんも優しく俺を包むように腕を回す。
体の全身が密着し、希夜香さんの体温が服越しに伝わってくる。うん、心臓が動いている。間違いなく彼女が生きていることを確認する。いやちょっと元気がよすぎるな心臓。
俺は1週間、希夜香さんは16週間。思い出には16倍の差があることになる。この差を瞬時に埋めるには、
「今までの分、16倍の愛を、希夜香さんに捧げます。」
俺は抱きしめながら目を瞑り、全身全霊で希夜香さんに愛を送ってみる。今日もフローラルな香りが漂い、俺の心は自然と落ち着く。
希夜香さんの方は黙りこくってしまったので、俺は言葉を続ける。
「希夜香さんが経験したきたこと、俺なんかじゃ想像もできないくらい壮絶で、凄惨だったと思います。それに対して俺が何を言っても薄っぺらになっちゃう気がして。でも今、あなたの前には俺がいます。お母さんの代わりにはなれないかもしれないけど、あなたと一緒に学校に行くことができます。一緒に食事をすることができます。一緒に笑うことができます。一緒に悩むことができます。一緒に泣くことができます。そして、ずっと一緒にいることができます。」
上辺だけの愛。そんなものは希夜香さんには必要ない。なぜならこの人は、誰よりも強い愛を持ち、誰よりも強い愛に飢えているのだから。
俺にできることは、最大級の重い愛で彼女を受け入れることなんだ。
そして今、俺はそうしたいと心から思った。
俺がそっと希夜香さんから離れると、彼女はすぐにまたフードをかぶり、顔を見せないようにする。まさかここまで効くとは、センチな気持ちだったからかな。ちょっと悪いことをしたようにも感じるが、喜びの方が大きいので気にしないことにする。
「それにきっと、お母さんは希夜香さんのことちゃんと愛していたと思いますよ。」
「それは…なんで?」
フードの中から無機質で小さな声がそう問いかけてくる。いや、いつもより声が高いかも。
「希夜香さんのことを忘れたから、お母さんは元気がなくなったんじゃないですか?生きる活力を失った的な、そういうやつですよ、絶対。」
「それは物事を良く考えすぎじゃないかしら?」
「人生なんて、ポジティブに考えた方が良いことだらけですよ。じゃあ、今からお母さんのところに行きましょう。善は急げです。」
勢いよく部屋を出ようとする俺の腕を、柔らかい指が掴む。
「待って。私まだ、宰くんの話を聞いてないわ。宰くんの、過去の話。」
うっかりてっきり忘れていた。話すことなんてまとまっていないし考えてもいなかった。
そこまで強い力で握られているわけではないのに、俺はその手を払いのけることができない。
「それは、また今度で。」
希夜香さんからの無機質なジト目が、俺の背中に刺さった。
最後までありがとうございます!
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