世は移ろえど
とんびが上空で、ひょうと弧を描いた。
師走の花江茶亭から眺める空は高く、ぽつぽつと浮かんだ雲の切れ端が空に溶けこんでいる。毛利敬親は思わず「ほう」と漏らした。
――君がため つくせやつくせ おのがこの 命一つを なきものにして。
国司信濃の辞世である。手にした茶碗の内で、松葉色の泡がはじけた。
霜月の半ばに、国司を含む家老三人が自刃した。禁門の変に関わった家老三人を処して恭順せねば、長州討つべしと立ち上がった幕府はひかぬ。他にもいくつか条件をのんだが、敬親には寵臣の自刃が最もこたえた。
「のう、寅次郎。人の世はかくも儚きものか」
長州藩は寅次郎こと吉田松陰を皮切りに、次々と才を失った。藩内の不穏な空気は日毎に増し、支藩の主が敬親の首を幕府に差しだせと言う始末。この内憂外患の窮地にあっても、敬親は頷くことを己が役目としていた。
「殿、恐れながら」
茅葺の屋根から雪溶けが雫となって落ちた。昨夜の名残か、松に薄く雪が積もっている。敬親は手慣れた様子で茶碗をまわした。
「申せ」
高杉晋作が功山寺にて挙兵したという報せであった。俗論派は高杉を討つ手始めと、正義派を血祭りにあげたという。
「高杉を討たれますか」
男は待っている。しかし敬親は「そうせい」と顎を強く引き寄せることができなかった。
茶碗の内で泡が弾け、とんびが鳴いた。わずかな間にも世は移ろう。人はどうか。
庭に出ると残雪が足元で鳴った。松は寒さにくじけず、葉を青々とさせている。寅次郎をはじめとした様々な顔が頭をよぎった。
「既に決まっておるのであろう」
男に奇異な目を向けられて、敬親は苦々しく笑った。




