8 誤解
「そんなに、私のことがお嫌いですか?」
アベリアの言葉に、フェイズは窓の外を眺めながら目を見開く。
「私は、シャルロッテ様と仲良くなれてとても嬉しいです。同じように、フェイズ様とももっとお話をしてみたいと思っています。でも、フェイズ様は私とは話をしたくないご様子ですし、目を合わせてもくれません。きっと、噂のせいだろうとは思っています。白い結婚でいたいのもわかります。でも、せめてお話をするときくらいは、少しでも良いのでお顔を見て話してはくださいませんか」
静かに、ゆっくりと噛み締めるように紡がれるアベリアの言葉。それを聞いて、フェイズは胸が張り裂けそうだった。
(違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。どう言えばアベリアに伝わる?どう伝えればアベリアはシャルロッテへ向けるように俺にも笑ってくれるのだろう)
ぎり、と唇を噛み締め、フェイズは膝の上の拳を握りしめる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……君のことが嫌いなわけじゃない。噂のことは確かに最初は信じていた。そういう酷いご令嬢なのだと勝手に思っていた。でも、君が来た日、シャルロッテの言葉で涙を流した君を見て、俺は酷い誤解をしていたことに気付いたんだ」
窓の外を見ながら、フェイズはひとつひとつ、言葉を選ぶようにして話す。
「もっと君を知りたい、そして俺のこともわかってほしい、そう思っている。舞踏会の日、シャルロッテを助けてくれたご令嬢にお礼を言いたいと思っていたし、それが君だと知って奇跡だと思ったんだ。でも、いざ君を目の前にするとどうしていいかわからなくて……君の涙を見て、余計どうしていいかわからなくなった」
そう言って、フェイズは大きく頭を下げた。
「本当に、すまなかった。勝手に噂を信じて勝手に君の人物像を作り上げて嫌っていた。噂に振り回されて嫌な思いをしてるのは俺も同じなのに、君の気持ちが痛いほどわかるはずなのに、俺は君に酷いことを言った。本当に、すまない」
頭を下げながら一気に言って、フェイズはゆっくりと頭を上げる。アベリアはどんな顔をしているだろう、怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか。そう思ってアベリアの顔を見て、フェイズは驚愕した。
顔を上げたその先には、両目に涙をいっぱい浮かべ、嬉しそうに微笑んでいるアベリアがいる。その顔を見て、フェイズは思わず今すぐにでも抱きしめたい気持ちに襲われたが、グッと堪える。
「ありがとう、ございます。私、嫌われていたわけじゃなかったんですね」
フフッと嬉しそうに笑うアベリアを見て、フェイズは身体中の血液が体内を一気に巡り始めるのを感じた。そしてアベリアと目を合わせている、そう気づいた瞬間、フェイズはまた条件反射のように目を逸らしてしまった。
「あ、違うんだ、目を逸らしてしまうのは、君が嫌いとかではなくて、その、なんだか慣れなくて……ああ、くそ、みっともないな」
顔を自分の腕で隠すフェイズを見て、アベリアは指で涙を拭いながらくすくすと笑い出した。
「私も、フェイズ様のこと、誤解してました。フェイズ様はとてもお優しい方なんですね」
アベリアに言われて、フェイズはさらに身体中が熱くなるのを感じる。
(ああ、くそ、そんなこと言うなんて可愛すぎるだろ!俺のことを優しいだなんて、屋敷の人間以外に言われたことがないのに)
「悪い、まだ目を合わせて話すことは難しいかもしれない、けど、君とはもっと話をしたいと思っているから。それはわかってほしい」
そう言って、フェイズは目線を逸らしながらも自分のハンカチをアベリアにそっと差し出す。アベリアはそれを受け取り、胸元で大切そうに握りしめて微笑んだ。
「……はい!」