5 嬉し涙
「やっぱり!あの時助けてくださった、アベリア……アベリア・ライラット様ですよね!」
フェイズの妹シャルロッテはフェイズから離れてアベリアに駆け寄り、アベリアの両手を握りしめた。ゆるくウェーブのかかった美しい銀髪をふわりと靡かせ、アメジスト色の瞳をキラキラと輝かせている。
(か、可愛い!!なんて可愛らしいの!)
シャルロッテのあまりの可愛らしさに胸をときめかせていると、慌てたような声が聞こえてくる。
「お、おい、勝手に近づくな!危ないと言っているだろう。それに、二人は知り合いなのか?」
フェイズは焦るようにしてシャルロッテに問いかけるが、シャルロッテは怒ったように振り向いてフェイズに言った。
「お兄様!この方は恐ろしい方ではありません!むしろ、とてもお優しく美しく聡明な方です。舞踏会の日、具合の悪くなった私のことを助けてくれたご令嬢はこの方なのですよ。ちゃんと教えたでしょう」
「は?そんな、まさか……」
シャルロッテの言葉に、フェイズは信じられないものを見る目でアベリアを見つめた。
「精霊公爵の妹だからと皆近寄ってきませんが、この方はそんなことを気にすることなく、私を助けてくださいました。最初は私に見向きもしなかったあの屋敷のメイドに、ビシッと言ってくださったのです。とっても素敵でした」
シャルロッテは当時のことを思い出し、両手を頬に当ててうっとりとする。そんなシャルロッテを見て、フェイズはさらに唖然としていた。
「本当なのか……?本当にこの、悪役令嬢と名高いアベリア嬢が……?」
「私、助けられた後にメイドが他のメイドとヒソヒソ話をしていたのを聞いたのです。あの悪役令嬢は本当に怖かった、それに精霊公爵の妹を恐れもしないだなんてやっぱり普通じゃないと」
(やっぱり変なこと言われてたんだ。もう慣れっこだから気にしないけれど、それを聞いても私のことを嫌いにならないのね)
驚いた顔でシャルロッテを見つめると、そんなアベリアにシャルロッテは嬉しそうに微笑んだ。
「あんなに優しくて聡明で、美しく気高いご令嬢が陰で悪役令嬢と言われることが不思議でなりませんでした。だから、私は私の見たこと、体験したことを信じると決めたのです。私はあなたを信じています」
シャルロッテの言葉を聞いた瞬間、アベリアの心の中にふわっと温かい風が吹き抜けていった。それはまるで、温かい日の光に照らされた草原で気持ちのいい風を感じるようだった。
(どうしよう、今までこんなこと言われたことなかったから、こんなにも純粋に信じてもらえたことがなかったから、嬉しい)
いつの間にか、アベリアは両目に涙をいっぱい浮かべていた。こぼれないように、必死に堪えるアベリアをシャルロッテが心配そうに見上げる。
「お姉さま、どうなされたのですか!?具合でも悪いのですか!?」
(もう、お姉さまと呼んでくれるのね。なんて優しい子なの)
嬉しさのあまり、今度こそアベリアの涙腺は崩壊した。ポロポロと両目から涙が溢れてくる。オロオロとするシャルロッテに、アベリアは涙を流しながらそっと微笑んだ。
「ごめ、んなさい。私、こんなにも、誰かに信じてもらえたこと、なかっ、た、から。……ありがとう」
フワッと心底嬉しそうに微笑むアベリアの顔は、窓から差し込む月の光に照らされ息を呑むほどの美しさで、シャルロッテは思わず頬を赤らめる。そして、フェイズもまた、両目を見開いてアベリアを見つめていた。