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アベリアがフェイズの屋敷で暮らすようになって半年が経った。
(ここに来てもう半年……何だかあっという間だわ)
屋敷の庭園を一人で散歩していたアベリアは、ほうっと息を吐いて美しく咲く花々を見つめた。庭園は綺麗に整えられ、季節によって色とりどりの花々が咲き誇っている。
シャルロッテはアベリアに懐いていていつもアベリアにくっついているが、今日は令嬢としての振る舞いやダンスのレッスンのために実家へ出掛けている。フェイズは仕事に行ったためアベリアは久々に一人の時間を過ごしていた。
冷酷非道と噂されていた婚約者のフェイズは実際は家族思いの優しい人で、今ではアベリアのことも大切に思ってくれているようだ。最初はアベリアの悪役令嬢という噂を信じて冷たい態度をとっていたが、誤解が解けてからはシャルロッテと共にアベリアにとって力強い味方となってくれている。
最初の頃は目を合わせてくれなかったが、最近では目を合わせて会話をしてくれるようになった。むしろ、フェイズの方がアベリアをじっと見つめることの方が多く、アベリアにとってはそれが少しこそばゆく感じられるのだった。
(屋敷の人たちもみんな優しい人ばかりだし、シャルロッテは可愛らしいし、フェイズ様は……)
普段はあまり表情に変化が見られないが、時折アベリアに対しても優しい表情を見せてくれる。その表情の変化に、アベリアの心臓が高鳴ることも多くなった。
それに、舞踏会で義妹のイザベラの嘘から自分を守ってくれたフェイズの姿は勇ましく、まるで自分のことを本当に大切に思ってくれているようにさえ思えたのだ。
(フェイズ様のことを知れば知るほど惹かれていってしまう。フェイズ様が望む白い結婚でいるのならば、好きになってはいけないのに……)
胸が少し痛む。フェイズに恋焦がれてしまっても、それはきっと叶わぬ恋なのだ。
ふと、風がアベリアの側を通り抜けていく。人の気配がして後ろを振り返ると、そこには見知らぬ年配の男性がいた。身なりはきちんとしており、どこかの貴族の遣いのように見える。
「すみません、こちらのお屋敷は精霊公爵様のお屋敷で間違いないでしょうか?」
「はい、そうですが……何か御用でしょうか?」
返事をすると、男性は眉を顰めてアベリアを見た。
「そうですか。主人から精霊公爵様へ渡す書類をお預かりしてきたのですが、公爵様はおいででしょうか?」
「申し訳ありません。仕事で出掛けております。可能であれば私がお預かりしますが」
「あなたは……もしかして精霊公爵様の婚約者?ということはあの噂に名高い悪役令嬢の……」
男性はさらに眉を顰めて嫌悪感の眼差しをアベリアへ向ける。アベリアはその視線を受けて一瞬体をこわばらせるが、笑顔を崩さなかった。
(やっぱり、悪役令嬢の噂はどこにでも流れているものなのね)
「精霊公爵に悪役令嬢か。全く、お似合いだな。悪役令嬢を婚約者にするくらいだ、精霊公爵もやはり冷酷非道というのは本当なんだろうな。主人から直接書類を渡すようにと言われた時には本当に嫌な役目を背負わされたものだと思ったが、いないならそれはそれで会わなくていいし怖い思いをしなくて済む」
男性は冷ややかな視線をアベリアと屋敷に向けながらそう吐き捨てる。その言葉に、アベリアは腹の底から沸々と怒りが湧き上がる。怒りに任せてしまいそうになるのを抑え、アベリアは一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「お言葉ですが、あなたはご主人様から公爵様への書類を預かってきたのでしょう。それなのにそれを渡す相手の悪口を、しかもその婚約者へ堂々と言うのはどうかと思います。あなたのご主人様の教育が悪いと誤解されてしまいますよ。それに、私のことを悪く言うのは構いませんが、お会いしてもいない公爵様のことを噂や予測だけで勝手に言うのは失礼です。これ以上そのような態度を取られるのであれば、早々にお引き取りください」
何にも怯むことなく堂々と、アベリアはその男性に言った。男性はアベリアを見て目を丸くする。
「アベリア!」
突然、背後からフェイズの声がした。振り返ると、フェイズが慌てたようにアベリアの元へ駆け寄ってきた。
「フェイズ様?お仕事に行かれていたのでは……」
「忘れ物をしたので取りに来たんだ。庭園で精霊の気配がしたから見に来てみれば、これは一体……」
「精霊の、気配?」
アベリアがそう言って首を傾げると、アベリアの目の前にいた男性がくすり、と笑い突然たくさんの光の粒になって消えた。光の粒はアベリアの周囲をふわふわと漂っている。
「えっ!?」
目の前の光景にアベリアが驚くと、フェイズはアベリアの腕をとって抱き寄せた。
(フェイズ様!?)
突然フェイズに抱き寄せられ、アベリアは顔が赤くなる。だが、フェイズは真剣な顔で周囲の光の粒を睨みつける。
「一体どういうことだ!彼女に何をした!」




