11 視線の先
「フェイズ様、いいのですか?あんなことを言って、フェイズ様がもっと悪く言われる原因になりかねません」
馬車の中で、アベリアは困惑した顔でフェイズに尋ねた。
「いいんだ、今までだって散々身勝手に言われて来たんだ、今更どう言われようと構わない。それに、ああ言った方が噂通りの冷酷非道な精霊公爵様っぽいだろ?」
フェイズはそう言ってふふん、と少し楽しそうに笑う。
(私のために、あえて自分の噂を利用したんだわ)
フェイズの優しさに、アベリアの心はホワホワと温かくなる。同時に、フェイズのことを冷酷非道だと勝手にヒソヒソ言われたのは気に食わない。
「それでも、やっぱりフェイズ様が勝手に酷く言われるのは気に食わないです。こんなにも優しくて素敵な方なのに……」
ムッとしてそう言うと、フェイズはアベリアを見て愛おしそうに微笑んだ。
「俺は、君にそう思ってもらえさえすれば他はどうでもいい。君さえ本当の俺を知っててくれれば十分だ。それに、冷酷非道な精霊公爵像というのは案外うまいこと色々な場面で使えるからいいんだよ」
そういうものなのだろうか、そう思いながらフェイズの顔を見つつ、アベリアはふと重要なことに気がつく。
(フェイズ様、最近私と目を合わせても目を逸らさなくなったわ)
むしろ、じっと見つめられることの方が多くなった。それに、その熱い視線に耐えきれず視線を逸らしてしまいそうになるのは自分の方になっている。 今も、目の前でじっと自分を見つめる視線にアベリアは心臓がドキドキと高鳴って仕方がない。思わず視線を逸らして俯いた。
フェイズはそんなアベリアを屋敷に着くまで微笑みながらじっと見つめていた。
◇
「お兄さま!お姉さま!お帰りなさいませ!」
アベリアとフェイズが屋敷に着くと、留守番をしていたシャルロッテが走ってきた。二人を見つけるとアベリアに抱きつく。
「舞踏会、大丈夫でしたか?何か嫌なことはありませんでしたか?」
心配そうにアベリアを見上げるシャルロッテ。精霊公爵の妹ということで色々言われることが嫌だったシャルロッテは、元々人前に出ることを好まず必要最低限でしか社交の場に出ない。舞踏会にもほとんどいい思い出がないため、今回は留守番を決め込んでいた。
「大丈夫だ。お前が心配するようなことは何もないよ」
フェイズがそう言うと、シャルロッテはフェイズを見てからまたアベリアを見て首を傾げる。アベリアもまた社交の場で色々と勝手な噂をされていることを知っているシャルロッテは、本当にアベリアが大丈夫だったのか心配でならないのだ。
「ええ、フェイズ様が助けてくださったので大丈夫でした。有無を言わさない堂々とした態度、とても素敵でしたよ。シャルロッテにも見せてあげたかったくらい」
アベリアがフェイズを褒めてからシャルロッテを見て微笑むと、シャルロッテは目を輝かせた。
「そうだったのですね!よかった!……お二人が一緒であれば、今度からは私も一緒に行ってみようかしら」
「ああ、それならお前のことを二人でしっかりと守ってあげるよ」
「私も、シャルロッテと一緒に舞踏会に参加できる日が来るならとても嬉しいわ」
フェイズとアベリアの言葉に、シャルロッテは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。




