1 仕立て上げられた悪役令嬢
「お姉さまったらひどい、突然私のことを背後から突き飛ばすなんて!そんなに私のことが嫌いなの?」
一人の令嬢が床に倒れながら、はらはらと涙をこぼし訴えかけている。その令嬢は美しく長い金髪をハラリとさせ、ローズピンクの瞳を潤ませて上目遣いで目の前の義姉を見つめた。
見つめられた義姉、アベリアは戸惑いながらも口を開く。
「私は……私は何もしていません。突然あなたが倒れたのでしょう」
「どうしてそんなこと言うの、ひどいわ……うっ、ううっ」
「大丈夫かい、イザベラ。どうしてそんな嘘ばかりつくんだアベリア!君って人は本当にどこまでも性格が悪いんだな!」
床に倒れ込んでいるイザベラを庇うように、一人の令息がアベリアを睨みつけて言う。それはイザベラの取り巻きの一人、ヴェンだった。
(だって、本当に何もしていないんだもの)
義妹のイザベラとイザベラの取り巻きである令息ヴェンに責められながら、伯爵令嬢のアベリア・ライラットは心の中で呟いた。
今日は上流貴族が集まる舞踏会。会場につくなり、アベリアの義妹であるイザベラは突然床に倒れ込み、アベリアへ冒頭の台詞を言ってきたのだ。
「まぁ、またライラット家の長女が妹をいじめているの?」
「自分は貰われた子供だからって後から生まれてきた妹を虐めてるのだろう、性格が悪すぎるな」
「全く、絵に書いたような悪役令嬢ね。気に入らない他のご令嬢やメイドたちにもひどい仕打ちを行っているとか。おお怖い」
周囲からは、ヒソヒソと陰口が聞こえてくる。いつもこうだ。イザベラがありもしない嘘をでっちあげ、アベリアがイザベラを虐めているように周囲に見せるのだ。
おかげで、アベリアはいつの間にか妹や気に入らない人間をいびり倒す悪役令嬢と呼ばれていた。
(はぁ、舞踏会へは来たばかりだけど、このままでは私がいることで主催者に迷惑がかかってしまうわ)
アベリアは静かにため息をついてその場を立ち去ろうとすると、イザベラを庇っていたヴェンが怒鳴った。
「イザベラに謝ることもできないのか!この悪役令嬢め!」
そう言われたアベリアは、立ち止まって振り返りヴェンを見下ろした。アベリアの金色の瞳が令息を射抜くと、ヴェンは思わずヒッと息を呑む。
アベリアの視線は心を凍てつかせるかのように冷ややかで、有無を言わせない圧力がある。
アベリアは一見品のある美しい顔立ちをしているが、だからこそ黙っていると冷たい人間だと誤解されやすい。
さらに普段から人の前ではあまり笑うことのないアベリアは、少し厳しい表情をしただけでも十分怖がられてしまう。ここでは、あえてそれを逆手に取ったのだ。
「私は、やってもいないことを謝るほどお人好しではありません。私がいるとご迷惑がかかりますので、今日はこれで失礼します」
そう言って、アベリアは長く艷やかな黒髪をサラリとなびかせ、静かにお辞儀をしてその場をあとにした。




