第一章1「溢れんばかりの美貌と才能と、そして、ストーカー」
僕は"彼女"の秘密を知っている……。
廊下を歩く、一人分の足音……。
良かった……。今日はついてこない。
そもそも、お手洗いに行くだけなのに、なぜ、こんなにも緊張するのか……。
その理由は、すぐに姿を現した――。
「どこへ行くのかな、ラルフ君……?」
「……!?」
声がした、すぐ目の前から……。
そう。さっきまで教室にいた"彼女"は、不可解なことに、通ろうとした前の廊下の角から、その姿を現したのだ……。
「え、エスティ、さん……」
「ふふ、ラルフ君♡」
震える声で名前を呼ぶと、彼女は穏やかに微笑みかけてくる。
――その目は、笑ってはいなかったが。
「もう一度、訊くよ? どこへ行こうとしてたのかな……?」
何だろう……。優しい言い方のはずなのに、ものすごい圧を感じる……。
その圧に押されそうになるが、ラルフは息を呑んでから答える。
「お、お手洗いだよ……」
しばしの無言……。
そして、エスティが、仮面を貼り付けたような微笑みを崩さずに見つめてくる……。
――こ、怖い。
優しそうな人ほど、キレると怖いとよく聞くが、今がまさに、その言葉通りだと思う……。
すると、彼女は――。
「そう……。なら、私もついてく――」
「来んな!!」
アホ丸出しのエスティの言動に、それまでの緊張感が一気に爆散する。
そして、彼女が言い終わる前に、ラルフの渾身のツッコミが廊下に轟いたのだった。
すると、ツッコまれたエスティは、理解していないという様子で、途端に小首を傾げるのだった。
「え、どうして駄目なの?」
「あの、エスティさん……。自分が何を言ってるのか分かってます……? 男をトイレまで付け回すって、普通にセクハラだよ、それ……。あと、僕のことをストーカーするの、もうやめてもらっていいですか……」
そう……。学園中の憧れの的であるエスティは――僕のストーカーなのだ。
神様は、彼女に溢れんばかりの美貌と才能を与えておきながら、溢れんばかりの残念要素も与えてしまったのだ……。
そんな彼女は、さらに小首を傾げてしまう。
「何で? 好きな人のことを把握するのは、全然悪いことじゃないでしょ?」
「エスティさんの場合は、犯罪の域なんだよ……! というか、さっきまで教室にいたのに、何で廊下の角から出てこれたんだよ……!?」
そう訊くと、エスティは――。
「えへへ。ラルフ君のために、テレポート使ったの……♡」
当たり前のように、この世界にとっては衝撃的なことを口にするエスティ。
「て、テレポート……!? それ、まだ魔法界では未解明の次元転移魔法だよな!?」
「何か、ラルフ君のことをもっと知りたい……! ラルフ君といつでも一緒にいたい……って思ったら、使えるようになったよ?」
「オヤツ感覚の軽いノリで、魔法界の永遠の謎を解明しやがったよ、この人……!?」
愛が重すぎて、ついには次元の壁まで抜けられるようになった、とでも言うのだろうか……。
そんなことを思っていると――。
「それよりも、ラルフ君。昨日は夜寝るの遅かったよね……?」
「え……」
またもや、目の光が行方不明になるエスティ。
「駄目だよー? 夜はちゃんと寝ないと、健康に悪いんだから……」
「あ、あの……。どこでそんな情報を……?」
「ずっと、見てたから……」
やべぇ、この人……。色んな意味でヤバい……。とりあえず、寝る場所を変えておかないと……。
淀んだ瞳で、淀んだ笑みを浮かべるエスティに、ラルフはどう反応していいか分からなくなる……。
すると――。
「……なーんて、冗談だよ! さっきのは少しカモをかけただけ! その反応だと、夜遅くまで起きてたのは、確定だね!」
「は、はあ……」
「駄目だぞ、ちゃんと寝ないと! なんなら、寝られないなら私が一緒に――」
「いえ、結構です!」
「ええ、何でよー……」
――結局、心配するフリして下心丸出しじゃないか!
エスティが言い終わる前に、彼女のもくろみを断固として拒否しておく。
「ああ、もう……。何か、ただ手を洗いたかっただけなのに、どうでもよくなってきたな……」
そう口にしてから、ラルフはエスティを無視して、教室へと戻ろうとした。
しかし、背後で――。
「ラルフ君……♡」
「……」
まるで、子どもが親の後をついてくるように一定の距離を置いて、エスティが後を付け回してくるのだった……。
――やっぱり、エスティさんは残念な美少女すぎる!
結局、この休み時間は彼女のせいで、全く勉強できなかった。