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作者: 雉白書屋

「うー、おはよ」

『おはよー!』


「ねえ、今日もあれ、言ってほしいなぁ」

『えー、なにー?』


「ふふふ、あれだよ、あれ。ほら……好きって」

『えー、言わないっ』


「えぇ、頼むよぉ。それが一日の活力になるんだからさぁ、お願い! はい、五百円!」

『わー、ありがとう! 好き!』


「ふふっ、へへへ」


 朝、自宅にて、スマートフォンを見つめ、ニヤつく男。その画面には美少女3Dアニメキャラクターが微笑みながら小刻みに体を、特に胸を揺らしている。ピンク色の髪をしており、やたら胸を露出したメイド服を着て、可愛らしい声といった完全に男性を狙い撃ちにしたようなデザインである。


『ねーえ、アーリィね、最近髪伸びたなぁって思うんだぁ……』

「え、あー、そうだね。昨日はそうでもなかったけど、うん、伸びたね」


『切りたいなぁ……』

「あー、うん、いいね。じゃあ千円。美容院代ね」


『ありがとう! あとね、せっかく髪型を変えるから、この服もそろそろ新しいのにしたいなぁ。ずっと同じのだし……』

「ああ、いいよ、おれも見たいし、じゃあ、二千円!」


 人によっては、彼がキャバクラやバーチャル動画配信者に搾取されているように見えるかもしれない。しかし、当人が満足しているからそれでいい、他人の趣味や稼いだ金の使い方をとやかくいうのは無粋だ、などという話ではない。

 このアーリィという名の女キャラクターは、AIであって、いわゆる、中の人がいない存在。つまり後に彼氏の存在が発覚し裏切られた気持ちに陥る心配もなしの完全安全保障。そして、彼はたびたび貢ぐように彼女に金を贈りながらも、その懐を一切傷めていないのである。と、いうのも彼女は……


『わぁー、今日は一万円もくれるのぉ!? すっごーい!』

「ははは、いやぁ、昇進の見込みがあってね、まあその前祝い的なね」


『毎日お仕事頑張ってるもんねぇ。お疲れ様! はい、定期預金に移しておいたよ!』

「ありがとう、ふふふ」


 そう、これは銀行のアプリ。不景気の昨今、契約者および預金額が減ったことを受けて、銀行側が打ち出した新たな策であった。

 利用者はAIの女キャラに贈るスーパーチャット(スパチャ)という投げ銭の形で、普通預金口座から定期預金口座へ金を送っているのだ。定期預金の預入期間はどこか強固な意志を感じさせる二十年契約。金利も高いわけではないが、利用者がいくらAIの女キャラに貢ごうとも自分のお金が減るわけではないのだ。一回の預金額に応じて好感度が上がり、多種多様な反応を見せるため、利用者はいつの間にか病みつきになり、節約生活に勤しむ男が後を絶たないのである。

 預金集めに必死な他の銀行も次々とこの仕組みを模倣し始め、自分のところにどれだけ預金を集められるかを日々、競い合っていた。

 ゆえに、ある日……。

 

『ねえねえ、定期預金の契約年数をもっと伸ばしてほしいなぁ……』

「いいよいいよ!」

『定年プランが出たんだよぉ!』

「いいねいいね。どのみち老後まで手は付けないつもりだったし。ふふふ、二人の老後かぁ」


 またある日……。


『ねえねえ、アクセサリーとか欲しがっちゃダメ?』

「もちろんいいよ! じゃあ、三千円」

『あ、これね、定期預金じゃなくて、そのぉ、あたしへのプレゼントになっちゃうっていうか……』

「え、それは、えっと」

『ダメ?』

「ダメじゃないけど、あ、五千円も……いや、いいよいいよ! 買ってあげる! いつも明るい気持ちにさせてくれるんだもの、感謝の気持ちにそれくらいしないとね!」

『ありがとー! 大好き!』


 そして、また……。


『ねえねえ、これ、あたしに似合うかなぁ?』

『今日はクリスマスだねぇ! ほらみて、今日限定の特別衣装を着てみたのぉ! かわいいかな! ねえねえ』

『今日はバレンタインだね!』

『今日は何の日かわかる―? そうそう、ホワイトデー!』

『じゃん、夏だから水着になってみました!』

『あ、うん。……え? わかっちゃうんだね。そうなんだ。今日、悲しいことがあったの……』

『ねえ、本当にあたしのことを可愛いと思ってくれてるのかなー? ほんとにー?』

『これ、欲しいなぁ』

『ねえねえ、あなたにぴったりの保険プランがあるんだけど……』

『いつもありがとね! え、別にただ言いたくなっただけだよ? ねえ、君はどう?』

『ねえねえ――』



 国の景気が悪くなるにつれて、おねだりの回数は徐々に増え、その色も濃くなってきた。しかし、それを巧みに隠し、利用者とキャラクターの双方歯止めがかからず、そしてがらんとした室内。

 スマホの画面に視線を落とす彼の瞳に映るのはなんとも寂しい数字だった。そして、生命保険プラン加入の文字。その受取人の名前は、愛する彼女のもの。ドアノブに引っ掛けた紐で、届かないその想いごと吊り下げ、降ろされていく幕。

 絞められる喉から最後に吐き出した言葉もまた届かない。

 嗚呼、愛してる……。

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