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螺旋の夏  作者: 八夜
9/11

――螺旋⑧ ポートフォリオ

――螺旋⑧ ポートフォリオ



 それからというもの、忙しい毎日だった。

 試験勉強に、アルバイト先へ提出する履歴書の準備、ポートフォリオの整理など。

 ポートフォリオはいままで描いてきた絵をまとめた。大学に入学して以来、なかなか新作を描けていなかったので、この機会になにか新しい作品も加えてみたい。

 試験勉強をしながら、新作のイメージもふくらませていく。参考書の範囲を一区切りして、手を休めると、物語に合う場面が思い描かれる。

 東北に伝わるむかし話を、絵の題材にしようと思っている。

 神へお供えした団子が穴に落ちて、きれいな姫から反物をいただいたおじいさんのお話だ。これを一枚の絵にするのが楽しみで仕方なかった。

 何度も何度も、そのお話のイメージを繰り返していた。ただ、その情景を思い浮かべるだけで、とても幸せな感覚に包まれるのだ。

 ベッドの中で、脳裏にたくさんの色たちが飛び交ううちに、眠りについていることもあった。

 この感覚を、どう作品として仕上げるか……。


 イメージが固まると、試験勉強と並行して絵を描く時間も作っていった。朝早くから夜遅くまで、毎日作品と向き合った。そうしたくて堪らなかったのだ。

 私の絵は、日本を舞台とした物語からインスピレーションを受けて描くものが多かった。ときどき海外のおとぎ話も取り入れた。親や友達には、作品をみせたことはない。

 颯馬は勝手に部屋へ入ってくるので、絵を描いていると「何してるん?」ってよく覗き込んでくることはあった。それから彼は「懐かしい雰囲気の、ええ作品やな」とよく褒めてくれた。

 描いた絵を紙芝居のように颯馬へみせながら、どんな物語が題材となっているか語り部をすることもあった。彼はよく聞いてくれた。そのまま眠りについてしまうこともあったが、”ゆず葉の知っとる物語はおもろい”と、何度となく語り部をし、一緒の時間を過ごした。

 そんな懐かしい記憶も織り交ぜながら、作品を仕上げていった。

 絵が完成すると、ポートフォリオへ追加して、履歴書と共に郵送で画材店へ送付した。ポストのまえで、封筒に願をかけ、投函する。

 やっと一歩前進したようで、暑い空も涼しく感じられた。


 颯馬と利佳子へ、メッセージを送る。


メッセージ:ゆず葉【投函 完了!】


 結果通知が来ることが待ち遠しい。

 利佳子から返信が来た。


メッセージ:利佳子【絶対合格する!(笑)】


 颯馬も夜に返信をくれた。受からなかったら許さんで、と。

 合否はともかく、また絵を描けたことが楽しくて、夏休み中も没頭しそうだ。颯馬にもらえたこの機会に感謝だ。


 帰りの夏の空が、また与那春樹さんのことを思い出させた。それから、彼の作品や経歴を調べて、映画を観たり、本を読んだり、彼の世界を楽しむ時間も作った。すこしずつだが、彼へ抱いている感情が風船のように膨らんでいるように思える。

 スマホを手に取り、画像フォルダを開けば、そこにはお氣に入りの彼の写真が数枚、ダウンロードされている。写真で見る彼もやはり、どうしようもなくかっこよかった。

 声も容姿も、瞳の奥に隠れた熱も……どうしたらこれほど人を釘付けにできるのか。まるで神の世から遣わされた存在――。

 でも、これは私だけが感じているのかもしれない。

 彼がまとうオーラに、ほんのり寂しさと孤独が混じっているようなのだ。みんなから愛されているのにどこか切なく、優れた才能を持っているのになぜか儚げで、誰かにそれを打ち明けたいのに、ずっと心の奥に秘密の鍵をかけているような 、そんな冷たさも彼は持っている。そう思えた。

 夏休みが始まろうとしている空氣感の中で、利佳子と颯馬のこと、与那春樹さんのこと、将来のことを、ぼんやり考えて過ごした。



 数日後。画材店から連絡をもらい、私は晴れて大阪の大都会で初めてのアルバイトをすることになった。それは、颯馬との数週間の同棲がはじまることも意味する。

 颯馬は、すぐに伊丹いたみ空港行の航空チケットを手配してくれた。新幹線の予約をしてくれると話していたが、高額なので私が断ったのだ。このチケット代は、いつか返そうと思っている。颯馬は至れり尽くせりしてくれるが、彼には何か目標があって働いていることは知っている。なので、やはりちゃんと返すべきだ。

 数週間分の必要な荷物もまとめて、家族に挨拶もした。父と祖母には、外泊の許可をもらっていた。父に経緯を話すとあっさりと「颯馬くんなら安心だ。行ってきなさい」と承諾してくれたのだ。父や祖母が颯馬にむける信頼は厚い。彼が勝手に私の部屋へ入っても、同じベッドで眠っていても、二人は私たちを安心した目で、ただ見守るだけなのだ。

 母がいなかった分、颯馬が私の寂しさを埋めてくれていたし、彼は家族の一員として受け入れられている。だから彼も、私を妹かなにかと思っているにちがいない。

 それでも、父も祖母もいない家で、颯馬と二人で暮らすと思うと緊張した。初めてのアルバイトに、初めての外泊。大都会では何が待っているのか――。

 いよいよ、大阪へ旅立つときだ。





参考サイト

http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db/txt/minwa/index.html

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