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螺旋の夏  作者: 八夜
7/11

――螺旋⑥ 二人で

――螺旋⑥ 二人で



 三人での通話が終わってから十五分後。

 それまで、静かに勉強していた隣でスマホが鳴りだした。

 ――プルルルル

【テレビ通話・着信中 黒羽颯馬】


 また、颯馬から? どうしたんだろう。

「はい、もしもし」

「ゆず葉、ごめんな。もう寝とった?」

「ううん、まだ。勉強してた」

 颯馬はもう枕に横になっている。腕を天井に伸ばしてスマホを持っているのだろう。

「なあ、ゆず葉。なんで今日、落ち込んでたん? 話を聞く感じやと、有名人に会えて嬉しいはずやないん?」

「いまは元氣だよ」

「夕方ごろ沈んではったやん」

「そうだけど……」

 なんて答えればいいか迷った。俳優さんのこと❞良いな❝と思ってしまったと、彼に話していいのだろうか。

 颯馬が画面越しに、私をじっとみている。

「俳優さんと会うたときに、何かあったんやろ?」

 彼には何も隠し事ができないと思う。黙っていてもこの通り、頭のいい彼はわかってしまう。


「俳優さんに、目の前で会った時……すごく衝撃的だった。いままでに知らなかった感覚というか、雷が落ちたみたいに胸が熱く鼓動してて……」

 颯馬は真剣な顔で黙って聴いてくれている。

「こんなに素敵な人が世界にはいるんだって、いいなって思って、またいつか大学でお話しできること期待してた。でも、あとで知ったら彼は俳優で、たぶんこの先もう滅多に会えないんだなって。あの笑顔は向けてもらえないんだなって……あんな風に私に興味を示して、名前を尋ねられることもないんだってわかったら、すごく寂しかった」

「ふー……。そうか」

 しばらく黙ってから、また颯馬は口を開いた。

「その人は、ゆず葉にとって初恋の人やったわけやな」

「初恋?」

「せやろ。ゆず葉、いままで男の人にそんな風に想ったことあらへんちゃうか? 初めて聴いたで、そんな話」

 私にとって、与那春樹さんは初恋の人——。

 もっと彼のことを知りたいと思った。また、お会いして一緒に過ごせる時間を増やしたいと思っていたかもしれない。

 これが恋なの……?


「そうなのか、よくわからないけど……もう、いいんだ。別の世界の人だってわかったし、秋にミュージカルみにいけるって決まったから、遠くから眺められるだけでも嬉しい」

「せやな。みんなでミュージカル楽しもうや」

「うん」

 嬉しくてニコっと笑顔になれた。

 颯馬は眠くなってきたのか、まどろんだ表情だ。


 しばらく静けさが漂った。

 それから颯馬が沈黙を破って、

「今日も目が綺麗やな、ゆず葉」

「な、なに、急に……」

 二人でいると、彼はときどき私を褒めてくれる。その時の颯馬は、ほかの誰にも見せたことないような表情をするのだ。さすがに照れる。


「今思たけど、ゆず葉の初恋は俺にしとけばええよ。その人に抱いた恋は、二番目にしとき」

「ふふ……なんで颯馬が初恋?」

 すこしおかしくて顎に手をあてる。

「初めてゆず葉が男の子にバレンタインチョコ作ったのって、俺やったやろ?」

「そうだね」

「せやから、初恋は俺。二番目はその俳優さん。次は、三番目の恋を探したらええやん」

「三番目の恋か……みつかるかな」

 これは颯馬なりの励ましなのだ。半分冗談ぽく、でも真剣に私のことを想って言ってくれている。電話を切って、また私が一人になったとき、落ち込まないためのおまじないをかけてくれているのだ。

 利佳子もそうだ。いつも楽しい目標をつくって、手をとっていざなってくれる。彼女の明るいパワーで癒され、キラキラした時間が流れる。

 短い恋だったけど、利佳子と颯馬のおかげで、また心はいつもの穏やかな自分でいられる。

「ありがとう、颯馬」

 颯馬は何も言わず、ただ、やさしく微笑んでくれた。

 

「ゆず葉、夏休み入ったらアルバイト探すんか?」

「うん、探してみようかな。一回もアルバイト経験ないから、この機会にチャレンジしてみる」

「ほうか。せやったら、一つ相談なんやけど……」

 颯馬がめずらしく口ごもった。彼から相談事など滅多にないことだ。

「めずらしいね。どうしたの?」

「あんな、俺のじいちゃんの友人に画材店を経営してるおっちゃんがおって、七月下旬から二週間くらいの間だけアルバイト募集しとんねん」

「画材店か……いいね。詳しく知りたいかも」

 絵を描くことが趣味なので、画材には興味がある。中学も高校も美術部に入部していた。

「ほんで、ゆず葉、絵描くの好きやろ。将来も絵本作家なりたい言うてたから、画材店でアルバイト、ええんちゃうかな思うて」

「うん! すごく興味ある。どこで募集してるの?」

 颯馬からまさかこんなにいい情報を得られるなんて思ってもみなかった。だから再度、彼は電話をくれたのだろう。この話をしたかったんだね。


「それがな、大阪やねん。俺が住んどるアパートから、自転車で10分くらいの距離」

「大阪かあ……」

 私が住んでいるのは東北地方だ。関西のお仕事では、とても通うことはできない。

「そんで、ゆず葉が良かったらなんやけど、しばらくうちに泊まりに来うへん?」

 颯馬はすこし緊張気味に伝えてきた。

「え、颯馬のところに?」

「せや。正直、俺の仕事、お盆休みまでがめっちゃ忙しいねん。帰ってきて夕飯作るのが最近しんどうて、もしゆず葉がその間来てくれたら、こっちでアルバイト経験もできるし、お盆休みに一緒に車で東北まで帰ったらええんちゃうかな思うて……」

「颯馬のアパートに、泊まっていいの?」

「ああ、その方が俺も助かんねん。会社の寮のアパートやけど、先に申請出しとけば誰でも来てええことになっとるから」

 関西にはまだ一度も足を運んだことがなかった。それどころか、東北から他のエリアへ旅したこともなかった。大阪といったら、大都会だ。この目で一度、都会がどういうところなのか見てみたいという氣持ちもある。


「そっか、いいかもね。アルバイト受かるかわからないけど、もしそのお仕事が決まったら、颯馬のところでしばらくお世話になろうかな」

「ほんま?」

 颯馬は驚いたような、嬉しそうな表情だ。

「うん。お父さんにも相談してみる」

「おお。ありがとな。俺もそのおっちゃんに、ゆず葉のこと話してみるわ」

「わかった。ありがとう、颯馬」

 彼はいつにもなく晴れ晴れした空氣に包まれている。そんな風にみえた。

 卒業してから三カ月、離れていたことが颯馬にとっては寂しかったのかもしれない。関西に住んだことがあったとはいえ、一緒に東北で育った仲だ。きっとあちらは、知り合いも少なく、慣れない環境での新しい生活やお仕事は、大変だと思う。


「ほな、ゆず葉。遅くまですまんかったな」

「ううん。利佳子と颯馬と話してたら、すごく元氣でた。こっちこそ、ごめんね。明日もお仕事なのに……」

「ええねん。ゆず葉におやすみ言うてもらえれば、明日も頑張れるわ」

「ふふ。じゃあ、またね。おやすみなさい、颯馬」

「おやすみ、ゆず葉」

 颯馬は画面越しに手を振っている。きっとすごく眠かっただろう、それでもずっと笑顔だった。

 部屋の明かりを消す。颯馬の最後の声が、心地よく耳に残っている。



 新しい目標がいろいろできた。

 夏休みに大阪でアルバイト。颯馬と過ごす都会の時間。利佳子と海かBBQへ行く約束もしている。

 そして秋に与那春樹さんのミュージカル――。

 楽しいイベントがこの先、たくさん待っている。

 叫びだしたいようなワクワクした氣持ちで、なかなか眠れなかった。





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