――螺旋⑤ テレビ電話
時刻は二十二時。
利佳子と颯馬、私の三人でテレビ電話がはじまった。
私はパジャマ姿で机に向かって勉強している途中だった。
利佳子も可愛い部屋着姿に、イヤホンしながら、ベッドでまったりモード。
「颯馬くん、久しぶり!」
「須藤、元氣やったか」
「あー! また”須藤”って言ってる‼ 利佳子って呼んでよね」
利佳子は高校の時から颯馬に「須藤」と呼ばれるのが好きではなかった。
「あ〜すまん、すまん。つい、クセでな……」
颯馬はシャワーを浴びたばかりなのか、髪が濡れている。肩にタオルをかけ、上半身裸っぽいけど、利佳子もいるから体は映さないように、スマホを持って話しているようだ。
「ほんで、最近どうなんよ?」
「元氣だよ〜。颯馬くん、さらに大人っぽくなったね」
「せやろ。毎日社会にもまれとるで、ええ男になってきたやろ」
相変わらず関西ジョークがお好きなようで。
「ちょうど、ゆず葉と颯馬くんの話してたんだよね」
「うん」
なるべく落ち込んでいないように返事をしてみた。
「大学はどうなん? 順調か?」
「そうそう、今日ね、うちの大学でドラマの撮影があったんだよ!」
利佳子は「こんな田舎の大学で!」と言いたげだ。
「へえ〜めずらしいな。有名人でもおったん?」
颯馬は冷蔵庫から麦茶なのか烏龍茶なのか、取り出してコップに注ぎながら会話を続けた。
「それが〜ゆず葉とすごい人が、なんと! とんでもない事になったんだよね♫」
利佳子はいつも楽しそうに話すので、どんな場でも盛り上がる。私もその雰囲気を微笑んで見守っている。
「利佳子オーバーだよ〜。そんな大したことじゃないよ」
本当はこの話題になぜか触れてほしくなかったが、彼女の明るい会話でなんとか普段通り話せている。
「なんや、すごい人て。ゆず葉と何かあったんか?」
「ほら、ゆず葉。その時のこと颯馬くんにも教えてあげなよ♫」
「う、うん。実は……」
「ちょ、ちょっと待て」
颯馬が慌ててさえぎった。
「まさか、誰かと付きおうたゆう話じゃないやろな?」
「あはははは。出た‼ 過保護颯馬!」
利佳子は大笑いだ。全く、何を言い出すかと思えば……。
「そんなわけないでしょ。たまたま、俳優さんに会って私のハンカチ貸しただけの話」
「俳優さんって誰や」
「与那春樹っていう俳優さんだよ。めっちゃかっこよかったんだよね。まあ、私は会ってないけど」
私も会いたかったな〜と、 利佳子は続けて呟いた。
「へー。 どないかっこいい人やったんか、見てみるわ」
いつの間にか白いTシャツを着ていた颯馬は、スマホをどこかに置いてパソコンの画面を開き始めた。
すると利佳子が、
「そういえばあの後、与那春樹さんのこと調べてみたけど、今年の秋ぐらいにミュージカル舞台の公演があるらしいよ」
「ミュージカル?」
利佳子のその情報に、私はすごく興味を惹かれた。
「そう、彼が主演のミュージカル。 結構面白そうじゃない?」
「……すごく、おもしろそう」
胸の内に、小さな希望の光を感じた。そうか、彼は俳優なのだから、何かイベントが開催されれば会えるチャンスもあるんだ!
「ゆず葉もやっぱり行ってみたい? そしたらさ、夏休み中にバイトして、秋にみんなでミュージカル見に行ってみない?」
利佳子の提案に、目の前がパッと明るくなる。
「それ、すごくいいね! 私、ミュージカル見に行きたい‼」
「本当? じゃあ、ゆず葉は決まりね。颯馬くんは?」
颯馬は、キーボードに何か打ち込んで画面を確認している。 与那春樹さんのことを調べているのだろう。頬杖をついて「ふ〜ん」といった面持ちでパソコンを眺めている。
「なかなか男前な俳優さんやな。 俺とええ勝負やわ」
「うっわー、颯馬ナルシー」
利佳子は、口元に手を当てて「わあ」という表情をしている。
「俺かて、この俳優さんくらいイケメンちゃうか?」
「そうだね、颯馬くんはかっこいいよ。よ、日本一‼」
利佳子がおだてると、颯馬は「参ったな~」と頭の後ろに手をやり、
「せやろ、せやろ~。日本一やろ~……って、利佳子おだてすぎやわ」
三人に笑いが起きた。
高校を卒業しても、こんな風に仲良く笑い合える関係なのが、すごく嬉しかった。
「まあ、でも。久しぶりに三人で出かけるのも楽しそやな。俺もミュージカル見てみたいわ」
利佳子が「やったー‼」と万歳するとスマホも宙に舞った。「ぎゃあああ」と画面が乱れている間、颯馬は私の方をみて微笑んでいるようだった。
スマホ画面と共に生還した利佳子が「えへへ」と照れていて可愛かった。
「じゃあ、これで決まりだね。秋ごろに三人でミュージカル‼ めっちゃ楽しみだわ~」
「やったー♪」
私も嬉しくて万歳した。それから続けて、
「そういえば、颯馬は夏休みこっち帰ってくるの?」
と、尋ねる。
「ああ。一応、帰る予定やよ」
「そうだ! 颯馬くんにもう一つお願いがあったんだ!」
突然利佳子が思い出したように話す。
「うちの弟、今年中学に入学してバスケ部に入部したんだって。だから、夏休み帰省してる間、またバスケの練習相手してあげてくれない?」
利佳子は、弟と二人姉弟で、弟くんは颯馬に憧れていた。颯馬が高校生のころは、よく彼にバスケを教えていたこともある。
「おお、海斗。バスケ部入部したんやな。オッケー、任せとき。そうだ、海斗もミュージカル一緒に行くか? 俺が海斗の分はチケット出したるさかい、行きたいか聞いといて」
「颯馬、太っ腹だね」
私が褒めると、彼は嬉しそうに、
「そうなんよ~最近、お腹太ってきたかしら~」
と、自分のぺったんこのお腹をぽんぽんした。
また、三人で大爆笑した。
こんな風に、なんだかんだ楽しく談笑していたら、あっという間に二十三時を超えていた。
「ほな、今日は久しぶりに三人で話せてえかったわ」
「海斗も喜ぶよ。ありがとうね、颯馬くん。体に氣をつけて、お仕事頑張ってね」
利佳子が、画面の向こうでバイバイと手を振っている。
「利佳子、また明日大学でね。颯馬も夏休み、待ってるから。またね」
「おお、じゃあな。利佳子、ゆず葉。大学頑張りよ」
――プツ。
長い長いテレビ電話が終わった。
私の氣持ちは、いつの間にか元氣になっていた。三人とも高校生のままの雰囲気で懐かしくもあった。
与那春樹さんのミュージカル。
すごく楽しみ。
機嫌が良いから、あともうちょっとだけ勉強のつづき、やろうかな。
空には月と星がキラキラしていた。