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螺旋の夏  作者: 八夜
5/11

――螺旋④ 颯馬

関西弁でおかしな表現があった場合は、コメント等でお知らせください。


6/6 修正。




 夕方ごろ。

 帰宅するために第二校舎の近くを通りかかってみたが、すでに撮影は終わっていたらしく、立入禁止の規制線はどこにも貼られていなかった。

 講義を受けている間に、みんな撤退したのだろう。

 彼も、もうここにはいない。きっとこの先、出会うことはないだろう。

 胸のうちが切なかった。でもなぜ、落ち込むの?

 たった一瞬、目の前にほんのすこしの時間、彼が存在していただけで、いったいその人の何を知っているというの。

 何も知らない。俳優をしていて、名前は「与那春樹よなはるき」さんという。ただ、それだけだ。

 むしろ、そんな情報は知りたくなかった。

 同じ大学の人だと思い込んで、卒業までに彼を探し出し、お茶に誘ってみるというワクワクした大学生活を送れたかもしれないのに……。彼が俳優だとわかれば、それはもう手の届かない世界の人でしかなかった。そんなふうに感じて、氣持ちは沈んでいた。

 駅に向かうまでの道のりが果てしなく遠く感じる。

 プルルル――

 スマホが鳴った。

 鞄からスマホを取り出して画面をみる。

【着信中 黒羽颯馬くろばそうま


 なんだ……颯馬か。

「もしもし……」

「よ、ゆず葉。元氣か?」

「どうしたの、電話」

「なんや、元氣ないな。大学でなんかあったん?」

 なぜか明るく話せなくて、颯馬はそれに氣づいてしまった。

「別に……なにも」

「あとで話聞いたるから、氣ぃつけてうちに帰りや。まだ仕事残っとるから、夜また電話するわ」

「うん……。そういえば、利佳子が颯馬元氣かなって氣にしてたよ」

「さよか。なら、三人でテレビ電話するか?」

「いいよ」

「ほな、またかけるわ。ゆず葉、元氣出しいよ。またな」

「またね」

 颯馬は優しい声で励ましてくれる。いつもそうだ。私のこと氣にかけてくれて、氣分が晴れないときはだいたいそばにいてくれた。

 むかしからそうだった。



 颯馬が私のいる東北の学校へ引っ越してきたのは小三のときだった。関西から越してきた彼は、訛りで話すのを周りにからかわれていた。

 なかなかクラスになじめていなかった記憶もある。当時の彼は背も小さく、泣き虫だった。よく帰りに涙を流しながら帰っている姿をみかけた。

 隣の家に引っ越してきたので方角が一緒だったのだ。


 ある日、学校に忘れ物をした私は、夕陽に染まった教室へ戻ってきた。外ではひぐらしの鳴き声が響いていた。教室ではその鳴き声に混じって、颯馬が一人泣いていた。ランドセルは机に置いたまま、帰る準備もできていないようだった。

 私は思わず、

「どうしたの?」

 すると颯馬はビックリして、

「わあ!」

 と、振り返った。

「どうして泣いてるの?」

「……」

 颯馬は、その理由をなかなか教えてくれなかったけど、私が近づいて「大丈夫?」と声をかけると、

「……連絡帳なくなってん」

 悲しそうに答えた。

「連絡帳?」

「……あれがあれへんと、今日の宿題わからん。また先生にどやされる」

 ”また”ということは、もう何度も同じような目にあっていたのだろう。

「探してもないの?」

「あらへん。昨日の宿題もできてへんし、どないしよ」

 私はすこし考えて、

「そうだ!」と、窓際へ走った。突然の行動に、颯馬は涙をたらしながら不思議そうにみていた。

 私は窓の外の木に向かって、小さな声で話しかけた。

「ねえねえ、そこの立派な木の精霊さん。黒羽くんの連絡帳がどこにいったか知ってる?」

 すると木の葉はざわざわしながら、

 ――××くんと××くんが音楽室に隠しに行った。

 そう返事があった。

 私がすぐに振り返って、

「黒羽くん、わかったよ! 連絡帳のあるところ‼」

「え、ほんまか?」

「ついてきて」

 私と颯馬は音楽室へ走った。

 しばらく音楽室を探していると、ピアノのふたの中に【くろば そうま】と書かれた連絡帳がみつかった。

「ごっつい! ほんまにみつかった‼」

 颯馬はすごく嬉しそうにノートを天に掲げていた。

「よかったね」

「ゆず葉ちゃん……やったっけ? ほんま、おおきに」

 颯馬は照れくさそうに下をむいている。そのあとすぐに、私の表情をうかがった。

「なんでここにノートがあるってわかったん?」

 動物や植物と話せることを、颯馬に話していいか迷った。父や祖母からは、このことをあまり周りには言わない方がいいと、口止めされていたからだ。

 すこし黙って考えてから、颯馬の顔をみた。

「……だれにも言わない?」

「うん、約束する」

「本当に?」

「あたりまえやん」

 そうしてすこし、もじもじしてから私は、颯馬の顔を今度はみないで話した。

「あのね、わたし……植物と話せるの」

「え?」

「教室からみえる木があるでしょ? あの木に話しかけて、黒羽くんの連絡帳がどこにいったか知らないか聞いてみたの」

「な……そないなことできるんか」

「うん。そしたら、××くんと××くんが音楽室に隠しに行こうって話してる声が聞こえた、って教えてくれたんだよ」

「そうやったんか。ゆず葉ちゃん、ごっついなぁ」

 颯馬の目はクリクリして輝いている。

「せやかて、あいつら……絶対明日は勝手なことさせへん‼」

 今度は怒った表情をみせた。

「黒羽くん、私にいい考えがあるの」

「ほんまか? なになに?」

「もう今日は遅いから、明日学校にきたらまた話すね」

「わかった。ほな、一緒に帰るで、ゆず葉ちゃん」

「え? 一緒に?」

「せやで、もう暗いから僕が家まで送ったる」

 颯馬はまた照れくさそうにしていた。もうすっかり薄暗くなっていたのを覚えている。


 次の日、例のノート泥棒を担任の先生に現行犯逮捕してもらった。私がまた例のごとく、鳥や木に、犯行が起きるときに教えてほしいとお願いしたのだ。そうして急いで先生に知らせ、現場を押さえた。

 犯人二人組は颯馬に謝り、クラスに馴染めなかった颯馬は、みんなの誤解も解いていった。頭が良くて、運動神経抜群で、本当はコミュニケーションも上手だった彼は、どんどんクラスの人氣者になっていったのだ。

 犯人が捕まった日の帰り、颯馬は「このことは二人の秘密やで」と、私が隠しておきたい能力のことを誰にも話さないと約束してくれた。

 それからというもの、颯馬はちょくちょく私の部屋へ遊びに来た。宿題をやりに来たり、新しいゲームを買うと私を彼の部屋へ招待してくれた。


「もし、ゆず葉を傷つけるやつがおっても、俺が守ったるさかい、なんも心配せんでええよ」

 生意氣な小学生のころ、反抗期の中学生のころも、照れて恥ずかしいと感じていただろう高校生のときも、いつも颯馬はそばにいてくれた。





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