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螺旋の夏  作者: 八夜
4/11

――螺旋③ 学食

6/4 修正



 いくつか講義を終え、学食でまた利佳子と落ち合った。普段はお弁当を持参しているが、夏の間は悪くなってしまうので、学食を利用している。

 涼しさを求めてたくさんの学生で席はぎゅうぎゅうだ。利佳子の学部の友人も一緒に四人で席を囲む。

 今日は「冷やし中華」を注文した。


 どこの席からも聞こえてくる話題はやはり、あの第二校舎の撮影クルーたちのことで持ちきりだ。

もちろん、私たちも。

「噂ではあの撮影に、俳優の×××と女優の×××が来てるらしいよ」

「え~それって●●●っていうドラマかな。利佳子たち第二校舎みてきた?」

 利佳子の友人は芸能情報に詳しそうだった。

「うん、朝登校してきたときに見たよね、ゆず葉」

「そうだね」

 第二校舎のあたりはもはや近づけないほどの人であふれかえっている。学食に来る前、その辺りを確認したらそんな様子だった。

 きっと、そのうち規制線が貼られるかもしれない。

「だれか有名な人みえた?」

 友人Aは利佳子の方へすこし前のめりになった。

「私そんなに芸能人詳しくないからな~。なんて俳優さんと女優さん?」

 利佳子も私も、そんなに有名人に明るくない。

「この人だよ」

 と、友人Bがスマホを利佳子に手渡した。

 私と利佳子は画面を同時に確認する。

 

  ――与那よな 春樹はるき

 あ……!

 この人は――

「え⁉ この人……‼」

 私は思わず大きい声を出した。だって、そこに映っていたのは……。


 近くの席の何人かは私の方をチラッとみてきた。

「え、ゆず葉。知ってるの?」

 声の大きさに利佳子もすこし驚いていた。一番ビックリしているのは、私かもしれない。

「あの……今朝、この人にハンカチ渡したから」

「えー⁉⁉」

 今度は三人が一斉に大声を上げた。

「ハンカチ渡したって……この俳優の与那春樹に、渡したの⁉」 

 友人Bが動揺している。

「うん、この人だった。でも、俳優さんだってことは知らなかった……」


 三人はすこしの間言葉を失ってから、今度はキラキラした様子で質問攻めを繰り広げてきた。

「どこで会ったの?」

「近くで与那春樹さんみたの⁉」

「え、何かしゃべったの?」

「近くでみてもかっこよかった⁉」

「それで、そのハンカチどうしたの?」

「そのあと、どうなったの⁉」


 みんなの質問が遠くの方で右から左へ流れていく。私は画面に映る彼の姿にとらわれてしまっている。

 まさか……俳優さんだったなんて。

 どうりで、ほかの人とはちがうオーラをまとっていたのだ。

 あんなにかっこよくて人を釘付けにする存在など、そう簡単に周りにいるわけがなかった。

 私は彼をみつめたまま思わず、

「かっこいい……」


 いつの間にか奪っていたスマホを、今度は利佳子が、どれよく見せてと横取りしていく。

「ああ、たしかにこれはかっこいい」

 彼女もため息がもれるかのように納得していた。

「近くで芸能人に遇えるなんて、うらやましいな~」

 友人Aは、ストローでグラスの中の氷をかき混ぜながら私たちをみつめる。

「それなら、あとで第二校舎行ってみる?」

 利佳子が提案する。

「いくいく!」

 友人Bは乗り氣だ。私も行ってみたかった。でも、掲示板を確認したあとに受付本部に提出する書類があった。

 おまけに次の講義はC棟の教室で、移動に時間がかかってしまう。

 ここの大学は無駄に広い。第二校舎へ寄り道したら、次の開始に間に合わなくなりそうなので、断った。

 コップを手にとり、氷のシャラシャラゆれるお水を口に含んでも、彼のことを考えずにはいられなかった。


 

「じゃあね、ゆず葉。私、今日講義終わったらそのままサークル行くから。またね♪」

「うん、頑張ってね! またね」

 学食を出て、利佳子たちと別れる。例のごとく、彼女たちは第二校舎へ向かっていく。

 あの校舎にはまだ、彼がいるのだ。まぶしい姿をもう一度、間近でみてみたかった。

 ――与那 春樹。

 今朝のことがまるで夢のようだ。

 そういえば彼、私のハンカチを持っていったままだ。どうぞと差し出したのに、今さら返してくれなんて思わないけど……まあ、いいか。ハンカチ一枚くらい。たくさん汗を拭いていたから、もういらないと捨ててしまっているかもしれないのだから。

 それから……久しぶりに聞こえた鳥の言葉。

 あの木漏れ日で聞いた"大事な人"とは、もしかして彼のことだったのだろうか。

 いまとなっては、わからない。





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