54*好きな人 -03-
早めに更新できました。
今回も少し長めです。
「友人、ですか」
リアンが戸惑うような声を出した。
アイリスもティントレットを見つめる。
すると彼は苦笑した。
「正確には、味方になってほしいんです。この国では……ミアノの味方はそう多くないので」
予知の能力が怖がられていることが関係しているようだが、ミアノの出自についても疑問の声が内部で上がっているという。得体が知れない。奇妙な能力もある。そんな者を王族にしていいのかと。
そんな声がありながらもミアノを王女にした。ミアノのおかげで国が保たれているのも事実で、周りもそれ以上のことは言えないようだ。
「……もしや、そのために文書を送られたのですか?」
リアンの言葉に、アイリスははっとする。
ここに来る前「ミンティス王国の王族の中に未来が見える者がいる」という文書が王族宛に届いた話があった。しかも近隣諸国にも送っている。そんな重要なことを文書ではあるが周知するなど、どんな狙いがあるのか、警戒していたのだが。
「ええ、そうです。全てはミアノのために」
さも当たり前のような声色で言われる。
リアンは気難しい顔になる。
「……危険な行為です。政治的に利用してくる国もいるかもしれませんよ」
「ミアノはそこまで予知しています。信用できる国と、すぐには難しい国も教えてくれました。招待状を下さった国もいますが、遠慮しています。先程も伝えたが、あなた達は信頼できそうだったから受け入れたんです」
「あのー、ちょっといいですか?」
急に別方向から声が聞こえ顔を動かせば、いつの間にかガクが姿を現していた。いつもは隠密を徹底しているのに珍しい。リアンは隠密がいることは先に伝えているようだが、基本的に姿はあまり見せないはずだ。
「側近の一人、ガク言います。先程まで城の中を観察していたんですが、みんながみんな、ミアノ殿下に怖がっているわけじゃないですよね?」
「それは……」
「陛下はご多忙のため、そこまでミアノ殿下のことを見ているわけではありません」
少しだけ固い声が聞こえたと思えば、ティントレットの後ろにいる人物が発していた。長い赤毛を一つにして前に下ろしている。年齢的に二十代。側近のようだ。背筋を伸ばし、鋭い目つきでこちらを観察している。
「アガサ……」
ティントレットが窘めるような声を出す。
だがアガサと呼ばれた青年は態度を改めなかった。
「公務をしている陛下は常にこの国のために身を粉にして働いておりますので」
「僕だけじゃない。君達も手伝ってくれているだろう」
「一番働かれているのは陛下ですよ」
ティントレットには忠誠を誓っているようだ。こちらに対しては厳しい態度だが。ガクはそんな彼に動じず話を続ける。
「自分、変装も得意でして。ミアノ殿下のことをどう思っているか、城の人達に話を聞くとか可能ですけど、どうです?」
「え、」
「は? なんだ貴様」
アガサがあからさまに尖った声色になる。
警戒心を露わにしていた。
「だって姫が周りにどう思われているか、正確な情報知りたくないですか? 自分的に、そこまで他の人と関係が悪いとは思わないんですけど」
「それは、」
「陛下、こんな奴の言葉に耳を傾けないでください」
リアンがそっとアイリスに耳打ちする。
「どうやらいい臣下がいるようだな。なんだか安心した」
「ですね。それよりガク殿の提案どうします?」
「あー……」
しばらく考えた素振りをしつつ。
リアンは声をかけた。
「どうでしょう。うちの側近は優秀です。友好的な関係を築く上でも、使ってみませんか」
「しかし……」
と言いながらティントレットの目が揺れた。
それを見たリアンは、補足するように続ける。
「ミアノ殿下が一人でいることを私はいいと思いません。私も王子で、王族としての重圧は感じています。ミアノ殿下が幸せな日々を歩むためにも、内部の味方はいた方がいい。外部の味方を作ったところで、手伝えることはあまりありません」
ティントレットはその言葉にはっとする。
そして少しだけ項垂れた。
友人になってほしいという提案は互いの関係を良好にできる。だが、ミアノ個人に対しては、リアンの言う通り、できることは限られている。内部で裏切らない味方を作る方が圧倒的にいい。
それに。
「身近に味方がいてくれるだけで、城の中でも息がしやすくなります。私がそうです。信頼できる臣下がいるから、好きに動くことができる。たまに怒られますが……それも私を思ってのことですから」
リアンは最後、アイリスに目配せする。
口角を上げていた。
(なによ)
アイリスも同じような顔になる。
(いつも口うるさいとか文句ばっかり言うくせに)
珍しいことをしてくれるものだ。
だが今は素直に受け取ろう。
二人の様子を見てか、ティントレットの顔色が変わる。意を決して「お願いします」と口にした。するとアガサが「私が付き添います。城の中での勝手は許しませんから」と付け足す。ガクは「はいそれで~」と軽く返事をしていた。
「本当に、ありがとうございます」
ティントレットが頭を下げてくる。
リアンは慌てて上げるように伝える。
「これくらい、些細なことです」
「いいえ、ありがたいです。私にとってミアノは、本当に、目に入れても痛くない存在ですから……。ああそうだ、モネ殿下に会われますよね」
リアンの肩がびくっと動く。
「え、ええ」
「明日には話せる場を用意いたします。本日はゆっくりお休みください。城内は自由に過ごして構いませんので」
「あ、ありがとうございます……」
(急に静かになっちゃって)
アイリスは半眼になって息を吐く。
さっきまでかっこよかったのに。
好きな人になるとこれだ。
「俺は一体どうすれば……」
「馬車の会話ループしてますよ」
話が一段落し、客間に移動する。
リアンは溜息ばかりついて顔を手で覆っている。
「だって……無理だ。モネに何を言えばいいのか分かんねぇ」
そろそろ面倒くさくなってきた。
「とりあえず告白だけすればいいのでは?」
「おいアイリス。お前めんどくさくなってきてるだろ」
(バレたわね)
「モネ殿下は喧嘩したいって言ったんです。喧嘩しましょ」
「…………喧嘩はしたくない」
「どうして?」
「絶対モネの方が強いだろ」
「強そうではありますね」
「はぁああ……俺なに言われるんだろ」
(尻に敷かれそうね)
勝手に未来を想像してしまう。
「ミアノ殿下の予知が本当なら、明日は大事な時間になりますよ。モネ殿下の気持ち、ちゃんと受けとめてくださいね」
「…………。ああ」
リアンは姿勢を正した。
なよなよしていると思えば、顔が引き締まっている。普段通りの自信に満ちた振る舞いに戻っていた。ミアノの予知の話が相当来たのかもしれない。そりゃあそうだ。このままだとモネはバルウィンと結婚してしまうかもしれないんだから。
(これなら大丈夫かしら)
アイリスは別件のことを思い出す。
「ミアノ殿下、バルウィン殿下に会いたがっていました」
「え、なんで」
「結婚するかもしれない相手だから」
「ちっ」
(思い切り舌打ちしたわね)
兄を理想の王子、理想の王と思っているからこそ、相手も理想の人がいいのだろう。好きな人であるのにモネなら相手に相応しいと思っているくらいに。王族としてよく見ているというべきか、やっぱりブラコンだと言うべきか。
「手紙を出そうと思うのですが、よろしいですか」
「…………」
「嫌ですか」
「……出してもいい。俺は納得しないけど」
「はいはい。じゃあ明日、頑張りましょうね」
「脅すなっ!」
(脅してないわよ……)
勝手にそっちが緊張しているだけだろう。
「ミアノ殿下の元に行かれるんですか?」
夕食を終え、そろそろ日が沈む頃。
アイリスとロイは泊まる部屋にいた。
彼は身支度を整えている。
「ああ。来日してからずっと、夜は部屋の前で護衛をしている」
ティントレットから事情は先に聞いていたらしい。護衛のことは許可をもらっているようだ。さすがに最初は驚かれたようだが、ミアノが大丈夫だと太鼓判を押したのだという。愛する娘が言うことだからティントレットは許可を出したのだろう。
話を聞く限り、ミアノの傍は人がいないように見せかけて、遠くで護衛はしている。夜も部屋の前で騎士達が護衛をしているようだ。だがミアノと護衛、双方の気持ちを考え、ロイは一緒に護衛をすることを決めた。護衛の騎士とは眠気を覚ますために日常的な話をするらしい。面倒見がいいところはさすがだ。城の人達も悪い人ではないらしく、ミアノとの距離感について悩んでいるようだ。
ちなみにリアンの傍にはグレイとガクがいるため、アイリスは護衛をする必要がない。リアンからゆっくり休めと言われた。ロイと一緒でよかったなと若干からかうような顔で言われ、モネ殿下とそういう関係になれたらいいですねと皮肉をあげた。するとうるせぇと部屋から追い出された。
アイリスは恐る恐る聞く。
「……あの、私も行って」
「駄目だ」
ぴしゃりと言われてしまう。
「明日はリアン殿下とモネ殿下の大事な話し合いがある。アイリスはリアン殿下を支えないと」
「それは……そうですけど」
そうは言われても、ミアノのことはやっぱり気になる。同性同士であるし、何かあった時に部屋に入ることもできる。自分だからミアノにしてあげられることはあるんじゃないかと思うのだ。
「体力には自信があります。私もミアノ殿下のために何かしてあげたく、て」
話の途中で唇を塞がれてしまう。
一瞬だったが、アイリスは後ろにのけぞる。
「な、な!? 急に何するんですかっ」
「可愛いなぁと思って」
「は!?」
(真顔で何言ってるの!?)
「だ、大体ここは他国ですよ。こんな、」
「口づけだけなら問題ない。俺達は恋人同士であるし、それを理解してくれた上で部屋を同じにしてくれた」
「それはっ、そうですけどっ」
だからといって公私混同されるのは困る。
気持ちがブレてしまうじゃないか。
するとロイは少しだけ困った顔をした。
「徹夜続きで少し疲れてるんだ。甘えさせてくれないか?」
「!」
来日してから毎日ということは、かなり日数が経っている。仮眠は取っているようだが、確かにくまが濃く見えた。
「は、はい……」
甘えさせるとはどうやって? と思いながらそのままでいると、ロイに抱きしめられる。久しぶりの温もりを感じながら、ロイは何度かアイリスの額や頬に口づける。アイリスは目を閉じてそれを受け入れるしかなかった。慣れないので体が硬直しつつそのままでいると、唇も重なる。
しばらくしてから離れた。
「ありがとう」
「……これで、いいんですか?」
「ああ。元気が出た。明日はお二人のことに集中してくれ。二人が仲直りしたら、ミアノ殿下のことを頼みたい」
「わ、分かりました」
直後に仕事の話をされ、なんとか頭を切り替える。が、思考はふわふわしていた。ロイはそんなアイリスを見てくすっと笑い、もう一度唇に触れてくる。
「じゃあ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
扉が閉まった後、アイリスは膝から崩れ落ちる。
(な、慣れない……)
これに慣れる日はいつ来るんだろうか。それに、確実にあの夜から、恋人らしい甘い雰囲気が出るようになった。それは嬉しいといえば嬉しいが、やはり仕事の話も一緒にされるのは困る。すぐに切り替えられるロイのことを、アイリスは少しだけ恨めしく思った。
「アイリス様。お久しぶりです」
「モネ殿下。お久しぶりです。お元気でしたか」
「ええ。ミンティス王国の方々のおかげで」
久方ぶりのモネは、以前より大人びて見えた。気持ちが少しは落ち着いたのかもしれない。彼女の真の強い瞳がこちらに向いているのだが、アイリスはちらっと主君を見る。明らかに視線が下がっている。ついでに顔も強張っていた。
(情けない……)
背中を思い切り叩きたいくらいだ。
「リアン殿下」
「! ああ」
「来てくださってありがとうございます」
「いや…………すまなかった」
「それは何の謝罪ですか」
「っ……」
(痛いところ突かれたわね)
ただ謝るだけでは駄目だ。
明確にしないと。
「……失礼な態度を取った」
「それくらいで私が怒るとでも?」
「…………」
(強い)
喧嘩ではモネが圧勝かもしれない。
「……リアン殿下のお気持ちは、理解しているつもりです」
「!」
モネは視線をずらす。哀愁が漂うな、それでもどこか納得しているような、そんな雰囲気を纏わせながら。
「これは私の我儘ですわ。今までお父様の言う通りに振る舞ってきましたが、今回だけはその我儘を突き通したかったんです」
「…………」
「私は、あなたのことを」
「好きだ」
リアンは言葉を被せていた。
用意していたというよりも、反射だった。
モネは呆気に取られたような顔になり、リアンは真顔から一転、一気に顔に血が集まる。言った後で気付いたのか、また縮こまっていた。
(やるじゃない)
アイリスはにやけてしまう口をなんとか抑える。反射とはいえ、自分の気持ちをモネより先に言えた。リアンは少し考えすぎなのだ。気持ちを伝えるのはこれくらいの勢いがあっていい気がする。
「……え」
遅れてモネの顔が赤くなる。
それを見たリアンは顔を背けた。
きっと彼女と同じ色に染まっているはずだ。
「あ、あの、」
モネが声を振り絞る。
「わ、私も。以前助けて下さった時からずっと……お慕いしております」
「…………え」
今度はリアンの目が見開いた。
「「…………」」
数分後。
(……いつまで照れ合うのかしら)
静寂のままここにいるのが若干気まずくなってきた。二人は何も言えないのか、下を向いたり別の方向に身体を動かしたり、冷静を保とうとしながらもできていない状態になっている。
「そろそろ私、お邪魔では」
苦笑しながらアイリスが口にすると。
「そんなことないっ」
「アイリス様、いてくださいっ」
二人に懇願されてしまう。
(えええ……)
これ以上どうしろと。
ロイがいればいいアドバイスができただろうが、残念ながらここにいるのはアイリスとモネの侍女だけだ。グレイは気を遣って部屋の外で待機しており、ガクはアガサと共に仕事をしている。侍女も口は挟まないようで無言を貫いていたが、二人が悶絶している間、何度もアイリスは目が合った。
『どうしましょうか』
『どうしましょう……』
という目の会話を実は繰り広げていた。
「モネ様。このままでは話が進みませんわ。これからどうされたいのですか」
侍女がそっとモネに聞いてくれる。
(侍女殿ありがとう……!)
アイリスは心の中で礼を言った。
便乗してリアンに声をかける。
「リアン殿下もですよ。いつまでもこのままではいけないでしょう」
「な、だ、だって」
だいぶ頭が混乱しているらしい。
言葉にならないようだ。
それはモネものようで。
「ま、待って。心が、落ち着かないの。だってリアン殿下が、私のこと、好き、って」
彼女がちらっとリアンに顔を向ける。
リアンも同じようにモネを見る。
目が合った瞬間、二人はすぐに顔を背けた。
そして唸るように何か音を発している。
(か、可愛いわねこの二人……)
初心すぎる反応にこっちもなんだか恥ずかしくなる。アイリスはつられて赤面するが、侍女は冷静だった。少しだけ息を吐いた後。
「ではお二人共、一旦国に帰りますか」
と、提案する。
「「え?」」
「ミンティス王国に匿っていただきました。互いの気持ちが同じであるのなら今後の話は穏便に進むでしょう。いつまでもここにいるのは申し訳ありませんわ」
「そ、それは」
「そう、だな」
二人共頭が冷えたのか表情がなくなる。他国に迷惑をかけてしまっていることに少しだけ申し訳なさが出ていた。両想いであることは確定したわけだが、婚約者の話はどうなるのだろう。一旦白紙にはなったが、どっちが国王になるのか問題は平行線のままな気がする。
そしてミアノの予知を思い出す。二人が仲直りすれば結ばれる。実際そうなった。予知通りなら、このまま二人は結婚するはずだ。そしてバルウィンは……。
コンコン。
ドアがノックされ入ってきたのはミンティス王国の使用人のようだ。急用らしく、リアンに向かって足早に近付いてくる。そして一枚の手紙を渡してきた。
「バルウィン殿下からお手紙が届いております」
「兄貴から?」
手紙は昨日出したばかりだ。
軽く状況を伝えた上でミアノが会いたがっていることを書いた。おそらく忙しいだろうし、読んだとしてもこんなに早く返事が届くとは思っていなかった。
手紙に目を通したリアンは、すぐにアイリスを見る。
「明後日、こっちに来るみたいだ」
「え」
(そんなに早く?)
バルウィンは手紙を持って窓を眺めている。
「どんな子なんだろう」
彼の机の上には大量の書類が置かれ、書物が何冊か散らばっている。見るからに仕事があると分かる状態だが、バルウィンは空を見てぼんやりしていた。
「僕にとって女神であればいいな」
消え入るような声だった。




