53*好きな人 -02-
お久しぶりです。だいぶお待たせしました。
今年もよろしくお願いします。
しばらくスランプになってしまい……こうして更新できてよかったです。今回も楽しんでいただけますように。いつもより長めです。
馬車に揺られながらアイリスは目を動かす。
斜めに座るリアンは眉を寄せたままだ。
これから向かうミンティス王国に対し緊張しているのか、それとも憂鬱なのか。どちらとも言えるが、ずっと逃げていたつけが回ってきたようなものだ。こればかりは自分で乗り越えてもらわなければ困る。
「――アイリス」
「はい」
「胃が痛い」
「自分でなんとかしてください」
「はぁ……もうどうしたらいいんだよ……」
(ようやく愚痴を吐いたわね)
ずっとだんまりだったくせに。
ついでに外に追い出したくせに。
色々と文句を言いたいが、臣下の立場。
フォローするのも役目というもの。
「殿下はどうしたいんですか」
「…………」
「そこ黙ります?」
「よく分からない」
「ええ?」
「俺にとって、国もモネも、どっちも大事だ」
「…………それ、仕事も好きな人も大事って言ってますよね?」
「そうだが?」
「そうだが? じゃないんですよ」
(そこはモネ殿下の名前を一番に出しなさいよ)
と心の中では呟くものの、リアンは王子で、そんなことを軽々しく口にできるはずもない。という事情は分かっているが、モネとミンティス王国の王女は友人同士。このままのリアンで怒られないだろうか。
無難な対策を促す。
「国のことは一旦忘れて、自分の気持ちに素直になってください」
「……そもそもモネにはもっとふさわしい人がいるんじゃ」
「いい加減にしなさい」
「え」
さすがに堪忍袋の緒が切れる。
これに関しては優しいから、王子だから、という一言では片付けられない。モネが行動してくれたから、今リアンはここにいるのだ。
「誰のせいでこんなにこじれたと思ってるの。しばくわよ」
思わずドスの利いた声になる。
リアンは微妙に引いていた。
「はっはっは」
隣にいたガクがおかしそうに笑っている。
「俺がリアンに変装することもできるけん、任せといてや」
なぜか綺麗にウインクしてきた。
アイリスは思わず顔をしかめる。
「それ一番最悪な方法じゃないですか」
「リアンより人の機嫌を直すの得意やと思うんやけどなぁ」
「ふざけんな。俺に勝手に変装なんて許さねぇぞ」
「……そろそろ着きます」
ずっと無言でいたグレイが呟く。
「えっ、」
リアンが露骨に怯えす。
王子の威厳はどうした。
アイリスは毅然とした態度でいた。
「先にロイ殿がいますから。安心してください」
ミンティス王国に着くと、謁見の間に通される。
水が有名な国だからか、白を基調とした城だ。ガラス製の美術品も飾られていて、センスの良さを感じる。リアンは一見堂々と歩いているが、心の中では怯えているのだろう。と予想したアイリス。その後ろにグレイが続く。ガクは隠密なので姿を隠しながらついてきていた。
すんなりと城の中を案内されたのは少し驚いた。外交をあまりしない国なので警戒されるだろうかと思ったのだが。先に来ているロイが信頼を勝ち取ったのかもしれない。
「姫が参りますので、しばらくお待ちください」
案内の者がその場から移動する。
しばらくして、奥から足音が聞こえた。
(あ)
やってきたのは二人。
一人はこの国の姫だろう、小柄な少女だ。白いシンプルなドレスに身を包んでいる。目は黄金色。髪は長いプラチナ。綺麗な風貌を持つが、想像より幼かった。てっきりモネと同世代かと思っていたが、少し幼い気がする。
そんな彼女のエスコートを、ロイがしていた。こちらの国の騎士服を着ているのだが、まるで側近の如く彼女に連れ添っている。アイリス達を見て小さく笑ってくれたので、おそらく関係はいいのだろう。
それよりも。
(どうして他の護衛はいないのかしら)
城の中を歩いている時は、メイドや騎士がいることを確認できた。だがこの部屋には二人以外誰もいない。あえてそうしてくれたのかもしれないが、そもそもロイが姫と一緒に登場したのが不思議だ。
「ねぇ」
「……!?」
辺りを見渡していたからか、気付くのが遅れた。
目をきらきらさせながらこちらを見ている。
「あなた、ロイの恋人?」
「へっ」
「そうです。ミアノ様」
ロイも近付いてくる。
笑顔がなんだかきらきらしている。
「へぇ!」
ミアノと呼ばれた少女は、アイリスの周りをぐるぐると回り出す。「そっか~。恋人か~。いいなー。自分だけの大切な人なんでしょう?」「はい、そうですね」と二人は話している。何の話をしているのだろう。知らぬ間に紹介されていることに、アイリスは気恥ずかしい気持ちになる。
「あ、私はミアノ。あなたアイリスでしょ。いい名前だね。ロイから話は聞いてるよ。二人は同じ部屋にしておくからね」
「えっ!?」
思わず素で叫んでしまう。
いきなり部屋の話をされると思わなかった。
「い、いえ。そこまでお気遣いいただくわけには」
「いいの。私、恋とか愛とかに興味あって。身近にカップルがいてくれた方が観察できていいんだよね」
(観察対象……?)
なんとなくモネと同じ香りがする。
それで意気投合したんじゃないだろうか。
ミアノはリアンに顔を向けた。
「あなたがリアン?」
「あ、ああ」
「ふうん」
今度はリアンの周りをぐるぐると回り出す。かなり身軽だ。動きが速い。小柄だからこそより身体が軽いんだろうか。頭からつま先までリアンを見た後、ミアノはなぜ首を傾げた。
「あなたじゃない」
「え?」
「ねぇ、兄弟いる?」
「ああ。兄と妹が一人」
「お兄さんって金髪で亜麻色の目の人?」
リアンは思わず目を見開く。
「なんでそれを」
ミアノは外に出たことがないはずだ。思わずロイを見るが、彼は首を振っていた。おそらくバルウィンの話はしていないのだろう。
すると彼女はふふふ、と笑いだした。
「その人と私、いつか結婚するって未来で出たの。ね、その人と私って合うと思う?」
「…………は?」
(これが、あの能力?)
未来が見えるという、あの。
まさかすぐにお目にかかれるとは。
これが本当ならすごいことだ。
それにしても。
(案外あっさり話してくれるのね)
ちょっと警戒心が無いようにも感じる。
彼女はかなり気さくだ。
「笑っている顔が出てきたの。かっこよくって、優しそうだった。ねぇ、私とお似合いかな?」
彼女は無邪気に笑っている。
年頃の年齢だからだろう。
それをアイリスは可愛いと思っていたが。
「絶対ないな」
リアンのはっきりした物言いに、アイリスはぎょっとした。よく見れば眉を寄せているし、なんだか不機嫌そうだ。
「誰がお前みたいなちんちくりんが兄貴の相手だよ」
「ちょ、リアン殿下!?」
自国ならまだしもここは他国。しかも交流が望まれている場だ。いつもなら場を弁えた振る舞いをするというのに、裏の顔が出てきてしまっている。
「兄貴は王子の中の王子だ。その兄貴と結婚するのは同じくらい立派な淑女だ。絶対お前じゃない」
ミアノは目をぱちくりしていた。
(ちょっ、ブラコン――!!!)
誰よりも兄が国王にふさわしいと思っているリアンのことだ、バルウィンのことを持ち上げたいんだろうが、それにしたって相手に対して失礼な物言いになっている。そこまではっきり口にすることはないだろう。薄々思っていたが、互いにブラコンすぎじゃないだろうか。
「兄貴は優しいからお前のことも受け入れるかもしれないが、俺は絶対認めない」
さすがにこれ以上は言い過ぎだ。
ちょっと小姑のようにも見える。
「リアン殿下っ、こちらは招かれた側ですよ! 大人げない態度取らないでくださいっ」
「馴れ馴れしい態度のあっちの方が失礼だろうが」
「――ねぇ」
急にミアノの声が低くなる。
「モネと仲直りしないと、そのお兄さんがモネと結婚するよ?」
リアンとアイリスは動きが止まる。
先程まで穏やかな笑みを浮かべていたミアノは今。
怖いくらいに表情がなくなっていた。
「本来モネはあなたと結婚する予定なんだけど、このままじゃ未来が変わっちゃうの。モネがお兄さんと結婚したら、あなたは一生独り身だよ。二人を見て、誰かと添い遂げようと思う気持ちすら失うの。私も一生誰とも結婚できなくなる」
「…………」
「私、未来では一人になりたくないの。それに、未来のあなた、辛そうな顔してる。だから早くモネと仲直りして。お兄さんとモネが結婚するの……その未来になってしまうなら、応援はするけど、本来の未来の方が私は好き。だから協力してくれる?」
「「…………」」
リアンとアイリスは互いに顔を見合わせた。
ミアノは外の話も結婚の話も何も知らないはずだ。それなのにこんなにも流暢に話すということはつまり、見た未来のことをそのまま話しているのだろう。
黙っていると、ロイが口を開いた。
「おそらく事実です。私もミアノ殿下とお話しましたが、私が来ること、リアン殿下一行が来ること、全てミアノ殿下は当てられました。モネ殿下が城に来ることも未来で知っていたから、すぐに受け入れてあげたそうです」
リアンとアイリスは黙ったままだ。
何を言ったらいいのか分からない。
「まずリアン殿下は、モネ殿下と話すことが先決では」
ロイは安心させるよう、助言する。
「……そう、だな」
「長旅だったろうし、今日はゆっくり休んで。明日モネに会えるように頼んでおくね。部屋を案内したら、お父様に会ってくれる? お話したいんだって」
先程までの重い雰囲気はどこへやら。ミアノは微笑んでそんなことを言う。リアンはその差に少し驚きつつも、すぐに頭を下げる。
「先ほどは失礼した」
「ううん、いいよ。気にしないで」
彼女はにっこり笑ってくれる。
本当に気にしていないのか、その後は鼻歌を歌いながら動き回っている。妖精みたいな不思議な人だ。未来が見えるのも関係しているのか、どこか浮世離れしている。
「リアン殿下、泊まる部屋をご案内致します。教えていただいたので」
そう言ってロイが移動するような素振りを見せる。
リアンとミアノに気を遣ったのだろう。リアンは頷きながら進む。グレイはずっと無言だったが、一連の出来事に興味がないように見える。それがいかにも彼らしい。
皆が移動しているのをアイリスが眺めていると、ミアノが近付いてくる。腕にしがみつくように、軽く触れてきた。にこっと笑って見上げてくる。
「ねぇアイリス。リアンのお兄さんに会えないかな? 私、お話してみたい」
リアンには言いづらかったのかもしれない。
アイリスは少しだけ考える顔になる。
「バルウィン殿下はご多忙な方なので……」
もし利益のためにバルウィンに近付く輩がいてもこの理由を言っただろう。だがこれは本当の話で、バルウィンは第一王子なのもあってリアンよりも公務が多い。すぐには難しいかもしれない。
それを聞いたミアノはすぐに眉を下げる。
「そっか。そう、だよね」
「でも、手紙でお伝えしてみます。ミアノ殿下がお会いしてみたいということを」
「ほんと? 嬉しい。ねぇ、アイリスはバルウィンと話したことある? どんな人?」
「とても優しい方ですよ。物語に出てくるような王子様です」
「王子様……会ってみたいな」
一応リアンも王子だが。
想像上の王子とは違うので黙っておく。
「会えると、いいですね」
「うん!」
(妹がいたらこんな感じかしら。可愛いわ)
なんだかモニカを思い出す。
お姫様であるのに、あまり姫っぽく感じない。
普通の女の子のように感じた。
「…………あの」
「うん?」
「本当に同じ部屋なんですか……?」
アイリスは小声になってしまう。
泊まる部屋を案内してもらったのだが、先程ミアノが言った通り、本当にロイと同じ部屋になっていた。客人用の部屋なので広さはあるしベッドは二つ。それはありがたいが、だからといって部屋が同じなのはやはり緊張してしまう。
ロイは肩をすくめる。
「ひどいな。あんなに熱い夜を一緒に過ごしたのに」
「からかってるんですか?」
恥ずかしさで声が低くなる。
本気の物言いならこの返しはしないのだが、明らかに芝居かかった言い方だ。確かに以前一緒に過ごしたものの、だからといってあの一回で慣れるわけがない。しかもあの日はあまり眠れなかった。
するとふ、っと笑われる。
「からかってすまない。でも心配するな。俺はずっと起きているから」
「え?」
「ミアノ殿下の護衛がある」
「護衛……? なぜロイ殿が?」
するとロイは少しだけ真顔になる。
空気が一瞬で引き締まった。
「アイリスも気付いたと思うが、ミアノ殿下の傍に護衛がいない」
「! 気になっていました。護衛の数が足りていないわけではないですよね」
「ああ、そういうわけじゃない」
「ではなぜ。ミアノ殿下はこの国の王女です。一人で行動するのは危険であると、誰しも考えれば分かることでは?」
例えば武術や剣術を心得ているならまだしも、彼女はかよわい少女。不思議な能力を持つのならなおさら、誰かが守ってあげなければならない。
ロイは少しだけ溜息をつく。
「それはこの後、陛下が話して下さる」
「遠方から来てくださり、ありがとうございます」
ミンティス王国の国王であるティントレットは、想像よりも素朴で大人しそうな人だった。今まで出会ってきた王族は皆、気品を持ち合わせている人ばかりだったので少し面食らう。あまりにも普通過ぎて。茶髪に緑の瞳。光に当てると透き通るような見目を持つミアノと少しも似ていない。
ティントレットは苦笑する。
「ミアノと私、似ていないでしょう。彼女は養子なんです」
「養子……」
まさかそんな大事なことを最初に教えてもらえるとは。
リアン達は驚きを隠して話を聞く。
ミアノ以外に子供はいないようだ。当時王妃がおり、子供も生まれる予定だったが、病気で共に亡くしたらしい。そんな悲しみのどん底にいる中で、ミアノに出会ったという。当時六歳だったらしい。
「城の前で倒れているのを側近が見つけました。保護したのですが、その頃から『予知の能力』があり、この国を救ってくれています」
「救ってくれている、というのは」
「今や自国の利益で賄えていますが、当時は上手く経済が回らず……国民も私も、苦しい状況だった。保護されて元気になったミアノはすぐに予知で見たことを話してくれ、今はこうして皆が幸せに暮らせています」
小さい国だからこそ贅沢はあまりできなくても、十分皆が暮らせるという。ミアノの出自を調べたようだが分からず、おそらく孤児ではないか、という見解のようだ。ミアノ自身は過去のことを一切覚えていないらしい。彼女に感謝し、新たに王妃を迎えるつもりがなかったティントレットは、ミアノを王女として迎えることを決めたという。
「ミアノ殿下に護衛がいないのはなぜでしょうか」
今ミアノは、ロイと一緒に別室だ。
ロイが話し相手になっているようだ。
彼女の傍に人がいなさすぎる。それはリアンも気になったようで、真っ先に聞いていた。するとティントレットは、少しだけ顔を曇らせる。
「ミアノの予知は幅広く、国のことだけでなく、個人的なことも見えてしまいます。大体は予知夢です。彼女はあの通り無邪気で、人に対する警戒心がない。見たものをすぐ本人に伝えてしまう。……彼女の予知に、怖がる者が増えてしまって」
つまり、傍にいると個人的なことを予知されてしまう可能性があるということか。国を救った女神のような立ち位置ではあるものの、確かに個人的なことは知られたくないと思う者は多い。
「だからミアノ殿下は一人で行動されているのですか。能力のことも考えると、一人にさせるのは危険では?」
「護衛をつけても、予知を怖がって辞める者が後を絶たないのです。それにミアノは、自分に危険が及ぶことも予知します。その時は予知夢ではなく直観のようですが。護衛の者は少し距離を取って護衛してくれています。最近は自分の予知が人に大きな影響を与えることを理解しているのか『一人でも平気』と口にするようになりました」
「ミアノ殿下の傍に、誰もいないのですか? メイドとか」
アイリスはお節介ながらも聞いてしまう。
ティントレットは嫌な顔をせず答えてくれる。
「世話をしてくれるメイドは何名かいます。全員が予知を怖がっていないといえば嘘になりますが、ミアノに向き合ってくれています。ですが、ミアノの方はあまり懐いていないようですね」
物言いから、あまり上手くいってないようだ。アイリスはなんとなく女の直感が働いた。もしかしてミアノは、人の心に敏感なのかもしれない。
「ロイには懐いているようで安心しました」
「ええ、それは私も思いました。あんなに人に懐いているミアノを見るのは初めてです」
(……ということはつまり、ミアノ殿下の味方はあまりいないってこと?)
ロイがいい人であることは当然だが、アイリスにもすぐ近寄ってくれた。人の本心も予知で見えるのかもしれない。リアンの失礼な態度もあまり気にしていなかったし、悪い人ではないことも伝わっているのでは。
「私達を受け入れて下さったのは、モネ殿下のおかげでしょうか」
「それもありますが、ミアノの予知があったからです。モネ殿下を含め、あなた達なら信用できると」
「それは……」
リアンは言葉を濁す。
ありがたい話だが、いくらミアノの予知があったからといって、会ったこともない人間をすぐに信用するのは難しいものだ。外交をしたことがないなら尚更。
だがティントレットは微笑んでいた。
「ミアノには何度も助けてもらっています。そんな彼女が信用できると言ったのです。それに彼女は人をよく見ている。私も今話しながら、あなた方なら信用できそうだと、そう思いました。……一番はあの子の親だからです。子供のことは誰よりも信じたい」
「……!」
リアンが目を見開く。
アイリスはそれを冷静に見つめた。
国王の考えは人それぞれだ。王族とは何かを厳しく説く者もいれば、ティントレットのようにただ親として向き合っている人もいる。
それがリアンには響いたらしい。
(こっちの陛下は面白がって息子を試しているものね)
それが親の愛情だと言われたらそれまでだが。
「ミアノの予知もありますが、あなた達をお呼びしたのは大きな理由があります」
「何でしょうか」
するとティントレットは姿勢を正す。
「ミアノの、友人になっていただけませんか」
小声であったが、切実に聞こえた。




